40.No.010 重課金系ヒロイン×ビクトリアの中の人
私は朝美。二十七歳の高校教師。
乙女ゲーム『ドルチェのような恋をして』にどっぷりハマり、安月給のくせに、毎月最低●万円つぎ込むほどの重課金勢。
金額は恐ろしくて口に出せない。
基本プレイ無料のこのゲームの、どこにお金を使っているかと言うと、まずはストーリーの購入。
無料チケットだけでも、メインストーリーはプレイ出来るけど、一日一話しか進まないし、何度も読み返したい場合は、買い切りの方がお得感がある。
次に、毎月配信の季節の番外編ストーリー。
これも、無料チケットだけでは、せいぜい推しキャラ1〜2人のストーリーを読むのが限界。
全キャラのストーリーを読みたければ、買い切りが原則。
ここまでなら、良くある課金勢のお金の使い方だ。
そして更に私が課金しているのはガチャだ。
ガチャで手に入るアイテムは、アバターの衣装や
部屋のインテリア。
これらは自身のキャラの『魅力』を引き上げるもので、魅力が一定ラインを超えたものだけが入れるVIPルームがある。
そこでしか見られない限定ストーリー、描き下ろしスチルが存在するので、私はガチャをやめられないのだ。
そんな私は、ある日突然、ビクトリア=シュークリーム公爵令嬢として、ゲームの世界に舞い降りた。
「聞いて下さいよ〜! ノエルったら、アンジェリカの前では、君は芋も同然だって言うんですよ〜! 酷くないですか!?」
そう嘆くのはパトリシア嬢。
「パトリシア嬢の奇行は、何度聞いても笑えます〜攻略完了間近の人の言動ですよね〜」
お腹を抱えて笑うのは、オリビア嬢。
「オリビア嬢も大概、酷かったと思いますけど。狙いすぎてて、痛かったと言うか」
紅茶を飲みながら冷静に言い放つのは、カトリーヌ嬢。
「カトリーヌ嬢は、真っ直ぐというかなんというか。ああいう意地悪って、裏でこっそりとやるものでは?」
私が指摘すると、カトリーヌ嬢はぎくりと肩を動かした。
私たちは、残念ヒロインのミーティング(別名、悪夢モード被害者の会)を開いている。
元々このゲームは一人プレイが前提だけど、攻略を楽にするための共闘制度がある。
それは、ストーリーの途中で、オオコウモリのようなモンスターやアンジェリカみたいなお邪魔キャラを倒すのに、フレンドと協力するというものだ。
その場合の戦闘力には、魅力が反映されるから、重課金プレイヤーと共闘すれば、難なくクリアできる仕様となっている。
私たちがアンジェリカを討ち取るために足りなかったのは、チームワークなんだ。
ヒントはすでに与えられていたと言うわけね。
「そう言うビクトリア様は、これからどうされるんですか〜?」
オリビア嬢は頬を膨らましながら、こちらを見る。
「そうね。ガチャを回しまくって、装備は整ったから、何かいいサポートアイテムを引けたら、仕掛けようかしら」
「良いな〜大人はお金に物を言わせられますからね〜」
「汚いやり方〜」
オリビア嬢とパトリシア嬢が抗議してくる。
「私たちが子供の頃なんか、こんなゲーム自体がなかったんだから、贅沢言わないの!」
「家のお手伝いをするなり、お年玉を切り崩すなりなんなり、やりようがあるでしょ?」
私とカトリーヌ嬢は言い返す。
「まったく。目クソが鼻クソを笑うとは、良く言ったものなのニャ」
突然、会に乱入して来たのは、お助けキャラのメープルだ。
四人の視線が一気にメープルに集まる。
「そう怖い目で見ないで欲しいのニャ。今日は重大なお知らせに来たのニャ」
そう言ってメープルは、ヒソヒソ声で話し始めた。
「「「「ええ!? もうすぐ元の世界に帰る!?」」」」
私たち四人は声を揃えて絶叫した。
「やだ! まだ最初のやらかしを挽回出来てないのに!」
「ノエルの好感度、最低のままじゃん!」
「あり得ない! 本社にクレームを入れてやる!」
「ふざけないでよ! 散々課金したのに、まだノエルとのイベントが起こってない!」
私たちに文句を言われても、全く気にしていない様子のメープル。
「そもそも、どうして私たちは、この世界に連れてこられたの?」
メープルを壁に追いやり、問い質す。
納得がいく理由を聞くまでは、この気持ちを整理出来そうもない。
逃げ場を失ったメープルは、どこかから真っ白なハンカチを取り出し、語り始めた。
「目的は全部で三つなのニャ。まず一つ目は、ゲームの原作への反抗なのニャ。元々アンジェリカは、ヒロインとして生み出された存在なのニャ。それなのに、アンジェリカのイメージ画を見た制作会社が、大胆な方向転換を要求してきたせいで、悪役になってしまったのニャ。それからのアンジェリカは、乙ゲープレイヤーたちのために、何万回もイヤな目に遭わされたのニャ。だから、今度こそあの子を幸せにしてあげたかったのニャ」
涙ぐみ、時々しゃくり上げながら話すメープル。
そうなんだ。アンジェリカは、元々は悪い子じゃなかったんだ⋯⋯
そう思うと、なんだか罪悪感が湧いてくるわね。
室内にしんみりとした空気が流れる。
「二つ目は、娯楽目的なのニャ。難易度・低のヒロインの座にあぐらをかいている人間が、この世界でどう立ち回るのかを見て、スルメをかじりながら鑑賞して笑いたかったのニャ。三つ目は、続編の悪役令嬢を探していたのニャ。それは無事にソフィアに決まったのニャ。あの子はしばらくの間、ここに居残りなのニャ」
メープルの先ほどの涙はすぐに引っ込んだのか、悪そうな顔で笑っている。
「なんですって! 娯楽目的!?」
「続編の悪役令嬢!?」
再び私たちの絶叫が飛び交う。
「ちょっと待って。と言うことは、なんとしてもこの世界に残りたければ、ソフィア以上の悪役令嬢になれば良いってこと?」
「あまりオススメできないけれども、そういうことなのニャ。もしくは、攻略対象たちが引き留めるようなら、彼らの希望を叶える形で、残っても構わないのニャ」
「ノエルに選ばれれば、まだチャンスはあるのね⋯⋯」
「私、もう一度頑張りたい!」
「このまま大人しく帰るなんていや!」
「この世界で幸せになりたい!」
他の三人もやる気みたいだ。
そこからは、作戦会議に移った。
「クロエ嬢もプレイヤーだと思います。冷静で頭も良さそうですし、引き入れては?」
「けどあの子は、推しカップルは応援したいとか言い出しかねないわね」
「ソフィア嬢以外にも、投獄されたヒロインがいるらしいです。気を引き締めて行きましょう」
固い絆で結ばれた私たち四人は、群れてアンジェリカに接触を試みたけど、これでは安っぽい量産型悪役令嬢まっしぐらだし、今までの二の舞。
行き詰まった私は、ガチャを引いた。
そしてここで、神アイテムの入手に至る。
封印の書――この本を開いた者の能力を一時的に封印するアイテム。
これを使って、アンジェリカの医術の能力を奪う事にした。
医術が扱えないアンジェリカに、王太子妃としての価値はない。
つまり、私たち四人の中の誰かが選ばれるはず。
「誰が選ばれても恨みっこなしよ!」
仲良く円陣を組んで、作戦を実行した。
しかし、予定とは違い、能力を奪われたのはノエルだった。
これじゃ闇堕ちエンドまっしぐらじゃない。
けど、ノエルに対して関心の薄いアンジェリカは、このことで、彼を見限るはず。
弱ったノエルにつけ込んで、ヒロインの座を手に入れるのよ。
これは、私たちヒロインの最後の悪あがきだ。




