39.No.010 重課金系ヒロイン×ビクトリア①
最後の残念ヒロインです。
宿泊研修を終え、学園に戻って来た私たちは、ノエル殿下の居室に集まっていた。
「アンジェリカ様、ノエル殿下、この度のご無礼、申し訳が立ちません。どんな罰でも受ける所存です」
人間の姿に戻れたクグロフは、ひざまずく。
「ノエル殿下、これは彼を雇用している、わたくしの責任でもあります。彼が抱えている事情に気がついていれば、予備の薬を準備するなど、対策が取れました。彼個人を責めることは出来ません。彼は人柄も良く、優秀な護衛です。彼を失う訳にはいかないです。どうか、寛大な処置をお願い致します」
私もクグロフの隣に座り、頭を下げた。
「二人とも顔を上げて。僕もダックワーズ先生から、オオカミの匂いの話を聞いていたにも関わらず、気がつかなかったから同罪だ。一人の男としては、クグロフにジェラシーを感じてしまうけど、彼もまた被害者だと分かったし、アンジェリカにそんな風に頭を下げられちゃ、怒る気になれないよ」
ノエル殿下は、私たち二人に手を差し伸べてくださった。
「ただし、今度から困った時は、一人で解決しようとせずに、僕やトルテに相談すること。ね、トルテ?」
今回、クグロフが一人で森に入ったのも、失くした薬を作り直そうと、元となる草を探していたからとのこと。
襲った相手が、たまたま私だったから、まだ良かったものの、他のご令嬢と出くわしていた可能性もあるから。
「私、個人としては、罰が軽すぎるように思います。使用人の身分でありながら、主を押し倒し、犬のようにじゃれつくなど、言語道断。クグロフは、アンジェリカ様の護衛としての能力が高く、その忠誠心も本物であることから、なんとかギリギリ、大目に見れると言ったところでしょう」
トルテは拗ねたように、プイっと顔を背けながら言った。
「ありがとうございます。これからも誠心誠意、努めさせていただきます」
クグロフは再び頭を下げた後、嬉しそうに笑った。
それから数週間は、それなりに平和な日々が続いた。
季節は冬になり、期末試験が終われば、長期休暇に入る。
今は試験勉強に集中したいと思ってたんだけど⋯⋯
「あ〜ら、アンジェリカ嬢、今日も素敵な髪飾りをつけていらっしゃるのね」
話しかけてきたのは、最近やたらと関わりの多い、ビクトリア=シュークリーム公爵令嬢だ。
この御方もまた、孤児院出身の養女。
「ありがとうございます。この髪飾りは、とある使用人の姉妹が手作りしてくれた物で⋯⋯」
シュガーとミントが、コットンパールとリボンを使って作ってくれた、お気に入りのバレッタだ。
「ビクトリア嬢の髪飾りも素敵ですね」
まばゆい光を放つカチューシャは、ダイアモンドが散りばめられているみたい。
結婚式で身につけるティアラのようだ。
「いえいえ、こちらは、たかだかビターコイン10枚相当の物ですから。アンジェリカ様には遠く及びませんわ」
ビターコイン10枚って⋯⋯
田舎の古民家と同等の価値があるじゃない。
シュークリーム公爵家は、これだけ高価なものを日常使い出来るほど、資産を持っていたのね。
「こちらは高級品ではありません。けれども、彼女たちの真心がこもっているので、気に入っているんです」
「そうですか。てっきりアンジェリカ嬢が身につけておられるから、高価な物に見えましたわ。オーッホッホッホー!」
ビクトリア嬢は、扇子で口元を隠しながら高笑いした。
この扇子もまた、高級そうなファーで出来ているように見える。
「また始まったぞ、ビクトリア嬢のイヤミが」
「音痴を捕まえて、歌がお上手ですねって言ってるのを聞いた」
「わたくしは遠いところから来たのね〜と言われました。田舎者なのがコンプレックスなのに⋯⋯」
「俺は授業中に質問に答えられなかったら、感心したように、勉強法を教えて欲しいって言われたぞ」
クラスメイトたちが、ざわつき出す。
そういう事か。
一見褒めているように聞こえるけど、その言葉の本質は、けなしているという高度なテクニック。
つまりは、私の髪飾りのことを安物だと言いたかったのね。
物の価値は、お金だけで決まるものじゃないと思うけど。
「さすがは、ビクトリア様。アクセサリーから格が違いますわね」
そう言って彼女を持ち上げるのは、パトリシア嬢。
「公爵令嬢たるもの、常に人々の模範でなくてはなりません。自ら品位を落とすことは⋯⋯ねぇ?」
少しだけ改心したのか、口撃してくるも歯切れが悪いのは、カトリーヌ嬢だ。
「お待ち下さい。これは、わたくしにとっては、大切なものなんです! 何を身に着けようが、わたくしの自由のはずです!」
理不尽な言い分に腹が立ち、言い返す。
「アンジェリカ様ったら、それって、使用人からアクセサリーを貰った事がない、わたくしへのイヤミですかぁ? とっても傷つきましたぁ〜」
泣き真似をするのは、オリビア嬢。
この人たち、本当は反省してないんじゃ⋯⋯
また面倒な事になりそうな予感に、頭痛がした。
そして、その嫌な予感は的中した。
ある日の授業開始前、自分の席に着席すると、机の上に見慣れない本が置いてあった。
茶色い革の表紙は、随分と古びて見える。
名前は書かれていないし、誰の物だろう。
「どうしたんだい?」
声をかけてくださったのは、ノエル殿下だ。
「実は、持ち主不明の見慣れない本が、わたくしの机の上に置いてありまして⋯⋯」
ノエル殿下は、私の手から本を手に取る。
「随分と年季が入っているね。これは古語で記されているのかな」
殿下は表紙の文字を指でなぞった後、本を開く。
すると、本が激しく光り、ノエル殿下を包んだ。
「なんだ! 何が起こっているんだ?」
「ノエル殿下がお持ちの本が、光っているようですわ」
教室中が騒ぎになる。
まばゆい光は一分も経たない内に消えた。
「殿下! ご無事ですか!?」
眩しそうに目を細めていた殿下は、ゆっくりと目を開いた。
「驚いたけど、何ともないよ」
本当になんともなさそうに微笑む殿下。
いったい何だったんだろう。
他の学生の反応から、これが夢や幻でないことは確かだ。
この不思議な現象について、皆が忘れかけていた頃。
その正体に絶望することになった。
ある日のこと。
授業中に配られた用紙を整理していた時。
「痛っ」
やっちゃった。
紙で指先を切ってしまった。
「大丈夫かい? これは痛そうだね。すぐに治してあげるよ」
ノエル殿下は、私の手を取り治療を施してくださった。
「ありがとうございます⋯⋯」
そう言えば、こんな風に触れ合うのは、宿泊研修でキスした時以来だ。
なんだかドキドキして来た⋯⋯
真剣な表情で私の傷口を見つめるノエル殿下。
しかし、何故かいつまでも傷口は塞がらない。
これくらいの傷、ノエル殿下ならあっという間に治せるはずなのに。
「おかしいな⋯⋯力が使えない。こんな事は初めてだ」
この日は調子が悪いのかと思ったけれども、そうではなかった。
以来、ノエル殿下は授業中、プライベートに関わらず、医術を扱う事が出来なくなってしまった。
その噂話は瞬く間に広がり、国王陛下や貴族たちの耳にも入る事態となった。
それは、この国の安定の崩壊を意味し、国中が不穏な空気に包まれた。




