37.No.009 オタク系ヒロイン×クロエ②
苦しそうに息をしながら、森の中に入って行ったクグロフ。
その後を追うと、彼は木の陰にいた。
木の幹に背中を預けて、両手で頭を抱えている。
「うぅ⋯⋯はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯」
さっきよりも苦しそうだ。
早く助けないと。
「クグロフ? どうしたの? 熱があるの?」
急いで駆け寄ると、クグロフは私を見た。
その目はまるで、小動物を狙う獣みたいに鋭く、辛そうに潤んでいて、頬は赤く上気している。
「クグロフ⋯⋯?」
「いけません、アンジェリカ様⋯⋯お逃げ下さい⋯⋯」
「逃げるって、風邪が移るかもしれないってこと? 大丈夫だから、治療しましょう」
クグロフの肩に手を置くと、手首を掴まれ、あっという間に芝生の上に押し倒された。
「ええ!? クグロフ!?」
クグロフは私を抱きしめて、頬ずりした。
可愛がられている、ぬいぐるみにでもなった気分だ。
両肩に手を置いて、彼の身体を離そうとするも、びくともしない。
「ちょっと! いつまでじゃれついているの?」
彼の背中を叩こうと手を伸ばすと、指先にファサファサしたものが触れた。
「え⋯⋯なにこれ?」
激しく動くそれを探ると、クグロフのお尻から生えている、しっぽだと分かった。
驚いて彼の顔を見ると、頭から動物の耳が生えている。
満月、しっぽ、動物の耳、荒い呼吸⋯⋯
そこから導き出される答えは一つ。
「クグロフ、貴方もしかして⋯⋯狼男なの?」
「アンジェリカ様、申し訳ございません⋯⋯騙すつもりは無かったのです⋯⋯今までは薬用植物を摂取することで、変化を抑えていたのですが⋯⋯今日に限って、紛失してしまったのです⋯⋯」
私を抱きしめるクグロフの力が、どんどん強くなっていく。
「アンジェリカ様⋯⋯お慕いしております。ずっとノエル殿下が羨ましかった。俺だって、貴女に触れられずに苦しかった⋯⋯」
クグロフの身体から漂う、ラベンダーの香りが濃くなっていく。
これがダックワーズ先生が言っていた、オオカミのフェロモン?
その匂いを嗅ぐと、なぜか私の身体も熱くなってきて、頭がぼーっとしてくる。
お酒に酔うとこんな感じになるのかしら。
段々抵抗する気が薄れてくると、クグロフは私の頬や耳、首筋にキスした。
「きゃっ! クグロフ、やり過ぎよ!」
「アンジェリカ様の可愛らしい声⋯⋯もっと聞きたいです⋯⋯」
クグロフはキスをやめてくれない。
それどころか、何度も何度も同じところに繰り返し口づけてくる。
顔を遠ざけようと、両手で頭を持つと、私の手が耳に触れた。
「くっ⋯⋯そこは⋯⋯」
それでスイッチが入ってしまったのか、クグロフはキスしていた場所を、今度はペロペロと舐め始めた。
「ちょっと! くすぐったいからやめて! ワンちゃんじゃないんだから!」
手足をジタバタさせて抵抗するも、この筋肉質で大きな狼男は、びくともしない。
「アンジェリカ様が、ノエル殿下と想い合っていることは、重々承知しております。それでも、自分はアンジェリカ様に愛されたい。このような醜い感情を抱くことを、どうかお許しください。ひと欠片でもいいんです。あなたの愛が欲しい」
辛そうな表情で私を見つめるクグロフ。
「それって、どうしたらいいの? わたくしの愛があれば、クグロフは元に戻れるの?」
「今夜だけは、アンジェリカ様の唇に触れたい」
クグロフは熱っぽい目で、私の唇を見つめている。
恐らく、以前までの私だったら、キスしてあげてた気がする。
でも、キスは本当に好きな人としか、しちゃだめだって、今なら分かる。
私が好きなのは、ノエル殿下だから⋯⋯
「ごめんなさいクグロフ、わたくしには出来ない。貴方の事は、人として好きだけど、恋人として好きなのはノエル殿下だけなの。わたくしがキスしたいのは、ノエル殿下だけなの!」
正直に断ると、クグロフは傷ついたような顔をした。
ごめんなさい。でも、自分の心にウソはつきたくないから。
「まったく。番犬のしつけがなってないね。アンジェリカ」
突然聞こえたその声は⋯⋯
「ノエル殿下!」
ノエル殿下は、こちらに近づいて来るやいなや、手に持っていた草をクグロフの顔に押しつけた。
「うぐっ⋯⋯」
「この草の匂いをかいでごらん。気分が落ち着くよ」
ノエル殿下の言葉の通り、クグロフは何度か深呼吸した後、電源が切れたみたいに眠ってしまった。
はぁ〜助かった。
「ノエル殿下、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
芝生の上に正座し、殿下に頭を下げる。
しばらく経っても何も言われないので、頭をあげると、殿下もまた、狩人のような鋭い目で私を見ていた。
あぁ、私は取り返しがつかない事をやってしまったんだ。
許されない事をした。叱られる。処刑される。
目を閉じ、処分を言い渡されるのをじっと待っていると、ガバリと抱きしめられた。
え⋯⋯
目を開け殿下の顔を見上げると、そのまま顎を持ち上げられ、キスされた。
最初は軽く触れるだけだったのが、柔らかく何度も繰り返される。
まるでノエル殿下のお気に入りのドルチェになったみたい。
そっか。ノエル殿下は怒ってたんじゃなくて、私を求めてくれてたんだ。
甘いキスにうっとりとした気分になって、殿下の背中に腕を回すと、さっきよりも強く抱きしめられる。
やがて唇が離れて見つめ合うと、ノエル殿下は愛おしそうな目で私を見ていた。
「僕とキスしたいって思ってくれてたんだね。僕もずっと、君とキスしたかったよ」
もう逃さないとでも言うのか、両手で頬を包まれ固定される。
また幸せなキスが降ってくる。
「アンジェリカ、大好きだよ」
「わたくしも、大好きです。ノエル殿下」
お互いの想いを伝え合った私たちを、明るい月が見守ってくれていた。




