31.No.008 トラブルメーカー系ヒロイン×ソフィア④
万能草の報酬として、今から私の血を吸うと言う、吸血鬼のダックワーズ。
「ええ〜! 遊ぶって、迷路とか、ボール投げみたいなものかと思ってました! そんなのイヤです! 帰ります!」
走り出そうとするも、腕を引かれ、抱きしめられた。
「なるほど。成熟したオスのオオカミの匂いがするね。だからオオコウモリ達が、君に近づかなかったのか。どこでこんな匂いを付けてきたんだか」
ダックワーズは、私の髪の毛を指でよけて、首筋に鼻を付けながら言った。
「オスのオオカミ? そんなの知りません! 貴方が作ったトンネルに、匂いがついていたのでは?」
「そんなわけないでしょ。フェロモンが混ざってるから、君に好意を持っている奴だ」
「わたくしに好意を持ったオオカミ?」
該当する生き物が思い浮かばず、動揺していると、ダックワーズは、バラの香りがするハンカチで私の首筋を拭いた。
「まぁ、その話は置いといて、早速、頂いちゃうね。君は医術が使えるんだから、血液はほぼ無限だと思っていいんだよね? 嬉しいなぁ」
ダックワーズは私の首筋に噛み付いた。
「痛い!」
鋭い牙が皮膚を突き破る感覚がして、ジンジンと痛みを感じる。
熱い吐息が首筋にかかり、ゴクゴクと喉を鳴らしながら、血をすすっている音がする。
「大丈夫だよ。痛いのは最初だけだから。すぐにいい気分になってくるよ」
その言葉の通り、痛みはすぐに感じなくなり、頭がふわふわして来た。
何この変な感じ。
これが古典外科学でいうところの、麻酔という技術なのだろうか。
「思ってた通り、甘くて美味しいな。アンジェリカちゃんには、ずっとここに居てもらうよ? 楽しく仲良く暮らそうね?」
嬉しそうなダックワーズの声が、耳元で聞こえる。
「そんな⋯⋯」
本当は嫌なのに抗えない。
意識がどんどん遠のいていく⋯⋯⋯⋯
「アンジェリカ! 僕の愛しのアンジェリカ!」
「お前⋯⋯よくも俺のアンジェリカ様に手を出したな!」
「アンジェリカ様! 今、お助けいたします!」
ノエル殿下とクグロフとトルテの声が聞こえる。
これは⋯⋯⋯⋯幻聴?
ぼやけている目を声の方に向けると、三人が走って来るのが見えた。
クグロフがオオコウモリの大群を次々と戦闘不能にし、トルテがダックワーズの胸ぐらを掴み、蹴りを入れたあと、地面に伏せさせる。
「アンジェリカ! 僕だよ! 分かるかい!?」
ノエル殿下が私の肩を抱いてくれる。
「ノエル殿下⋯⋯ご無事で何よりです⋯⋯」
「僕のために、こんな目に合わせてしまって、ごめんね。すぐに治療するからね」
ノエル殿下は、力を使って私の貧血を治してくれた。
治療をしてもらいながら、いつの間にか眠っていた私は、保健室で目を覚ました。
「アンジェリカ! 意識が戻ったんだね! 君という人は、僕のために、危険をかえりみずに⋯⋯ありがとう。本当にありがとう」
ノエル殿下は目に涙を浮かべながら、私を抱きしめた。
ノエル殿下の後ろには、シフォンとクグロフ、トルテが、安堵の表情で立っている。
ノエル殿下の話によると、薬を持ち帰ったソフィア嬢が、吸血鬼の存在を知らせてくれたことで、三人が私を助けに来てくれたとのこと。
入り口の電流の仕掛けは、ダックワーズが手動で流していたから、取り込み中の隙に、三人ともドアを通過することが出来たそうだ。
「ノエル殿下、クグロフ、トルテ、助けに来て頂きありがとうございました」
お礼を言うと、三人は笑顔でうなづいてくれた。
事件から約二週間後。
この日、朝から学園内は騒然としていた。
突然教壇に立った、爽やかに微笑むスタイル抜群の男性教師に、女子学生の目線は釘付けになった。
「こちらが新任教師のダックワーズ先生です」
なんと、担任のキャンディ先生は、あの吸血鬼を教師として紹介したのだ。
コウモリのような羽根は見えないから、人間に擬態しているらしい。
「ノエル殿下、あれはいったい⋯⋯」
隣に座る殿下に、小声で尋ねる。
「アンジェリカの話では、ダックワーズは、麻酔に似た作用のある物質を操れるってことだったよね。それを学園長に報告したところ、どの道このまま野放しには出来ないし、投獄するのも勿体ないということで、学園の教師になったそうだ」
確かに彼の協力があれば、医術の発展に貢献できそうだけど⋯⋯
「また誰かの血を吸うのでは?」
「そうならないように、彼の力を封じ込める十字架のネックレスをつけさせているんだ。そもそも彼にとって人間の血液は、主食じゃないらしい」
挨拶を終えたダックワーズは、私の方をちらりと見たあと、カバンからトマトの絵が描かれたドリンクボトルを取り出した。
「なるほど。トマトジュースでも生活可能と⋯⋯」
頭が痛くなるけど、この状況を受け入れるしか無かったのだった。
それからさらに二週間後。
「またソフィア嬢がさらわれたらしいぞ」
「今月だけで、何度目だ?」
「寮の中にいれば安全なのに、どうして彼女は夜の街を一人でフラフラするのでしょうか?」
最近よく耳にする噂話。
それは、ソフィア嬢があちこちで、さらわれているということ。
ゴロツキに捕まって、身代金を要求されたとか、貧しい人が家族を治療して欲しくて、ソフィア嬢を脅して連れ帰ったとか⋯⋯
フロランタン伯爵家の外出時の警備はどうなっているんだろう。
こうも物騒な事件が続くと心配になる。
夜。
自室で休んでいると、窓をコンコンと叩く音がした。
ここは二階なのに。鳥か何か?
窓の外を見ると、ソフィア嬢が困ったような顔をしながら、こちらに手を降っていた。
「え? ソフィア嬢? さらわれたとお聞きしましたけど、ご無事だったんですね!」
どうやらハシゴを使って、ここまで登ってきたらしい。
「アンジェリカ様! ノエル殿下が大変なんです! すぐに来てくださいませ!」
ソフィア嬢は焦った様子で、私を外に連れ出そうとする。
「ノエル殿下が? また、ソフィア嬢が何かしたのですか?」
いったい今度は何をやらかしたのか。
頭に血が上った私は、大急ぎでハシゴを降りた。
ソフィア嬢に連れて行かれた先は、学園の門だった。
そこには一台の馬車が止まっている。
「え? 外ですか? それはさすがに一人では⋯⋯」
戸惑っていると、馬車の中から武装した男たちが降りてきた。
「貴方たち、何者ですか? ちょっと! 離して!」
腕を掴まれ、ナイフで脅され、あっという間に馬車に連れ込まれてしまった。




