26.No.007 おかん系ヒロイン×オーロラの中の人①
私は加代子。四十五歳の主婦。
駅前のレストランでパートをしている。
十九歳と十七歳の息子二人と、夫との四人暮らし。
「母さーん! おかわり! 肉モリモリで!」
十九歳の長男は、カレー皿を差し出してきた。
「もう。あんたは大人なんだから、自分でよそいなさいよ」
「母さん! 俺も! ご飯大盛りで!」
十七歳の次男も、おかわりを要求してきた。
「あんたも、もう高校生なんだから、自分でできるでしょうが。まったく」
さっさと自立して欲しいのが本音だけど、こうやって一緒に暮らして、母さん母さん言われるのも、もう長くないと思うと、ついつい甘やかしてしまう。
「はいはい、わかりました。けど、あんたたち、自分のことくらい自分でできないと、パートナーに愛想つかされるわよ」
「「は〜い! わかってまーす!」」
息子たちは笑顔で返事をした。
夕食後。
洗い物を片付け、お風呂上がりに浴室を掃除し、洗濯機を回したら、後は自分の時間だ。
私の趣味は、独身の頃から続けて来た、乙女ゲーム。
新作が発売される度に手を出し、有名どころは網羅して来た。
乙女ゲームをプレイしている時だけは、若い頃に戻ったようなトキメキを感じられる。
最近ハマっているのは、『ドルチェのような恋をして』
メインの攻略対象、ノエル=アフォガート、トルテ=ルリジューズ、クグロフ=ラングドシャの三人のメインストーリーは一通りクリア済み。
三人とも、さすがは人気ゲームのキャラと言ったところだ。
ビジュアルも好みだし、それぞれ違った魅力がある。
けど、私が一番気になったのは、攻略対象ではなく、第二王子のサヴァラン=アフォガート。
一見、ツンケンしていて、感じが悪いけど、それは彼がコンプレックスの塊だから。
頭の回転が早く、人望にも厚いノエルと比べられて、追いつこうと必死に努力して、ずっと苦しんできたから。
その上、片想い相手のヒロインでさえも、ノエルの方に心を寄せてしまう。
わざとノエルの前でヒロインを口説いて、いつも余裕そうな兄を崩そうとするけど、虚しくなるだけ。
そんな、報われない当て馬系男子のサヴァランが大好物だ。
今の夫だって、第一印象は、ぱっとしなかったし、決してモテるような人ではなかったけど、知れば知るほど良いところがあって結婚したんだから。
まぁ、サヴァランは、国中のご令嬢の憧れの的の超絶イケメンだけどね。
サヴァランみたいな男性を救いたいな。
そんな願いを聞き届けられたのか、気がついたら、推定年齢二十代後半のメイド、オーロラ=タルトレットとして、この世界に存在していた。
王宮内は、乙女ゲームらしく、華やかで美味しそうな装飾が施されているけど、漂う空気はどこか暗い。
この国を治める国王陛下は、国政に対して誠実だし、使用人たちを邪険に扱うようなこともないけど、息子たちに対しては異様に厳しいし、纏う空気が重苦しいのよね。
感情を表に出さない王妃との関係も、冷え切っているように見える。
確か、ノエルとサヴァランも、幼い頃から陛下に、女性を真剣に愛するなと、圧をかけられていたんだった。
だからノエルは、アンジェリカと五歳の頃から婚約していたにも関わらず、愛を育めずにいた。
とにかく、この世界に足りないのは『愛』
幸いなことに、ノエルは闇堕ち前のようだし、私がこの王宮内を愛で満たしてあげるわ!
まず取り掛かるべきは、自分の立場の確立と、手の届く範囲の改革。
オーロラ=タルトレットは、孤児院出身だから、まだ周囲には、この子がどんな子なのかは、浸透していない様子。
下働きに出来ることは限られているけど、異世界人の特権――異なる文化や文明の情報を提供するとともに、主婦として蓄積してきた知識で、無双してやるわよ。
そこからは、ご都合主義なのかという程に、話がトントン拍子に進んだ。
「オーロラさん! この汚れには、どの洗剤が効果的だと思いますか?」
「それは重曹が良いんじゃない?」
「オーロラさん! 貴女、以前に野菜は捨てるところがないと言っていたそうだけど、どうやって調理しているの?」
「大根や人参の皮なら、千切りにして、きんぴらを作ると美味しいですよ!」
雑巾の使い捨てをやめ、安価な洗剤の使い方を広め、野菜の皮や芯を使った料理を伝授することで、王宮内の経費削減に大きく貢献することが出来た。
「オーロラさん! オーロラさんのおかげで、セサミ君と付き合えることになりました! ありがとうございます!」
「いえいえ、私はお節介をしただけだから⋯⋯」
メイド仲間のプリンちゃんが、セサミくんに片想いをしていると言うから、セサミくんに、それとなーく、プリンちゃんを売り込んどいただけだ。
元の世界の息子たちや夫の様子も気になるものの、異世界生活にも無事に馴染むことが出来た。




