21.No.006 妹系ヒロイン×フライア③
この日の夕方は、ノエル殿下と私たち家族四人で夕食をとることになった。
「そう言えばお兄様、フライア嬢はどちらに?」
隣に座るお兄様に小声で話しかける。
「あぁ、フライア嬢は散歩中にベンチで寝てしまったから、客室に寝かせるよう頼んでおいた」
困ったように微笑むお兄様。
我が家の庭園だから安全だけど、女性が屋外で寝てしまうのは、いくらなんでも心配だ。
しかも、目上の人の前で⋯⋯
お兄様の表情からは苦労したことが伺える。
私が殿下と過ごせるようにと、そこまでしてくれたお兄様の優しさが、ただただ、ありがたかった。
食後には、ノエル殿下とお兄様と三人でデザートのレモンケーキを楽しんだ。
「レモンの酸味とクリームの甘みのバランスが絶妙だね」
ノエル殿下は、フォークでケーキを一口ずつ口に運びながら、嬉しそうに笑っている。
本当だ。
この御方が幸せそうにしていると、自分まで幸せな気持ちになる。
これが恋⋯⋯
そんな事を考えながら、殿下を見つめていると、お兄様が話を切り出した。
「ノエル殿下、私どもは、殿下にアンジェリカを選んで頂いて、心から嬉しく思います。この子は才能に恵まれている上に、この見た目ですから、高飛車だと誤解されることもあります。けれども、本当は優しくて思いやりがあって、努力家で、少し抜けてるところもあって⋯⋯私どもにとっては、守りたい大切な宝物なんです。近頃、殿下とアンジェリカの周りが、何やら騒々しいと聞きます。どうか、これからも、この子の事をよろしくお願いいたします」
お兄様は立ち上がり、ノエル殿下に向かって頭を下げた。
お兄様はずっと心配してくれてたんだ。
申し訳なく思う反面、その温かい愛情に嬉しくなる。
「シトロン卿、頭を上げてください。ご心配な気持ちは痛いほど分かります。ですが、僕だって、アンジェリカの良いところをたくさん知っていますし、どんなことがあっても、彼女の味方です。彼女のことは僕が守ると誓いますから、ご安心を。ね、義兄上?」
ノエル殿下はお兄様の肩に手を置いた。
お兄様は殿下の言葉に顔を上げ、安心したような笑顔になり、二人は固い握手を交わす。
近くに控えているトルテとクグロフも、深くうなづいている。
そうか。これが男同士の友情⋯⋯
感動に胸を熱くさせていると、今、最も場違いな人物が乱入して来た。
「もう! シトロンお兄様ったらひどい! 寝ているぷーちゃんを放ったらかしにして! ぷーちゃんも家族なのに、仲間はずれにして!」
両手をグーにして、膨らませたほっぺたに当てているフライア嬢。
なにやら、お怒りのご様子だ。
「放ったらかしって言ったって、使用人たちが客室まで運んでくれただろう? それと、家族と言うのはちょっと⋯⋯とにかく、部屋に戻ろう」
お兄様は急いでフライア嬢の手を取り、出口へと促す。
けれどもフライア嬢は、その場を一歩も動かない。
「アンジェリカ、彼女は?」
目を丸くしているノエル殿下に、今までのいきさつを伝える。
「なるほどね。孤児院出身の養女⋯⋯僕たちより年上なのに、幼女の様に振る舞うと。せっかくだから、少し観察してみよう」
殿下は真剣な表情で言った。
あぁ、これは面倒なことになりそうな予感だ。
「シトロンお兄様は、ぷーちゃんだけのお兄様で居てくれないとイヤ! ノエルお兄様も! クグロフお兄様も!」
フライア嬢は三人の腕を引き寄せて、抱きしめるようにした。
「ちょっと! フライア嬢! さすがに殿下に対して不敬です!」
その腕を解こうとするも、強力に絡みついていて、なかなか離れない。
そもそも、年上のクグロフはともかく、ノエルお兄様って何?
「そんなに怒らないで下さいよぉ、アンジェリカ様ぁ〜だってぷーちゃん、そんな事教えてもらってなぁ〜い。だから、アンジェリカ様がいけないんですぅ〜」
フライア嬢は両手をグーにして、今度は目元に持っていった。
これは泣いているということなのか。
そんなこと、わざわざ教えなくったって分かりそうなものなのに、私のせいにされるとは。
この後の展開を想像してウンザリしていると、フライア嬢は爆弾を投下した。
「けどぉ〜そんな真面目で怒りん坊なアンジェリカ様もぉ、このような本をお読みになるみたいですよぉ〜」
フライア嬢の手には、何故か私が読んでいた大人のロマンス小説があった。
部屋には鍵をかけたはずなのに、いつの間に⋯⋯
フライア嬢は、登場人物たちがイチャイチャしているシーンのページを広げ、高く掲げる。
ノエル殿下、お兄様、クグロフ、トルテの視線が本に注がれる。
「フライア嬢、冗談はよしてくれ。恋のこの字も知らないうちのアンジェが、こんなにも刺激的な本を読めるわけがないだろう?」
「さすがにアンジェリカには、まだ早いような気がするよ」
「このような本をお読みになるのは、想像がつきません」
「アンジェリカ様ほど清らかな女性はいませんから」
お兄様、ノエル殿下、クグロフ、トルテがかばってくれる。
当然のようなこの流れ⋯⋯
いつもは嬉しいけど、今回は素直に喜べない。
「けどぉ〜この本はアンジェリカ様のお部屋の机の上にあったんですよぉ〜」
「なっ⋯⋯」
だから、なぜあなたが、私の部屋に勝手に入って、私物を持ち出しているのよ!
なんの恨みがあって、彼女はこんな事をするんだろう。
恥ずかしすぎる。
こんな本を読んでいるなんて、本当は知られたくない。
けど、いつも私を信じてくれる人たちに、ウソはつきたくないから⋯⋯
「はい⋯⋯本当⋯⋯です⋯⋯」
「え? アンジェリカ、なんて言ったんだい?」
消え入りそうな声で発言するも、ノエル殿下に聞き返される。
お兄様、クグロフ、トルテも耳に手を当てながら近づいてくる。
「その本は、わたくしが読んでいた物に、間違いありません⋯⋯」
長期休暇前半の思い出のハイライトは、殿方の前で恥をさらした、このシーンなのであった。




