2.No.001 先走り系ヒロイン×パトリシアの中の人
私は花音。
小学六年生。
気がついたら、無料ソーシャルゲーム『ドルチェのような恋をして』の世界に迷い込んでいた。
このゲームは、いわゆる乙女ゲームと呼ばれる物で、クラスでも大人気。
基本プレイは無料と言うこともあり、スマホやパソコンさえあれば誰でも遊べる手軽さから、友だちもみんなプレイしていた。
◆
花音だった頃の思い出せる限り最新の記憶⋯⋯学校での休み時間のこと。
「とうとう、ノエルルートのハッピーエンドまで、たどり着いた! 最後のスチルが最高だった!」
「ノエルルートは、難易度が高いけど、攻略出来たらすっごく感動するよね〜キュンキュンした〜」
仲良しグループの友だちは、興奮気味だ。
ちなみにスチルと言うのは、ゲーム内のワンシーンを切り取った静止画の事。
ドキドキするようなロマンチックなシーンを、綺麗なイラストで見られるから、このスチルを集めるのも楽しみの一つだ。
「花音はどこまで進んだの〜?」
「私はキャラメイクとプロローグが終わって、ノエルルートで、王立医術学園に入学した所!」
そう。実は私は、流行りに乗って最近このゲームを始めたばかりの初心者。
このゲームは、自分が操作するヒロインの髪型や髪色、顔立ちや服装、声なんかも自由にカスタマイズできる。
自由度が高い分、こだわれば、いくらでも時間をかけられてしまうのだ。
このゲームを無料でプレイする場合は、1日一枚配布されるチケットを消費して、ストーリーを1話進めることができる。
ストーリーを進める内に、選択肢が提示され、その選択肢によって、キャラクターの反応が変わり、正しい選択肢を選べた場合は、好感度が上がる。
好感度が上がれば、キャラクターと、より親密な関係になる事ができて、甘い言葉を言われたり、スキンシップが多くなったりする、ハッピーエンドにたどり着けると言うわけ。
ストーリーの結末が複数用意されているので、基本的にはみんな、愛し愛されのハッピーエンドを目指して攻略を進める。
今回私は、複数いる魅力的な男性キャラクターの内、一番人気のノエル=アフォガートを選択した。
彼の攻略が終わった後は、残りのキャラも順番に攻略してみたいけど、それはまだまだ先の話だ。
「今回もアンジェリカが邪魔だった〜」
「悪役令嬢らしく、しぶとく私たちの仲を引き裂こうとしてくるよね〜」
アンジェリカ=コンフィズリー――ノエルの婚約者であり、ノエルルートの最大の強敵。
黒くて艶のあるロングヘアーに、ルビーのような赤い瞳。
キリッとした表情に、透き通るような白い肌。
神秘的でありながら、不吉そうな見た目の美少女。
権力を持った公爵家の令嬢で、才能にも恵まれた、優秀な人材。
そんな彼女が側にいる事で、なんやかんやあって(私は正直なところよく知らないけど)、ノエルは闇堕ちしてしまいそうになる。
そこを私たちヒロインが癒し、勇気付けることで愛を育む。
つまり、アンジェリカは、ノエルにとっては害でしかなく、呪いそのもの。
そんなアンジェリカを、いかに早く彼から遠ざけられるかが、一つのポイントとなるのだ。
◆
迷い込んだゲームの世界にて、入学式後のパーティーで、アンジェリカを遠ざけるチャンスが、早速やって来た。
一刻も早くアンジェリカを追放して、ノエルを助けるんだ。
だって、彼女は悪者なんだから。
「きゃあ! 止めてくださいませ!」
私はアンジェリカを悪役に仕立てるために、一芝居打つことにした。
聞くところによると、男性キャラクターは、基本的にはヒロインに好感を抱きやすくて、多少辻褄が合わなくても、ヒロインこそが正しいと、都合よく解釈してくれるそう。
悪役令嬢はどんな行動をとっても疑われ、虐げられ、断罪イベントからの婚約破棄&追放が定番なんだとか。
これを物語の強制力と呼ぶらしい。
私はこれを利用したつもりだったんだけど⋯⋯
「どうして! ノエルは私の言葉を全然信じてくれなかった。アンジェリカは悪役令嬢なんだから、疑われて、追放されるんじゃなかったの?」
学園寮のベッドにうつぶせになりながら、枕を叩く。
「それは、パトリシアが、先走り過ぎたからじゃないのかニャ〜?」
間抜けな声で返答してくれたのは、本ゲームのお助けキャラのおデブなトラ猫だ。
「メープル、それってどういう意味?」
「ほぼ初対面のぽっと出の小娘が、幼い頃からの婚約者に敵うわけがないのニャ。少しずつ好感度を上げて、信頼を勝ち取ってからじゃないと厳しいのニャ。ドン引きするほど無鉄砲なことなのニャ〜」
「だって、パーティーで断罪されるのが定番って聞いたもん。乙女ゲームなんてやったことないから、知らなかったんだもん!」
「恐らくそれは、卒業パーティーのことニャ。まぁ、まだまだチャンスはあるのニャ。その間、自分磨きを頑張るのニャ〜」
メープルはそう言って、何かをたくらんでいるような顔で笑った。