18.No.005 偽善系ヒロイン×エマの中の人②
無事に奴隷商から、攻略キャラのクグロフを購入出来た私は、人目を避けながら、彼を馬車に乗せた。
「やっぱりイケメンを選んだな」
「残された彼らは大丈夫なんだろうか? すぐに通報した方が⋯⋯」
使用人たちはヒソヒソ話をしている。
「ちょっと! あなたたち、牢屋にぶち込まれたいの? 今日の事は絶対に秘密にしなさいよ! 分かったわね! これは人助け。わたくしは、奴隷問題に一石を投じただけ!」
まったく。
あくまでもお金を払ったのは私なんだから、何を買おうが勝手じゃない。
顔と筋肉が好みなんだから、仕方ないじゃない。
残された人を思うと、少し胸が痛んだけど、私は家にクグロフを連れ帰った。
養父のお陰で、クグロフはすぐに回復した。
彼をベッドに寝かせ、自分は近くの椅子に腰かけて、美しい寝顔を眺める。
「うぅ⋯⋯ここは?」
しばらくして、クグロフが目を覚ました。
「クグロフ、目が覚めて良かったわ。ここは、ミルフィーユ男爵家の屋敷よ。わたくしは養女のエマ。あなたを奴隷商から買い取って、病気を治したの」
正確には、病気を治したのは養父だけど、そんな事は些細なことだ。
「エマ様、ありがとうございます」
クグロフは笑顔を向けてくれた。
普段はキリッと吊っている目尻が下がり、表情が柔らかくほころぶ。
あまりのまぶしさに、ふらつきそうになる。
あぁ、なんて、尊いの!
お願い!
今すぐ、その服の下の筋肉を見せてちょうだい!
そんな言葉が喉まで出かかるけど、我慢我慢。
何故なら、この後にイベントが起こることが確定しているから。
実はクグロフには重大な秘密がある。
彼は隠しているつもりだけど、プレイヤーである私は知っている。
それは、彼が⋯⋯『狼男』だということだ。
この世界では既に絶滅したとされる、伝説上の生き物。
満月の夜に、月の光を浴びると、彼は頭から狼の耳が、お尻からは尻尾が生えるという、ケモノ好きにはたまらない姿になる。
狼状態の彼は、好きな女性を目の前にすると自分を抑えきれなくなり、襲いかかってくる。
もちろん、血だらけにされるという意味ではなく、ドキドキするようなイベントに発展するという意味だ。
次の満月まであと十日。
心を躍らせながらその日を待つだけ――のはずだった。
「えー! クグロフを手放す!?」
養父の言葉に自分の耳を疑った。
何かの間違いでしょ?
今すぐこのオヤジの胸ぐらを掴んでやりたいくらい、一気に頭に血が上る。
「あぁ、エマよ。君も知っての通り、この家は傾きかけている。クグロフを養うにも費用がかかるし、彼に頼む仕事もない。ちょうど私の知り合いのコンフィズリー公爵が、アンジェリカ様の用心棒を探しておいでだから、ご紹介することに決まった。明後日には王立医術学園に向かって貰う」
よりにもよって、ノエルルートの悪役令嬢のアンジェリカ=コンフィズリーの用心棒ですって!?
恐ろしい結末に、目の前が真っ暗になった。
そして2日後。
「クグロフ、良いわね。誰が命の恩人なのか、きちんと覚えておくように。アンジェリカ様は、冷徹で嘘つきで男好きのとんでもない女よ。十分気をつけること。わたくしに会いたくなったら、いつでも帰って来ていいからね」
「はい⋯⋯お世話になりました⋯⋯」
クグロフは困惑しながら、屋敷を去って行った。
そして数日後、クグロフの父を名乗る人物が屋敷にやって来た。
クグロフに謝りたいから、会わせて欲しいと、門の前で泣き崩れている。
奴隷商がここを教えたのかな。
個人情報の管理がガバガバなんだけど。
まぁでも、これだけ反省してるなら許してあげてもいいのかも。
本来、家族というのは一緒にいるのが一番なんだから。
子どもが大切じゃない親なんていない。
この父親だって、本当はクグロフの事を愛してるんだ。
アンジェリカの元に行かせる位なら、その方がいいんだ。
こうして私は二人の仲を取り持つことにした。
クグロフの父親を馬車に乗せ、一緒に学園へと向かうも、一悶着あって拘束されることになった。
暗くてジメジメした牢屋の中、冷たい床に座らされる。
何も知らない養父を巻き込んでしまったし、奴隷商に払ったお金は返ってこない。
何より、クグロフがアンジェリカに、あんなに懐くなんて。
「どうして私がこんな目に⋯⋯」
「エマは良いことをしている気だったのかニャ? クグロフとその妹たちは、コンフィズリー公爵家に保護されたのニャ。妹たちも売られる寸前だったそうなのニャ。あの父親は何も改心していなかったのニャ。悲劇を繰り返すところだったのニャ」
「そんな⋯⋯」
「ちなみに、エマが助けなかった残りの奴隷たちも無事に解放されたのニャ。仕事を探している者は、そのままコンフィズリー公爵家で働く事になったそうなのニャ。本当の正義とはなんなのか、今一度、自分の胸に問いかけてみるのニャ〜」
メープルはそう言い残し、牢屋の外に出ていってしまった。




