17.No.005 偽善系ヒロイン×エマの中の人①
私は優奈。
大学を卒業したばかりの新社会人だ。
就活では、持ち前の明るさと身体能力を存分にアピールして、夢の職場へのパスポートを勝ち取った。
私の夢の職場とは、フィットネスジム。
何故ここに就職したかって?
それは、お客様が理想の身体を手に入れ、日々を健康に過ごせるようサポートしたいから⋯⋯というのももちろんある。
けれども、何よりも私は『マッチョが好き』なのだ。
筋骨隆々の男たちに囲まれながら、お金までもらえるなんて最高!⋯⋯のはずだった。
けれども、実際に一緒に働く同僚の中には、私のお眼鏡にかなう筋肉の持ち主はいなかった。
このジムの立地のせいか、筋肉の衰えを防ぐ目的の中高年のお客様が多い。
若いお客様は、トレーニングを始めたばかりで、マッチョとは、ほど遠い。
理想のマッチョと出会える日を、もどかしくも楽しみに待つことしか出来なかった。
そんな私はある日、運命の出会いを果たす。
ネットサーフィン中に流れてきた広告だ。
『新キャラ登場! 〜貴女のことを24時間、付きっきりでお守りします〜』の文言とともに現れた、男の立ち絵。
服を着ていたって分かる。
強くて逞しいマッチョの象徴、上腕二頭筋。
逆三角形の体型を強調する、肩の三角筋。
盛り上がる大胸筋に、ここまで来たら絶対に綺麗に割れているはずの腹直筋⋯⋯
どれをとってもパーフェクトだ。
なになに。
『ドルチェのような恋をして』の『クグロフ=ラングドシャ』か⋯⋯
私はすぐに、この乙女ゲームの会員になり、クグロフルートを余すことなくプレイした。
『優奈様⋯⋯どうか、この想いを受け止めて下さい⋯⋯』
『クグロフ⋯⋯私も貴方の事を愛してるわ』
寝る間を惜しんで、クグロフの筋肉を堪能していると、気がついた時には、田舎の男爵令嬢『エマ=ミルフィーユ』として、この世界にいた。
こんな私が目指すのは、もちろんクグロフルート。
クグロフは、ろくでもない父親に奴隷として売りに出され、病気で衰弱していたところをヒロインに救われる。
病気やケガを治す力があるヒロインは、そんなクグロフの病気を治し、持ち前の優しさで傷ついた心まで癒してしまう。
こうしちゃいられない。
早くクグロフを買い取らないと!
けれども、奴隷を買うためには大金が必要だ。
我が家は没落寸前の貧乏貴族。
私はお金を稼ぐため、時間を持て余し、美を追求する貴婦人に向けて、体操教室を開いた。
売り上げと、なけなしのお小遣いをかき集めて、急いで市場に向かう。
路地裏から続く怪しげな地下道に、その店の入り口はあった。
「何をお探しですか? お嬢さん」
私を迎えてくれたのは、スーツ姿に、派手なメガネをかけて、全ての指に大きな宝石付きの指輪をはめている男。
奴隷商だ。
「実は、用心棒になりそうな男を探していて⋯⋯」
店の中を見て回ろうとすると、引き留められた。
「ご予算はいくらでしょうか?」
メガネを持ち上げ、私を値踏みしようとする奴隷商に、巾着の中身を見せる。
「おお! ビターコイン5枚に、スイートコイン3枚ですか! それならば、当店の奴隷の中から、よりどりみどり、選んで頂けますよ!」
奴隷商は両手を広げ、嬉しそうに叫んだ。
「そう。だったら、じっくりと選ばせてもらうわ」
店の中をゆっくりと歩き回る。
大勢の奴隷たちが檻に入れられている。
もちろん全員が私と同じ人間だ。
檻の中と外、買う側と買われる側⋯⋯この立場の違いは、いったいなんなんだろう。
みんな恨めしそうに、こちらを見ている。
「おいおい。どうしてお嬢様は、奴隷市になんか出入りしてるんだ?」
「バレたら俺たちまで逮捕されるんじゃ⋯⋯」
付き添いの使用人たちは怯えている。
「大丈夫よ。人助けに来ただけなんだから」
そう。これは人助けなの。
私の言葉に、奴隷商も頷いている。
一番奥の大きな檻の中に、彼はいた。
熱にうなされ、辛そうにうずくまっている。
クグロフ、見つけた。
こんなにも苦しんで、かわいそうに⋯⋯
今、助けてあげるからね。
「では、この彼をお願いします」
奴隷商を振り返り、お金を払おうとすると、首をかしげられた。
「彼は⋯⋯顔立ち、体つきともに整っているので、このように強気な価格設定ですが、病気のせいで長くはもたないかも知れません。鑑賞用とおっしゃるのならともかく、用心棒には⋯⋯」
「大丈夫よ。お養父様には医術の心得があるから。苦しんでいる彼を助けたいの。用心棒にもぴったりだわ」
奴隷商に言い返すと、更に首をかしげられた。
「お嬢様のご予算だと、彼だと一人を購入するので精一杯ですが、残り20人の奴隷たちでしたら、全員を購入することも出来るんですよ? 料理人、猟師、剣術の師範などなど⋯⋯お嬢様のお役に立てそうな者が、たくさんおりますよ?」
奴隷商は自信満々に言った。
⋯⋯⋯⋯なんですって?
人助けをしつつ、用心棒を探しているなんて設定の私は、剣術の師範を含む、そちらの20人を選ぶに決まってるじゃない。
けど、それじゃあ、クグロフが手に入らない。
クグロフ一人か、残りの20人か、どっちを選んだらいいの!?
おそらく奴隷商は、20人を売ってしまって、空いたスペースに、別の新しい奴隷を仕入れてくるという魂胆だ。
私は騙されないわ。
奴隷たちの視線が痛いけど、まぁ、ゲームの世界なんだし?
私は信念を貫き通すんだから。
「そちらの元気なみなさんは、すぐに買い手がつくでしょう。この男は、そうはいかないだろうから、わたくしが買うわ」
こうして私はクグロフを購入した。




