11.No.004 男装系ヒロイン×ジュディ①
王立医術学園に入学して一ヶ月が経った頃、初めての大型連休を迎えようとしていた。
今、私はノエル殿下の居室にて、ティータイムを楽しんでいる所だ。
寮とは言え、殿方のお部屋にお邪魔するなんて、緊張してしまう。
殿下の執事のトルテが、丁寧に紅茶を淹れてくれる。
「アンジェリカ様のお好きな、アールグレイです」
目の前にティーカップが置かれると、ベルガモットのいい香りが漂ってくる。
「お菓子は、アンジェリカ様の大好きな、くるみのバウンドケーキです」
トルテは大真面目に言った。
「トルテったら、ひどい。それは子どもの頃の言い間違いなんだから、いつまでも蒸し返さないでよ」
「申し訳ございません、アンジェリカ様。殿下のご命令ですので」
私は子どもの頃、パウンドケーキの事をバウンドケーキと言い間違えていた時期がある。
その話をお父様がノエル殿下に話していたのだ。
「ごめんね、アンジェリカ。君の可愛いらしい表情が見たくって、つい⋯⋯」
ノエル殿下は嬉しそうに微笑んでいる。
だからって、執事を使って、からかわなくても⋯⋯
「ときにアンジェリカ。連休中は、どう過ごすつもりなんだい?」
「屋敷に帰るということは決めているのですが、そうですね⋯⋯主に中間テストの勉強に充てることになるでしょうか」
連休は十日間もあるし、久しぶりにお父様とお母様とお兄様にも会いたいから、帰るのは確定。
とは言え、特別な予定もないから、二ヵ月後のテストに向けて、今のうちに勉強しておいた方が良さそうだ。
「そういうことなら、家の別荘に来ないかい? 自然に癒やされながら、一緒に勉強出来たら、より有意義な時間になるんじゃないかな?」
王家所有の別荘か⋯⋯
きっと素敵なところなんだろうな。
それに、一人で頭を悩ませながら勉強するよりも、困った時に優秀な殿下に相談出来る方が安心だ。
「とてもありがたいお誘いです。けれども、殿下はお忙しいのでは?」
「学園入学後は、一学生として勉学に集中するために、王太子として公の場に出ることは免除されているんだ――というのも、もちろん本当だけど、君に十日間も会えないなんて、耐えられないって言うのが本音かな」
ノエル殿下はウインクを飛ばしてきた。
これは社交辞令ではなく、いわゆる愛の言葉⋯⋯なんだろうか。
「ありがとうございます。楽しみにしております」
殿下の顔を直視できないまま、なんとか返事をした。
そして迎えた連休中盤のこと。
侍女のシフォンと共に馬車に揺られ、王家の別荘に来た。
シフォンは私よりも四歳上の女性で、小麦色の髪をお団子にしている。
子供の頃から遊び相手もしてくれたから、お姉さんのような存在だ。
別荘は山に囲まれた高原にあり、近くに森林や湖や滝もあると言う。
空気が澄んでいて、優しい風が心地よい。
ノエル殿下は、まだ到着されていないとの事だったので、別荘の使用人に勧められ、庭園でのティータイムにすることにした。
ガーデンチェアに腰かけると、ローズガーデンと噴水がよく見える。
「アンジェリカ様、五種のフルーツのバウンドケーキのご用意が出来ました」
シフォンは真剣な表情を作りつつも、肩を震わせながら言った。
「ちょっと、シフォンまで、わたくしをからかうの?」
「申し訳ございません。トルテ様と共に、ノエル殿下から、そのようにご指示を頂いておりましたので」
私のシフォンに対しても、殿下はそのようなご指示を⋯⋯
あの御方が居ない所でまで、その命令を守るシフォンは、間違いなく忠誠心の強い侍女だけど、そこまでは求められていないんじゃ⋯⋯
「アンジェリカ様は殿下に愛されておられますね」
「どうしてそうなるの?」
「それは殿下にお尋ねされては?」
「そんな事を聞けるわけないでしょ?」
そんな会話をしていると、庭園の方から何やら物音が聞こえた。
――ガサゴソ
振り返ると、執事服を着た人が立ち去る後ろ姿が見えた。
男性にしては華奢だし小柄だな⋯⋯なんて、考えるだけで失礼ね。
「別館にて、執事の研修会が行われているようです」
「そうなのね。休憩時間のお散歩かしら」
この時はその執事の存在が気になったものの、ノエル殿下が到着されたことによって、すっかり忘れ去ってしまった。
図書室に来た私とノエル殿下は、向かい合って座り、それぞれ参考書を広げていた。
「こちらの本は、図解が多くて分かりやすいですね」
「少し古い文献だけど、王家の中でもトップクラスの術者たちが執筆しているからね」
二階建ての図書室には、門外不出の王家の蔵書も保管されており、決して学園の図書館ではお目にかかれないような本を閲覧出来る。
さすが、代々この国を治めてきた一族の知識の集大成。
勉強が、はかどって仕方ない。
「この部屋から持ち出すことは禁じられているけど、滞在中は好きな時に好きなだけ読むと良いよ」
「よろしいのですか?」
「もちろん。アンジェリカなら、丁寧に扱ってくれるだろうし、何も問題ないよ」
ノエル殿下は、私のことを信頼してくれているみたいだ。
当たり前でしょ、とでも言いたげに微笑んでくれた。




