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記憶

 

「ラクシュミー寺院までお願いします」

 アルジュンはリクシャーの運転手に行き先を伝えた。        

 リクシャーは、賑やかな大通りを走ってから右折し、細い道へ入って行った。

 しばらく走ってから、アルジュンは、「おかしいな……」と言い始めた。

「どうしたの?」

「こんな細い道沿いじゃないと思ったんだが……」

 戸惑っている間に、リクシャーのスピードが落ちて寺院の前で停車した。

「お客さん、着いたよ」と運転手が言った。

「すみません、ここ、本当にラクシュミー寺院ですか?」

「そうだよ。ラクシュミーのお寺さんだよ」

「ここじゃないの?」

「うーん……写真で見たのと違っている。もっと、大きな寺院のはずなんだ……あ、分かった、なるほど……そういうことか」とアルジュンは呟いてから、「運転手さん、ここ以外にもラクシュミー寺院がありますよね? ご利益のあるお札で有名な」と言うと、「ああ、あっちか。そうかい、でっきりこっちかと思っちまった、そりゃ、悪かった。心配ねえよ、そっちも連れてってやるから。でも、せっかくだ、こっちもお参りしてったら。女神様のお寺なら俺はこっちのほうが好きだ」と勝手なことを言った。

 運転手が本当に間違えたのか、わざとなのか、かなり怪しかったが、アルジュンは冷静だった。

「寺院三ヶ所という指示だから、ここを参拝すれば一箇所か……」と呟き、「運転手さん、僕たちが戻ってくるまで待っていてくれますか?」と言った。

「ああ、もちろんだ。ところで、お兄さん達、南から来たんだろ?」と運転手は言った。

 そうだと答えると、「言葉のアクセントで分かったよ。実は俺も南出身なんだ。もう何十年も帰ってねえけど……」と言った。

 僕が、「()()()()()というやつですね」と言うと、アルジュンは、( 君がそんなこと言うの珍しいな )という顔をした。自分でもなぜか分からなかったが、口をついて出てきたのだった。


「ところで、お客さん、他にも行くとこあるなら、一日貸切でどうだい? 特別に安くしとくよ」と、代金を提示してきた。アルジュンの表情からすると、どうやら、悪くない条件のようである。

 アルジュンは、「◯◯円ですね? 追加料金はなし」と念を押してから、「今、半額払いますから、あと半分は最後に払います」と言うと、運転手のおじさんは、「お兄さん、若いのにしっかりしてるねえ」と頭を掻いて笑い、交渉は成立した。 


 参拝用のお供物を買いに、僕らは売店に立ち寄った。

 売店はここしかしなく、混んでいた。

「アルジュン、僕、あっちで待ってるよ」

「ああ」


 門の横で待っていると、「ラジープ!」とアルジュンが手招きした。

 行くと、お寺の中は土足厳禁なので、サンダルを預けて行くと言われた。買い物をしたので、店で預かってくれるそうである。

 人の良さそうなおばさんは、にこにこしながら、「そっちに」と店の端を指した。

 そして、僕らの荷物を見て、「旅行なんですか? 良かったら預かりますよ」と言ってくれた。

「ありがとうございます、じゃ、お願いします」

 荷物を置かせてもらっていると、店の奥から小学生くらいの女の子が出てきた。

「おかーさん! ねえ、もう、あいつがさあ!」と文句を言い始めると、その後ろから、弟だろうか、わざと姉にどん! とぶつかって、ちょっかいを出してきた。手に髪留めを持ってにやにやしている。

「もう! 返しなさい!」と、弟をつかまえようとしたら、さっと身を交わし、僕らにぶつかりながら店の外へ走って逃げて行った。

「待てー!」と姉は弟を追いかけた。

 おばさんは、「二人ともやめなさい! お客さんがいるでしょ」と子供たちを叱り、「ごめんなさい、騒がしくて」と謝った。

 アルジュンは大人には厳しめだが、見かけによらず小さい子には優しかったので、嫌な顔をせず、笑って見ていた。


 予言に書かれていた、彼が将来『慈善事業を行い、貧しい子供たちを助ける』というのは、僕にはとても実感として感じられた。

 いまさらながら、予言が何であったのか、何のために聖者が書き残したのかその理由までは分からなかったが、予言を読んだおかげで、こうして僕はアルジュンと旅行に来れたのだから、聖者に感謝したい気持ちだった。


 ふと視線を感じ、振り向くと、おばさんと目が合った。

 おばさんは僕の顔を覗き込んで、「……前に来たことがあるかしら?」と聞いたので、「いえ、初めてです」と答えたが、なんだかすっきりしない様子だった。


「さて、行こうか」

「うん」

「行ってらっしゃい。女神様の祝福がありますように」とおばさんは両手を胸の前で合わせた。


 店を出てすぐに、アルジュンは、「ちょっと待って」と引き返し、「おばさん、やっぱりそれもください」と提げてある花輪を指差した。

「はいはい。白でいいかしら?」と言って花輪を取ると、「ラジープ、持ってくれる?」と僕に言った。


「どうぞ」と渡されたのはジャスミンの花輪だった。

 純白の花が僕の手に触れると、ふわりと優しい香りが拡がった。


 この香り……この場面……。


 記憶の回路が、今、開こうとしていた。

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