女神の囁き
「よし。じゃ教えるからよく見とけ。俺がお辞儀をしたら、籠をお坊様に渡せ。それから、こうやって」と、正座をして地面におでこをつけ、手足をまっすぐにして腹這で伏せた。
「これを三回やった後で、花輪を女神様の首にかけろ。その時、お坊様が真言マントラを唱えるから、さっきも言ったように、二度と盗みはしませんと誓うんだ。わかったな?」
僕は大きく肯いた。
女神様の祭壇は、建物の一番奥の突き当たりにあった。
祭壇の部屋は、僕の背でやっと通れるほどの低いアーチ状になっており、中は暗かったが、女神像の周りをぐるりと囲む蝋燭の灯りが揺れて、幻想的だった。
しかし、僕はさっき聞いた千の姿を想像し、怖くてまともに像を見ることが出来なかった。
中にいたお坊様は、僕らが入っていくと椅子から立ち上がり、僕の顔を見て、「子供はいないと聞いていたが、この子は親戚の子かね?」とおじさんに尋ねた。おじさんは軽く会釈をしただけで、はいともいいえとも答えなかった。
教えてもらった順番通りに、お坊様に籠を渡すと、眉と眉の間に赤い粉をつけてくれた。
腹這で三回、が終わって、次は花輪の番だった。
勇気を出して顔を上げ、像を見た時、驚いて声が出そうになってしまった。
この場に母さんが現れたのかと一瞬思った。女神様のお顔は、母さんにそっくりだったのだ。
女神様は、とても悲しげな表情に見えた。
それを見たら、僕は急に家が恋しくなって、悲しくてどうしようもなくなった。
僕は女神様の像に抱きついて泣き出した。
「おい、何やってる!」
慌てたおじさんは、僕の腕を引っ張って、女神様から引き剥がそうとすると、
「そのままにさせておきなさい」とお坊様は言った。
僕は心の中で(ごめんなさい、もうしません)と何度も謝った。
涙が頬を伝い、地面に落ちた。
その時、上のほうから声がした。
〝分かっている。あなたのことは、ずっと前から知っている 〟
そうはっきり聞こえたので、すぐに左右を見渡したが、僕とおじさんとお坊様の三人の他には、誰もいなかった。
まさか……と思って女神様を見ると、優しい表情に変わっていた。
お坊様は驚いた声で、「おお、この子は、女神ラクシュミーと心が通じ合っているようだ」と言った。
花輪はぎゅっと握っていたせいで、半分の花が潰れてしまっていた。
女神様の首に手が届かずに困っていたら、後ろからおじさんが持ち上げてくれた。
花輪をかけ、( これでいい?)と聞くと、( ああ、それでいい )とおじさんは微笑んだ。