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灰色と蜜柑

作者: 昼月キオリ

白咲華菜(しろさきかな)(14)

中学二年生の冬。

おばあちゃん「華菜、蜜柑食べるかい?」

華菜「いらない」

おばあちゃん「そうかい、残念だねぇ、こんなに美味しいのに」

私は蜜柑があまり好きじゃない。

嫌いというわけではないけどフルーツならやっぱり苺が好きだ。

なのに家には蜜柑の木一本しかない。

いちご農家だったら良かったのに。

だから子どもの頃のおやつはいつも蜜柑だった。

成長するに連れて私は蜜柑を食べなくなり、クッキーやチョコレートを買って食べるようになった。

おばあちゃんはいつも蜜柑を食べていた。

でも、おばあちゃんは元々、蜜柑をあまり食べなかったそうだ。

死んだおじいちゃんが好きだったから食べているらしい。

おばあちゃんはお父さんのお母さんだ。

お母さんの母父は早くに亡くなっている。

あまり食べなかったなら私と似たようなもんじゃん。

それなら別のもの食べたらいいのに。

そうは思っていたがそれを口にはしなかった。

和室。コタツの中で蜜柑を一人で食べる丸くなった背中があることが居心地が悪かった。

お父さんは仕事でほとんど家にいないし、お母さんも共働きで仕事をしている。

休みの日に皆んなが家にいることはあっても、おばあちゃんとコタツで蜜柑を一緒に食べる人はいなかった。

お母さんもお父さんも蜜柑が好きな方ではなかったからだ。


そんな日々が壊れたのはそれから二か月後のことだった。

休日、この日、お父さんは隣町の友人達と出かけていた。

お母さんと私とおばあちゃんは家にいた。

いきなりガタガタっと小さく揺れたかと思った次の瞬間。

大きな揺れとともにタンスや本棚が倒れ始めた。

華菜「きゃあ!!なに、地震!?」

私は慌てて机の下に入る。

華菜は二階の自分の部屋に、母親は一階のキッチンに、おばあちゃんはキッチンの隣のコタツがある和室にいた。

ものが全てひっくり返った後、揺れが止まる。

母親「華菜!大丈夫?」

一階から私を心配したお母さんの声が聞こえる。

華菜「だ、大丈夫!!お母さんとおばあちゃんは!?」

母親「大丈夫よ!とにかく一度集まりましょう、足元気をつけるのよ!」

華菜「分かった!!」

私は急いでスリッパを履いて一階に降りてきた。

そこに広がっていたのはいつものキッチンやリビングではなかった。

あちこちに皿やコップが散乱していて、テレビやレンジまで床に転がっていた。

それでもお母さんは日頃から片付けをマメにする人だったし、棚にも留め具を使っていたのでまだ被害は少ない方だと思う。

華菜「うわ、ひどい・・・」

おばあちゃん「華菜!怪我はない!?」

華菜「う、うん」

いつも大人しいおばあちゃんは初めて焦った声色を見せた。

本当に私のこと心配してくれてるんだな・・・。

華菜「おばあちゃんは?」

おばあちゃん「私は大丈夫、びっくりして足を挫いてしまったけれど」

おばあちゃんがいた和室にはローテーブルと座布団、掛け軸しか物が置いていなかったので被害は最小限で済んでいた。

華菜「私に掴まって」

おばあちゃん「ありがとう」

母親「確か包帯があったはずだけどこれじゃ探すのは無理ね」

華菜「ちょっと、お母さんも手から血出てるじゃない!」

母親「これくらい大したことないわ、それよりここにいたらこの家もいつ壊れるか分からないし避難所に向かいましょう」

華菜「うん」

おばあちゃんは一瞬裏庭の方を見た。

華菜「おばあちゃん?避難所行くよ?」

おばあちゃん「え?ええ、そうね」

それから避難所に向かったが、パニックになった人達がいっぱいでとても入れそうになかった。

無理矢理入っていったら逆に怪我をしてしまいそうだ。

華菜「うわー、これじゃとても中に入れないよ・・・」

母親「そ、そうねぇ、でもここしか避難所はないし・・・」

おばあちゃん「華菜、お母さん、家に帰って蜜柑を食べよう、裏庭にテントでも張ってさ」

おばあちゃんは驚くくらい落ち着いたトーンでそう言った。

二人は顔を見合わせるとおばあちゃんに向かって頷いた。

私たちは所々瓦礫の山になった家と砂埃の中を歩き、自分達の家に向かった。

完全に崩れている民家、傾いて今にも崩れそうな八百屋さん、曲がった電信柱。

いつも見ていた景色が変わってしまった。

私はずっとおばあちゃんを支えながら歩いた。

家は形は保っているものの傾いてていつ倒れるか分からない為、おばあちゃんの提案通り裏庭の建物から離れた場所にテントをお母さんと私で張った。

テントは物置部屋に置いてあり、すぐに取り出せた。

何故テント用品が家にあるのかというと、

お父さんがキャンプ好きだった為、小さい頃によく連れていってもらっていたのだ。

他にも使えそうなものは急いで家の中から外に出した。

包帯や湿布はなんとか見つけ出せ、おばあちゃんとお母さんの処置をすることができた。

二人とも軽傷で済んだのは不幸中の幸いだった。

母親「あの人の趣味がこんなところで役に立つなんてねぇ」

華菜「お父さん、大丈夫かな?」

母親「きっと大丈夫よ、あの人、悪運だけは強いから」

おばあちゃん「華菜、お母さん、蜜柑食べるかい?」

おばあちゃんは裏庭にある蜜柑の木から蜜柑を3個取ってきていた。

華菜「うん、食べる」

母親「えぇ、私も食べるわ」

おばあちゃん「うちの蜜柑は強い子だからね、1週間くらいは水がなくても大丈夫なはずだよ」

母親「え、うちの蜜柑ってそんなに強いんですか!?」

おばあちゃん「ああ、この蜜柑の木はね、私たちをずっと見守っていてくれているんだよ」

母親「そういえばおじいちゃんもそのようなことを言ってましたね・・・」

蜜柑の木は蜜柑が好きなおじいちゃんが植えて育てていた。

おじいちゃんが亡くなった後はおばあちゃんが代わりに水をあげていたのだ。

父親「おーい!お前たち大丈夫かー!」

その時、急いで走ってきた父親が帰ってきた。

母親「あら?お父さんの声だわ」

おばあちゃん「どうやら無事みたいだね」

華菜「ホッ・・・」

母親「あなた、怪我は?友人達は?」

父親「俺も友人達も怪我はないよ」

母親「そう、良かったわ」

父親「その手はどうしたんだ?」

母親「地震が起きた時に割れたガラスで切っちゃったのよ、もう血は止まっているし大したことないわ、それよりおばあちゃんが足を挫いてしまって」

おばあちゃん「これくらいヘーキだよ、もう痛みも落ち着いてきてるからね」

父親「そうか、華菜は怪我はないか?」

華菜「うん」

父親「って、なんだ?テント張ったのか?避難所はどうしたんだ?」

私たちは事情を説明する。

父親「ほう、なるほど、それでテントをね」

おばあちゃん「あんたも食べるかい?」

父親「え?何を?」

おばあちゃん「蜜柑をさ」

父親「あーうん、食べるよ」

おばあちゃんはテントから出ると蜜柑を一つ取ってきた。

おばあちゃん「ほら」

父親「あ、ありがとう母さん」

テントの中で4人が密着して座る。

華菜「これからどうしよう・・・」

おばあちゃん「大丈夫だよ華菜」

華菜「全然大丈夫じゃないよ!」

おばあちゃん「大丈夫だよ、だって私たちは生きているじゃないか」

パニックになって声を荒げた私とは違い、おばあちゃんは冷静に返す。

とても優しい口調だった。

華菜「それはそうだけど・・・」

おばあちゃん「だから今は蜜柑を食べよう」

華菜「う、うん・・・パクっ、!!」

あれ、蜜柑ってこんなに美味しかったっけ?

父親「ん、うまいな」

母親「ええ、本当」

おばあちゃん「華菜はどうだい?」

華菜「うん、美味しいよ」

おばあちゃん「そうかい」

そう言うおばあちゃんは何故か嬉しそうだった。

変だ。こんなに街がめちゃくちゃになっているのに。

さっきまであんなに寒かったのに。

今は暑いくらいに暖かい。


それから1か月後。

ようやく学校に行けるようになったと安堵した頃。

おばあちゃんは亡くなった。


それから10年後。

私には恋人がいた。

彼氏の家でご飯を作ることになり、スーパーに買い出しに一緒に来ていた。

彼氏「華菜、また蜜柑買うの?華菜って本当に蜜柑好きだよね」

華菜「まぁね!」

そう言って華菜は笑う。

今でも蜜柑を見ると思い出す。

コタツで背中を丸めて一人蜜柑を食べるおばあちゃんの姿。

そして瓦礫と砂埃の灰色の世界の中で蜜柑の色がやけに眩しく見えたあの日の出来事。

あの地震が起きたことは確かに不運だったし最悪だった。

でも、私は一度も忘れたことはない。

あの日、小さなテントの中で4人で食べたあの蜜柑の味もおばあちゃんの嬉しそうな笑顔も。

きっとずっと忘れない。


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