【番外編】かつての未来
どこで歯車が狂ったんだろう。
ダンは、窓から空を見上げる。
きれいな星空が広がっている。子供の頃に見上げた星空と、変わっていないように見える。
だが、どうだろう。
目の前には、飢えと貧困で苦しむ領民たちがいる。子供の頃には見られなかった風景だ。
年々増えていく税金が苦しくはあったが、不作の年などは特別控除されたりもした。
飢饉が起きれば、食糧庫が開かれたりもした。
今は、そんなことは起こらない。
豊作であっても不作であっても、納税額は変わらない。
特別なんてことは起こらない。
常に一定で、等しく、領民たちに課税された。
明日食べるものがなくとも、麦の一粒でさえ不足は許されない。
「領主様は、特別を許されぬのだ」
老いた両親が、そう零した。
味がほとんどないスープを口にし、目じりに涙を浮かべながら続ける。
「ミリアリア様さえいれば、違ったのかねぇ」
久しぶりに聞いた名前に、ダンは「さあ」とだけ返した。
前領主の一人娘、ミリアリア。
彼女が贅沢を求めすぎたために増税が繰り返され、領民たちが苦しんでいたのは事実だった。
だからこそ、ギロチンで処刑された瞬間、わっと歓声が響き渡ったものだ。
これで、暮らしが豊かになる、と。
「レジオン様は、公正なお方ではあるんだけどねぇ」
両親がそう言って頷きあった。
ダンも「そうだね」と返す。
新たな領主となった、前領主の義理の息子であるレジオン。
増やされ続けた税を元に戻し、すべての領民に等しく義務と権利を与えた。
特別なことは許さなかった。
義務も、権利も、全てに対して。
「この間、飢えでパンを盗んだ子供が処刑されたらしいよ」
物騒な話にぎょっとし、ダンは「ばかな」と漏らす。
「盗んだものと同等の罰金だったろう?」
「大人ならば労働との対価で払えたかもしれないが、まだ幼い子供だったから。パンと同等の金も、労働力も、どうしても払えなかったそうだよ」
「その子供の親は?」
「過労で死んでいたらしい。税が払えず労働力で払おうとしたが、食べるものをすべて子供に渡していたそうだ。だから、飢えて」
「親が死んで、子供も食べるものがなくなって」
パンを盗んで。
金も労働力もなくて。
処刑された。
「夏の大雨さえなければ」
ぽつりと、老いた父が漏らした。
ひどい大雨だった。
畑の作物があと少しで収穫できたというのに、すべてを洗い流してしまった。
それでも、税の徴収がなされた。
大雨などなかった去年と同じだけ。
皆、口々に「作物が流された」と訴えた。
来年、必ず多めに納税するから今年の分を減らしてほしい、と。
減らすだけでは足りないから、いっそなしにしてほしい、と。
だが、役人は「特別は許されない」と首を振った。
役人たちも、心苦しそうだった。
彼らの上には、特別を許さない領主であるレジオンがいるからだ。
「前領主様の時は、こういう事があったら考慮してくれたんだがなぁ」
「増税は辛かったけれど、ミリアリア様が成長されたら、もしかしたら」
両親はそう言ってため息をついた。
だが現実として前領主は事故で亡くなったし、ミリアリアは領民の前で処刑されてしまっている。
現領主は、特別を決して許さないレジオンだ。
「どこで、狂ってしまったのかねぇ」
スープを飲み干し、両親はそう言いながら片づけを始めた。
ダンはもう一度窓の外を見る。
相変わらず、星がきれいに輝いている。
「もし、神様というものがいるのならば」
きらきらと光る星に、ダンは語り掛ける。
「狂った歯車を、戻してほしい」
ダンは大きなため息をついたのち、己のスープ皿を片付けるために立ち上がった。
目を離したのち、一つの星が空を駆け抜けていったのも気づかないのだった。
<そして分岐点へ・了>
ミリアリア処刑後の世界です。
たくさんの方に見ていただけて嬉しかったので、書いてみました。
楽しんでくださると嬉しいです。




