16歳の誕生日
「お誕生日おめでとう、ミリアリア!」
16歳の誕生日、ミリアリアは食堂に集まるたくさんの使用人と、父と兄に拍手で迎えられた。
「ありがとう」
ミリアリアはにっこりと笑い、皆にカーテシーで答える。
食卓テーブルには、いつもより少しだけ豪華な食事と、真ん中にイチゴの生クリームケーキが鎮座している。
ミリアリアは、特別な日用のドレスを纏い、まっすぐに父親の元へと行く。
「16歳のお誕生日おめでとう、ミリアリア」
「ありがとうございます、お父様」
「本当に、特別なプレゼントは要らなかったのかい? ドレスだって、新しいものを全然作らないし」
父親の「特別なプレゼント」という言葉に、ミリアリアはびくりと体を震わせる。それから何度か深呼吸を繰り返したのち、静かに首を横に振って、父親に向き直って微笑む。
「ドレスなら作りましたわ。なんと、二枚も」
「それは、月曜日用と木曜日用に穴が空いたからではないか。もっと作っても良かったんだぞ」
「いいえ。あのドレスだって、コサージュかレースを当てたら着れたような気がしますのに、お父様がどうしてもと仰るから」
「普通の令嬢は、穴の空いたドレスを工夫して着ようとはしないものなのだよ」
「ええ、そう伺いましたから」
少し不満そうな父親の頬に、ミリアリアは軽いキスをする。
親愛なる、父親へのキス。
「お父様がこうして祝ってくださることが、特別な誕生日プレゼントですわ」
「ミリアリア……!」
ぎゅ、と父はミリアリアを抱きしめる。
そのぬくもりに、ミリアリアは自然と笑った。体全体に、幸せがいきわたるかのようだ。
父親が生きており、自分も無事に祝われている。
そのことが、ミリアリアにとって何事にも代えがたく嬉しい。
次に、ミリアリアは義兄であるレジオンの元へと行く。レジオンはミリアリアの手を取り、静かに微笑む。
「お誕生日おめでとう、ミリアリア」
「ありがとうございます、お兄様」
「綺麗になったね」
「とんでもありません。まだまだ、他の令嬢の足元にも及びませんわ」
ふふ、とミリアリアが笑う。
一年間、レジオンはミリアリアと領主である父親を見続けていた。領地の仕事を手伝いつつ、領民の生活を見守り、そしてミリアリアの動向も探った。
結果、懸念されていた特別教への再入信はなされることはなく、ミリアリアは本当に「平凡を愛し、平均を目指した」令嬢になってしまっていた。
心配されていた税金もあがることなく、逆にドレスも宝飾品も欲しないミリアリアのお陰で、領地の福祉が手厚くなった。
ただ、ミリアリアは心身ともに「特別な令嬢」となってしまっていた。
美しい容姿に、謙虚な姿勢。己を特別視することなく、使用人に過度に厳しくも優しくもしない、理想的な貴族。
まさに、完璧な令嬢といっても差支えがない。
敢えて言うのならば、ドレスや宝飾品に一切の興味を失ってしまったことだ。
父親や使用人たちが口々に「もう少しドレスと宝飾品を増やしても」と言うのだが、ミリアリアは頑として首を縦に振らなかった。
最終的にはレジオンでさえ「着飾らないの?」と尋ねるまでになってしまっていた。
ミリアリアは「今のシンプルでものを大事にする暮らしを、もう手放すことができない」と言って現状維持を続けた。
結局、断捨離を決行してその暮らしを気に入ったミリアリアは、本当に「平均的な令嬢」と言えるかは疑問となってしまっていた。
平均的な令嬢は、恐らくドレスや宝飾品を愛してやまないだろう。
しかし、その事を伝えてもミリアリアは首を横に振る。彼女の思う「平凡を愛し、平均的な令嬢」は、そういったドレスや宝飾品を愛する存在ではないのであろう。
「それで、ミリアリア。君に特別なプレゼントがあるのだけれど」
レジオンがそう切り出した途端、ミリアリアがガタガタと震え出した。
特別教から脱した彼女は「特別なプレゼント」という言葉に過剰反応するようになってしまっていた。中でも、レジオンが口にすると、全身を震わせ顔を青白くしてしまう。そのため、レジオンは徐々にその言葉を使わなくなっていった。
だが、レジオンは口にした。
口にしなければならない、と何故か思ってしまった。
レジオン自身にも分からない。おそらく、ミリアリアにしか分からない。
当のミリアリアは、その台詞におびえてばかりだけれども。
震えるミリアリアの手を優しく握り、ちゅ、と優しくその甲に口づける。
ミリアリアは、レジオンの行動に正気を取り戻し、無理に微笑む。
「私、その、お兄様からプレゼントなんて、いただけませんわ」
「ひとまず、受け取ってからしてくれないか?」
ミリアリアは辺りを見回し、とりあえず恐怖の対象は何もないと確認してから、レジオンに向き直る。
覚悟を決めるしかない、と腹をくくったのだ。
おかしな挙動の様子を見て、レジオンは噴き出しそうになるのをぐっとこらえてから、ミリアリアの手に箱を握らせる。
ミリアリアは拍子抜けしたようにその箱を受け取り、中を確認する。
中には、美しい小さな宝石がついたシンプルな指輪が一つ、入っていた。
「お兄様……これ……」
「約一年間、変わった君を見ていたよ。君は本当に可愛くて時折愚かで、そして僕の特別になっていった」
ミリアリアの顔が、白から赤へと変わる。
ミリアリアは必死だったから、何も気づいてはいなかった。猶予をやって見張ると言っていたレジオンの視線が、いつしか監視から熱を帯びるようになっていったことを。
「返事は、まだ要らないよ。ただ、知っておいてくれたらそれでいい」
ミリアリアは困ったように、父親へと目線を投げる。父親はそれに対し、静かに微笑んで頷いた。
父親は、レジオンから先に聞いていたようだ。更には、それを良いと思っている様子だ。
「平凡を愛し、平均を目指したミリアリア。君は、僕の特別だ」
レジオンはそう言って、綺麗に微笑んだ。
呆然とするミリアリアから箱を取り、指輪を出して彼女の指にはめる。
きらり、と指輪についた宝石が、彼女の左手薬指で輝く。
「特別な君の為に、特別なものを用意したよ。ぴったりだろう? 16歳の君へ贈る、誕生日プレゼントだよ」
聞いたことのある台詞を、全く違う表情で、レジオンがミリアリアに告げる。
過去と違う現状に、はたまた思いもよらぬ熱情に、ミリアリアの頭は真っ白染め上げられていく。
気付けば、ミリアリアは真っ赤な顔をして、叫び声をあげているのだった。
<まっしろに、なった・了>
最後まで読んで下さり、ありがとうございました。