幸せな誕生日
食堂に着くと、食卓に着いていたお兄様が立ち上がり、私に笑いかけながら「おめでとう」と声をかけてくれた。
「お誕生日おめでとう、ミリアリア」
「ありがとうございます、お兄様」
私たちのやり取りを見て、お父様が微笑んだ。
ちゃんと「お兄様」と呼ぶようになった私を、お父様は心底嬉しそうに見ていた。お兄様が家に来てからの三年間、さぞ心配をかけていたのだろう。
でも、大丈夫。
私は、よくいる平凡な妹という存在になるのだから。
食卓には、いつもより少し豪華な食事が並んでいる。中央にはケーキも飾られている。
私の大好きな、イチゴの乗ったケーキ。
今までは、特別なケーキがいいと言って困らせていた。二段だの三段だのと高くさせ、色とりどりのフルーツを盛らせ、普通の白いクリームじゃ物足りないと七色のクリームにさせていたっけ。
確かに、見た目は豪華だし特別な感じはあった。
だけど、それだけだ。
一番おいしくて大好きなのは、いつものイチゴの生クリームケーキ。
大好きなケーキに、特別なものなんて必要ない。だって、このケーキ自体が特別なんだもの。
「お父様、お兄様、ありがとうございます」
私はカーテシーをしながらそう言い、次に後ろに控えている使用人たちの方を振り返る。
「あなたたちも、ありがとう。私は、皆のお陰で誕生日を迎えられたわ」
私の言葉に、使用人たちは微笑んだ。使用人たちはたったこれだけの事で、笑ってくれた。
こんな簡単なことを、私は今まで一度もしたことがなかった。特別な令嬢は、傅かれて当然だと思っていた。
そんな当然なんて、何処にも無いのに。
平凡を愛し、平均を目指す。使用人たちに特別厳しくも特別優しくもない、程よい距離を保つ主人。それこそが、使用人たちを喜ばせる事に繋がる。
そうして過ごす誕生日は、今までで一番幸せな気持ちでいっぱいになった。
こんなに幸せな気持ちになるのは間違いなく初めての事で、尚且つ私が特別教を脱退したからこそ得られたものだ。
私は「平凡を愛し、平均を目指す」という考えは間違っていなかったのだと、改めて思い知ったのだった。
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整えられたベッドに潜り、私は天井を見上げる。
今まで一番幸せだった、15歳の誕生日だった。
特別なことは何もないけれど、ある意味特別な時間を過ごしたと言えないこともない。
「普通の令嬢は、きっとこういう誕生日を過ごしているのね」
それならば、今まで私は随分もったいない誕生日を過ごしてしまっていた。特別なんて求めず、平凡で平均的な令嬢としての誕生日は、なんと素晴らしいものなのだろうか。
「幸せな、誕生日だったわ」
まだ間に合うだろうか。
来年も、今年のような誕生日を迎えられるだろうか。
「来年……首と体が繋がった、よくいる令嬢として生きていたいわ」
私は、そう呟いて目を閉じる。
来年も、再来年も、同じように誕生日を迎えられることを心から願いながら。