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平凡な妹という存在へ

 一着のドレスをずっと着続けるというのは、衛生的にどうだろうとマリーに窘められ、七着を着まわすことにした。

 持っているドレスは七着どころではないので、なるべく質素な雰囲気を持っている七着を選んだ、といった方が早い。

 最初こそ、ドレスを選ぶ楽しみがないことが不満だったけれど、あっという間に「選ばなくていいの、便利じゃない?」と思い至った。


 とにかく、朝の準備が早く済む。


 準備が早く済めば時間に余裕ができ、家庭教師による授業も早めに終わることができた。

 早く終われば、自由時間がたくさんできる。

 増えた自由時間の使い道について侍女たちに聞いて回ったところ、殆どの侍女が「読書」と答えた。

 料理や掃除、刺繍や運動といったものもあったけれど、一番多くて一番やりやすそうなのが読書だった。

 ならば、やるに越したことはない。

 平均的な令嬢として、読書をして時間を使うことに決めた。


 自由時間になったら、まずその日の新聞を読んだ。次に家にある新しい雑誌を確認し、気になる本を読むというルーティーンをとることにした。


 そんな日課を続けていると、ある日の新聞のコラムに「今、断捨離が熱い!」と書いてあった。

 なんでも、今は必要最低限のもの以外は売ったり譲ったりし、落ち着いた暮らしをおくるのが流行っているというのだ。

 まさかと思って雑誌を見ると、確かに「断捨離特集」などという見出しが並んでいる。それも、一冊ではなく何冊も。


 流行っているのならば、平均的な令嬢としては乗っからないわけはない。かくして、私は断捨離を決行することにした。


 着ないと決めたドレスや、余分だと思った宝飾品は、片っ端から売り払った。

 そもそも七着を着まわしていないのだから、ドレスが幅を利かせまくってしまっていた。豪華すぎるドレスに、良く似通っているドレス、色が違うだけで形が同じドレス……恐ろしいほどの数の、ドレスたち。

 宝飾品も、結局付けるのはお気に入りのものだけだ。あとはつけるには恥ずかしい、眺めるだけとなっていたものや、なんとなく目に付いたから買ってしまった思い入れのないものまであった。


 そういう雑誌お勧めの断捨離方法を進めていくと、いつしか部屋の中がシンプルに、かつ住みやすくなっていくのに気づいた。

 なんだか心地よいし、残したドレスや宝飾品に対し、より一層の愛着がわいた。流行るには理由があるし、たくさんの人が行うのも納得だ。


「平凡とは、平均的なこととは、大事なことなのね」


 流行っている断捨離をし、たくさんの女性達が行うという読書をしながら、紅茶を飲む。なんという、よくいる令嬢。平均的な、平凡な令嬢。


 完璧だ。

 私は今、目標としていた令嬢に近づいているのだ!


――コンコン


 満足感に浸っていると、ノック音が部屋に響いた。マリーが確認すると、レジオンだという。


「お話があるそうです」


 特に何もしてないけれど、何か言いたい事でもあるのかしら。ちゃんと、平凡な令嬢として過ごしているのに。

 少し緊張しつつ許可を出すと、レジオンが入室して目の前のソファに座った。


「突然ごめんね、ミリアリア」


 ふわ、とレジオンが笑う。

 私は緊張を解く。目の前にいるレジオンは、私をギロチンにかけたレジオンには、まだなっていないのだ。


 レジオンがこの家に来て、三年が経つ。分家からこの家を継ぐために養子となったレジオンは、私を妹として扱ってくれている。

 元の家では末っ子だったので、この家に私がいて嬉しかったって言ってたっけ。


 僕の特別な妹だね、と。


 レジオンはずっと優しく接してくれたけれど、私はなんとなく気恥ずかしくて、兄としては接しなかった。お父様をとられる気がして「私の方が特別な子どもなの」なんて言ったりして。


 だけど、もう私は間違えない。

 特別教から脱退した私は、平凡な妹という存在になるのだ。


「いいえ。お兄様から来て下さって、嬉しいです」


 にこ、と笑いながらレジオンに言う。

 レジオン、いいえ、もうお兄様と呼ばなくては。

 だって、妹という存在が兄を呼び捨てで呼ぶわけがない。そんな特別な妹など、ここでは不要なのだ。


 私は、ちゃんと「お兄様」と呼ぶ!


「……え、お兄様って呼んでくれたの?」

「はい。今まで、すいませんでした。だって、私のお兄様ですもの」


 お兄様は、戸惑いつつも「ありがとう」と返してくれた。

 うんうん、これこそ平凡な妹。どこにでもいる、兄妹関係。


「それで、どうしたのですか?」

「最近、ミリアリアが変わったと思って」


 ああ、と納得した。

 そりゃあそうよね。あんなに特別大好きだった私が、平凡大好きに変わってしまったんだもの。不思議に思うわよね。


「私、平凡を愛することにしたのです」


 私は、お兄様をまっすぐ見て言う。

 決意の強さを伝えなければ。しっかり伝えて、将来的には特別になりたくないと分かってもらわなければ。


「特別になりたいと、言ってなかった?」

「いいえ。もうその時期は終わったのです。平凡のすばらしさを、これでもかと知ることができたのです」


 首と体が離れる、という衝撃的な体験を以て。


「ですから、もう私は大丈夫です。どこにでもいる、良くいる平凡を愛する平均的な令嬢になりますので」


 ぐっとこぶしを握り締めながらお兄様に主張する。お兄様は目を大きく見開き、私を見ている。

 驚いているようね……そして、嬉しい筈だわ。


 もう私は、特別教から脱退したのだから。


「……分かったよ、ミリアリア。その……平凡……平均、目指せるように、応援する、よ」


 お兄様は俯いたまま肩を震わせ、そう言った。

 感動しているんだわ。間違いなく、平凡を愛し平均を目指す私に感動したんだわ!


 満足する私をよそに、お兄様は「それじゃあ」と言って部屋から出て行った。

 パタン、としまったドアの向こうから、お兄様の駆けるような足音が去って行った。


「これでお兄様も、安心してくれるはずね」


 私はそう言って笑った。

 完璧だ。これで、私の悲しい未来は避けられたに違いない。


――これからも平凡を愛し、平均を目指して生きていこう。


 私はすっきりとした部屋の中で、紅茶をゆっくりと飲み干すのだった。

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