プロローグ
みな、いなくなってしまった。
訓練の最中でも軽薄なゼスプ。だがひとたび戦となれば誰よりも敵を殺し、味方を救う。勇敢で、皆に好かれた戦士だった。
生真面目なガンツは、休日でさえ融通が利かないことを仲間内でからかわれていた。しかしその盾は何人をも通さず、幾多の戦士たちがその守りに感服した。
最も年若い戦士だったウェーズン。技や力は未熟なれど、そのひたむきな姿勢は先を行く戦士たちの励みとなった。
ヴェイド、ガッラ、フールズ、ファスボナ、ベルトン、クリガニ…
みな、みな死んでしまった。
悪魔たちの王。原初の混沌より出でし、恐ろしきエターパーニツァルト。
遥かなる神代のはじまり、ヴェール神族の半分を喰らい、偉大なる太陽すら陰らせた災厄。
神々と、精霊と、すべての種族が力を合わせて滅したとされる世界の敵。
その右腕だけが、数千年の時を超えて生き延びていた。
五十年前。突如として大陸中央に現れた悪魔の王の右腕は、大地を蝕む瘴気を発し、野の獣を穢れた魔物へと変じさせた。
大陸中の国全てが予期できなかった災厄の発現、最も初めにそれを迎え撃ったのはスパルティアという国だった。
『右腕』の発生場所に最も近く、大地の侵食ととどまることを知らない魔物たちの軍勢。
彼らに降ろされた神託は、ただ一言。『逃げよ』と。
今戦ったとて、『右腕』の瘴気を止める手立てはなく、魔物たちも際限なく生まれてくる。
耐え忍び、大陸の知性あるものすべてで力を合わせるのだと。
それを聞いたスパルティアの戦士たちは、決意した。
――――ならば戦おう。
我らがパルティアが、地の毒に沈み、魔物の群れに蹂躙される運命であろうとも。否、亡びを避けられぬからこそ。
やがて来る反攻の時。伝説に謳われるように、神々と、精霊と、人々すべてが力を合わせ、悪魔の王の右腕を打ち滅ぼす時が、きっとやってくる。
であるならば、我らはこの地にとどまり、魔物どもをくい止めるのだ。
最後の一兵までも魔物どもを貫く槍となり、人類世界の守護者たるを自らに命ず。
戦士の園に招かれるその時まで、神々と祖霊に恥じぬ戦いを。
そうして死兵となった彼らは、神々の予想すら裏切り、一年もの時を稼いだ。
槍が折れ、その肉体が毒に蝕まれてもなお、彼らは敵を後ろへ通すことはなかった。
その一年で周辺国は、神託に従い戦力を整えた。
神話に謳われる、生きとし生けるものすべてが力を合わせ、悪しき魔王を打ち滅ぼす戦い。
後に「二度目の災厄」と言われた魔王の右腕は、神が授けた神器と精霊の加護を受けた一人の勇者によって、滅せられた。
世界に再び、平和が戻ったのだった。
だが歴史は知らない。
勇者の剣よりも前に魔王の右腕、その人差し指を深々と貫いた、スパルティアの槍があったことを。