王子を巡る争いに巻き込まれてみたら、他の婚約候補よりも愛されてしまいました。
「『争いに集まる人は好かれやすい』。
取材をした経済ジャーナリストが
富豪17名から聞いた、富裕層に伝わる格言です。
このような格言が富裕層に好まれるのは、
彼らが"争いの火種"に
必ず巻き込まれる立場であることが関係しています。
争いに加わることすらできないのは、
彼らにとって『争うに値しない価値なき人物』
……という評価と同義なのです。
富裕層が特に好むのは"争いに勝てる"人物。
初めは"言い争い"でも何でも構いません。
"敵を見つけ出し勝つコツ"さえ掴んでしまえば、
"富裕層の目に留まることは容易い"でしょう。
彼らにとって、あなたは"実際の立場以上"に
魅力的な女性に見えるはずです。
争いに勝てる人物こそが、
彼らの理想とする女性像に
ぶっ刺さるのですから」
日が差す豪邸の中。
令嬢は、令嬢大皇帝から教えを聞いていた。
王族貴族の間で主流の
権力維持のための基本的な考え方、
"力戦奮闘"にまつわる格言である。
全力を尽くして戦うことが
"力戦奮闘"の表す意味であるが、
王族貴族の争いにおいては少し違う。
彼らは勝たなければ、
支配者としての地位を失いかねないのだ。
支配者流の"力戦奮闘"の考えは、
格言という形で派生し、
幼少期からの教育を通じて
今も受け継がれている。
"争いに集まる人は好かれやすい"も
支配者層に伝わる格言である。
"争いに勝てること"を魅力的とするこの格言は、
王族貴族の価値観に根付いており、
彼らの趣味嗜好に密接にかかわっているのだ。
今では王族貴族のみならず、
富裕層でもこの考え方は
指示されている。
「よしわかったぜ!
争いで魅力的に勝てばいいんだろう!?
敵をぶっ飛ばして、
王子を俺の婿にしてやる!」
「お願いします令嬢。
令嬢一族の危機を救えるのは
あたなだけなのです」
令嬢大皇帝の話を聞き終えると
令嬢は部屋を出ていく。
先ほど身につけた知識を活用し、
想いを成し遂げるつもりであった。
目標は、王宮の王子。
王宮唯一の跡取りであり、
令嬢の思い人でもある。
令嬢一族の財政難……。
急激な景気変動によってもたらされた
令嬢一族滅亡の危機である。
消費一筋の令嬢一族には、
失った財政を立て直す手段はない。
令嬢が王子と想いを遂げること。
そして王宮を令嬢一族の支配下に置くこと。
これこそが唯一、
令嬢一族が存続できる道なのである。
----------
王宮にやってきた令嬢は、
"姫"と呼ばれる女性と対峙していた。
王子の婚約筆頭候補と噂に名高く、
生涯戦績1000戦を超える
プロの婚約候補者。
令嬢よりも争い慣れた強敵である!
「くくく。また挑戦者……
いや贄が現れたようだな」
「よお。てめえが姫だな。
今から王子の前でよー、
お前をぶっ飛ばす予定なんだ」
「それは丁度よい。王子も来られた。
争う力を示そうではないか。
貴様の無様を踏み台にしてなぁっ!」
騒ぎを聞きつけた王子が到着すると、
姫は令嬢に飛びかかった!
出血で敵を戦意喪失させるけん制技、
"切剥ぎプリンセスクロー"である。
令嬢の顔目掛けて、
姫の刃物のような爪が襲い掛かる!
しかし爪が当たる直前、
令嬢の姿が歪んで消えてしまった!
「なにぃ!?」
「そっちは偽物だ!
刃物っぽいのは好都合!」
姫の攻撃地点に電気が出現し、
刃物のような爪を通して
姫の体を撃ち抜いた!
"隠れ放出スパークトラップ"に
姫は引っかかってしまった!
「ぐああああああぁっ!」
カウンター気味に電撃を浴びて、
姫はその場に倒れ伏す。
令嬢はとっさに偽物を作り出し、
姫に気づかれることなく
死角に入り込んでいたのだ!
「あの姫が負けたのか……」
争いを見ていた王子が
唖然とした様子で立ち尽くしている。
もはや王子にとって
姫は理想の女性像ではなくなっていた。
「さてこれで俺は王子様のハートを
……むっ?」
令嬢は、姫との戦いを制したことで、
新たなる力を手に入れていた。
王子からの好感度を
感じ取れるようになったのだ。
しかし令嬢は気づいてしまう。
自分の予定とは違う
王子の好感度の変化に。
姫への好感度は抹消できているが、
自分への好感度が
あまり上がっていなかったのだ。
「姫の敗北がショックなのか。
負けても強い女だな……」
姫が負けたショックで、
王子は、令嬢の活躍に
感心を向ける余裕がなかった。
王子から姫に向けられている
勝ちへの信頼は、
令嬢の想像を超えるものであった。
「さすがは婚約筆頭候補。
しばらく王子を落とすのは
やめておくぜ」
負けても完全敗北はしない姫に
令嬢は感心していた。
今現在、令嬢が得ている好感度では
婚約成功率は1割にも満たなかった。
日を改めることにした令嬢は、
王宮から立ち去るのであった。
----------
翌日。令嬢は城下町で
預言者と対峙していた。
預言者は巧みに好感度を稼いでいた。
王子の行き先を予知して、
その行き先で争いを起こすのだ。
当然、勝ち目のない勝負はしない。
勝率100%の勝負を行い、預言者は、
王子の好感度を着実に得ていく。
その白羽の矢が
令嬢に向けられたのであった。
「くくく。予言しましょう。
令嬢、あなたに勝ち目はありません」
「王子様が見ていやがるな。
じゃあ逃げるわけにはいかねえ!」
「予知能力は強キャラの特権。
貧弱な令嬢では
手も足も出ませんよ!」
預言者は拳銃を取り出し、
令嬢に向けて連射する!
一方令嬢は、拳を構えながら
銃弾に向かって突っ込んでいく!
令嬢は拳を突き出して、
前方の弾を全て弾き飛ばした!
「その未来も見えていますよ!」
追撃するように預言者は、
銃弾を令嬢に向けて発射する。
既に突き出された拳に
追加の銃弾が襲い掛かる!
「ぐぅ!」
銃弾は令嬢の拳を掠っていった。
直撃を避けるために
令嬢が動きを止めたのだ!
「やはり止まった!
これで終わりです!」
預言者がトドメを刺そうと
銃を構えた瞬間、1発の銃弾が
預言者の背中に命中した!
「う、嘘っ!?
ぎゃあああああぁっ!」
背後からの銃弾を受けて、
住宅の壁に叩きつけられる預言者。
事態が起こったのは、
預言者が未来を見た直後であった。
預言者を襲った銃弾の正体。
それは、令嬢がパンチで弾き飛ばした
銃弾の1発であった。
令嬢のパンチで加速した銃弾は、
壁で弾かれて、
預言者を背後から襲ったのだ!
「予知しながら戦闘なんて
動きが追いつくわけねえだろ!」
争いに勝利した令嬢は、
王子と目が合った。
かなりの好印象を与えたことを
令嬢は感じ取っている。
「婚約成功率40%ってとこか。
失敗で下がりそうだし、
もう少し欲しいな」
王子の令嬢に対する好感度は、
大きく上昇していた。
直接の親交がなく、遠目に見た印象で、
婚約成功率40%に至ったのだ。
姫や預言者という、
王子にとって身近な婚約者候補。
それらを倒した功績が、
令嬢をより魅力的に見せていたのだ。
「令嬢。少しよろしいですか」
「なにっ?て、てめえは王子様!
……俺に何の用だっ!
なぜ俺が令嬢だとわかった!?」
令嬢に声を掛けたのは
王子だった。
突如現れた想い人を前に
令嬢は身構える。
「姫や預言者を倒すとは、
あなたという女性はとても魅力的だ。
私は知りたい。
あなたとあの女性のどちらが魅力的なのか」
「あの女性だと?
俺に匹敵する女がいるのか!?」
「それはいずれ判るでしょう。
僕はこれで失礼します。
また、お会いしたいですね。
ふっふっふっふっふっ!」
挨拶を済ませると、
王子は消えるように去ってしまう。
街に残された令嬢は
額に汗を浮かべていた。
「なんだあの自信は……。
王子の言っていた女性ってのは、
……いったい何者だっ!?」
令嬢は空を見上げる。
快晴の空が広がっている中、
嵐のような対決が行われることを
令嬢は予感していた。
----------
令嬢一族の豪邸にて。
令嬢と令嬢大皇帝は対峙していた。
その光景を見守るのは、
豪邸に招待された王子であった。
昨日、令嬢が豪邸に帰ると、
令嬢大皇帝が待ち構えていたのだ。
試合の日程だけ告げると、
令嬢大皇帝は姿を消してしまった。
そして翌日、
令嬢は試合日を迎えたのであった。
「どーいうことだ大皇帝。
一族の財政難を救えるのは俺だけだと
確かに聞いたが?」
「危機は去りました。姫が居なくなった今、
私の婚約を脅かす者はいません。
婚約筆頭候補"姫"の脱落こそが、
一族が生き残る道なのです」
「て、てめえの婚約だとぉ~!?」
「私こそが王子との婚約No.2候補。
令嬢大皇帝である私に
ただの令嬢が勝てる訳がない!
権力、争う力、女の魅力……!
全てにおいて私は
あなたの上を行くのです!」
「上等だてめえ!
No.1も倒せない大皇帝が
令嬢様に勝てると思うなよっ!」
「行きますよ令嬢!
令嬢一族の試合会場
豪邸コロシアムへ!」
令嬢大皇帝が力を解き放つと、
豪邸は激しい揺れと共に
姿を変えていく。
2人を囲むように壁がせり上がり、
天井は塵となっていく。
揺れが収まった豪邸には、日が差していた。
令嬢と令嬢大皇帝は、
天井のない広間に閉じ込められている。
周りは高い壁に囲まれており、
壁の上では王子が戦いを見ている。
「へっ。こんなもん作るから
金が尽きちまうんだ。
……いくぜっ!」
令嬢は令嬢大皇帝の
懐に飛び込む。
そして銃弾を跳ね返したときの
必殺のパンチを放った!
しかしパンチは届かなかった。
令嬢大皇帝に当たる前に
見えない壁にぶつかったのである!
「な、なにっ!?」
「令嬢と令嬢大皇帝の間には
超えられない壁が発生します!
これぞ階級の壁、
魔壁-令嬢ランクバリア!」
「な、なんだこの壁は……!?
必殺技じゃねえ!
自然発生していやがるっ!」
令嬢と令嬢大皇帝の間に
自然発生した壁は、
2人の階級差そのものであった。
階級の差がコロシアムの熱で
具現化してしまったのだ。
相手のランクを超える攻撃でなければ
全て壁が無力化してしまう。
勝負は明らかに
令嬢大皇帝の有利で開始された!
「そんな程度の低いパンチは、
このコロシアムが認めません。
敵をぶっ飛ばすなら、
偉くなって殴ればいいのです!」
令嬢大皇帝のパンチは、
令嬢に惜しくも届かない。
……かのようであったが、違った!
拳が当たっていないが、
パンチは令嬢を吹き飛ばしたのである!
「ぐうぅっ!
ば、バカな!
なぜ俺に届く!?」
「これも令嬢と令嬢大皇帝の差。
私が殴りたければ、
階級の差だけ打撃距離は縮まる!
加えて、威力もアップするのです!」
「うっ。ぐわああああぁっ!」
令嬢の肉体に追加分のダメージが発生する。
令嬢の体はボロボロであり
あと1発のパンチすらも
受けられない状態であった。
「はぁ……はぁ……」
「まだ立ちますか令嬢。
ですが引き際も大切ですよ。
これ以上やれば、
あなたは後戻りのできない傷を負う」
「くっ。余計なお世話だ……!
てめえの余裕を消し去ってやるよ!
うおおおおおおぉっ!」
令嬢は令嬢大皇帝に向かって、
猛烈な勢いで突っ込んでいく!
そして令嬢の姿は
霧のように消え去った!
奥義"令嬢消失トリック"によって、
令嬢は姿を消したのだ!
「こ、これは! くっ……!」
姿を消した令嬢に向けて、
令嬢大皇帝は勘でパンチを放つ。
しかしパンチは当たらなかった。
姿を消した令嬢を殴ることは、
令嬢の格差をもってしても難しかった。
「ですが力量差は埋められない!
私が反撃態勢でいれば、
あなたはいずれ力尽きる!」
令嬢大皇帝は守りを固め、
令嬢の攻撃に備えた。
階級差有りの鉄壁の守りによって、
令嬢のあらゆる攻撃は
階級の壁に阻まれてしまうのだ!
「好きに守っていればいい……。
王子は俺が頂くがな!」
令嬢は姿を現した。
令嬢大皇帝から離れた位置の壁付近で、
透明化を解除したのだ!
王子のいる壁に向かって、
猛烈な勢いで駆け寄る令嬢!
その視線は王子を捉えている!
「なんですって!?
さ、させるものかぁーっ!
うおおおおおおぉっ!」
令嬢大皇帝は反撃態勢を解き、
令嬢の後を追う。
しかし令嬢に数歩近づいたところで、
激しい電撃が出現する。
「なっ!?」
「掛かったな大皇帝!
階級差が電気相手に通じるかなっ!?」
電撃は一瞬で、令嬢大皇帝を襲った!
"隠れ放出スパークトラップ"が
令嬢大皇帝の進路に隠されていたのだ!
「ぐわあああぁーーーっ!」
反撃態勢を解いた直後の
完璧な不意打ち。
令嬢と令嬢大皇帝の階級差でも、
この一撃を妨げることはできなかった。
電撃を受けた令嬢大皇帝には、
もはや戦う力は残されていない。
黒焦げになりながら、
令嬢大皇帝は地面に倒れた。
「悪いな大皇帝。
愛を利用した俺と、愛で油断したあんた。
一時の愛情だけなら俺の負けだ。
だが、争いには勝ったぜっ!」
「令嬢っ!」
争いを制した令嬢の前に、
王子が着地する。
王子は令嬢を抱きしめると、
争いの中で感じたことを述べた。
「いい戦いだった令嬢。
男として僕は、
君のことを心から尊敬している」
「王子様お前……」
令嬢は、王子の好意を感じ取っていた。
王子から伝わる婚約成功率は
既に100%に達してるのだ。
令嬢は、王子の手を力強く握った。
「王子様!てめえは俺の婿になれ!
王宮も令嬢家の一員として、
仲良くやってほしい!
婚約だ!文句ねーよな!?」
「その言葉を待っていたよ。
ああ婚約しよう……。
君のような争いに勝てる女性を
僕は待ち望んでいたんだ。
令嬢、君ほど魅力的な人は他にいない。
霧のように消える君は、
今まで会った誰よりも神秘的に見えた。
心底、心打たれたんだ……!」
こうして王子を巡る争いは、
ついに終結を迎えた。
長きに渡る争いを制したのは、
"令嬢"であった。
拮抗していた婚約者候補の
No.1とNo.2を撃破。
ほんの数日間行動しただけで、
王子の心を射止めることに成功したのだ。
王宮と令嬢一族は身内となり、
一族の財政危機の問題も
国との協力体制によって解決した。
令嬢は、令嬢一族の救世主となったのである。
令嬢は、争い続けていた。
救世主である令嬢に憧れる者たちが、
好意で争いを持ち掛けているのだ。
論争、競争、係争……。
あらゆる争いの土俵には乗らず、
令嬢は敵を撃破し続けている。
争いに勝つ度に、
王子の愛情が増加していくのだ。
日々を過ごす中で、令嬢は、
王子や人々から種類の異なる愛を
享受するのであった。