第一章 もう後はないと思ってください(6/7)
「〈フォーマルハウト〉はここにいますか」
〈瑠璃の兜亭〉に入るや否やそう問いかけた人物の姿を見て、店主ことおやっさん……もといルッツは目を丸くした。
「奥のテーブル席にいるが……あいつら何かしたんで……?」
「少々手続きの不備がありまして」
ルッツに目礼すると、彼女はカツカツと靴を鳴らして店の奥へと向かっていった。
「フォル・シグノ」
「んん?」
名前を呼ばれて振り向いたフォルは、その姿を見て咥えていた腸詰を思いっきり噴出した。不意打ちの腸詰攻撃を見事に見切って回避したその人物は冷ややかな視線をフォルに向ける。
「今のはギルドへの反抗意思とみなせばよろしいですか?」
「いやいやいや! すいません許してくださいなんでもしますから!」
丁寧に結い上げられた髪、ピンと張った背筋にシワの一切ない整った衣服。腕には羊皮紙の束を抱え、腰のポーチにはインク壺と羽ペンが入っているのをメイシスの冒険者であれば誰もが知っている。
その姿を目にすると、フォルだけでなくミアも動揺して手にしていた葉野菜の漬物を取りこぼした。
「イルゼさん!? フォル! アンタ何やったのよ!」
「何もしてねぇって!」
「その何もしていないのが問題なのです」
イルゼと呼ばれた妙齢の女性は羊皮紙の束から一枚を抜き出すとフォルに突き付けた。
「先ほどなんでもすると言いましたね? ではこの書類に必要事項を記入の上提出をお願いします。今、ここでです」
「これは……?」
「パーティーメンバー変更の申請書類です。メンバーの増減があった際には必ず提出するようにと、パーティーの登録手続きの際に教えたはずですが」
「あ……」
「あんたねぇ……」
「わざわざご足労いただき申し訳ない」
イルゼへの謝罪はフォルの代わりにシャラが。
「他国へいけばただのゴロツキと思われかねない貴方方冒険者が、人々の羨望を集め一職業として成り立っているのはギルドの厳格な管理と手厚い援助があるからだということをお忘れなきよう」
冒険者ギルド。メイシス王国で冒険者稼業をするならギルドに登録することを避けては通れない。
ギルドの発行する身分証は文字通り冒険者の身分を証明し円滑な依頼受注システムを構築すると共に、冒険者パーティーに格、つまり星によるランクを設けることで分不相応な依頼受注を防ぎ高い依頼達成率を確保する。また、ギルドによる依頼内容の精査、パーティーの格付けは適性な報酬金額の設定や安全性など冒険者自身を守ることにも繋がる。
イルゼの言う通り、ギルドの存在しない他国では冒険者の扱いなどただのゴロツキ同然だ。身分も実力もはっきりしない者に好き好んで仕事を依頼する者もいない。ギルドあっての冒険者なのだ。
そしてこのイルゼは冒険者ギルドのギルドマスター補佐。どんなに強面の巨漢だろうとも、メイシスで冒険者として生きていきたいなら絶対に彼女には逆らえない。
イルゼはテーブルに並んだ料理やエールをぐいっっと脇に避けて空間を作ると代わりにポーチから取り出したインク壺と羽ペンを並べる。
「食べてからじゃダメ……?」
「あいにく忙しい身ですので。それに今すぐに書いていただいて受け取っておかないと貴方はいつまでも提出しなさそうな気がするので」
有無を言わせぬ様子に仕方なくフォルはフォークを置いて羽ペンを手に取った。
「それと、書きながら聞いていただければよいのですが」
ふと思い出したようにイルゼは言う。
「貴方方〈フォーマルハウト〉は直近の依頼を失敗していますね。しかも、五ツ星にしては低難度かつ本来非推奨である再受注をしてもなお失敗している」
イルゼがぺラリと手元の羊皮紙を捲った。そこには数数多の冒険者パーティーの詳細な情報が記載されている。
「五ツ星として、これは由々しき事態です。五ツ星はギルドが定める最高ランクの評価です。こと依頼の範疇に収まるものであるならばその全てを解決し、名指しで依頼がくることも多くある。彼らにこなせぬ依頼はないと、彼らで無理ならば他のいかなる冒険者であっても無理だというギルドのお墨付きが五ツ星なのです。もちろん人である以上、判断ミスや体調不良などで依頼を遂行できないことはあるでしょう。ですが二度同じ依頼を失敗するというのは五ツ星に相応しくないと判断されてもやむを得ない結果です」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
慌ててミアが待ったをかける。
「二回目の時は魔族の妨害があって……ちゃんと報告もしましたよね?」
「もちろん把握しております。その報告を疑ってもおりません。貴方方が嘘を吐くような人柄でないことは把握しておりますので。ですが……」
イルゼは〈フォーマルハウト〉の面々一人一人を見やった後、
「狼牙族一体の乱入なら、十分対処した上で依頼遂行が可能なはずです。五ツ星であるならば」
反論できずに、一同が押し黙る。その沈黙にイルゼは溜息を一つ。
「……ですが、すぐに降格というわけではありません。貴方方には輝かしい経歴が多くありますし、ギルドとしても、他の五ツ星パーティーが嫌がった依頼を積極的に引き受けてくれる貴方方には感謝しています」
それは〈フォーマルハウト〉のリーダーであるフォルの性格とその得物の特性による部分が大きい。
フォルは〈フォーマハウト〉名指しできた依頼を断らない。例え報酬に比して難易度が高くても、だ。もちろん限度はあるが、頼られれば可能な限り力になるのが彼のモットーである。
また、フォルの持つ星剣ファム・アル・フートはしぶとい魔獣の駆除に絶大な効果を発揮する。他の冒険者が手を焼く魔獣であってもファム・アル・フートの使い手であるフォルならば何の問題にもならないという事態が往々にして存在するのだ。
「また、信じがたいことですが現状世間の評価として“冒険者の顔”は貴方方です。〈フォーマルハウト〉を目標として冒険者を志す者は多い。ギルドとしてもそんな大看板を降格させたくはありません」
「そんな褒められると照れちゃうなぁ……」
「手が止まっていますよ」
「はい」
フォルが書き終えた書類に目を通し、不備がないかを確認したイルゼは一つ頷く。
「――もう後はないと思ってください。次の依頼、もしそれが不甲斐ない結果に終われば、ギルドとしては〈フォーマルハウト〉を四ツ星に降格させなくてはなりません。いいですね?」
〈フォーマルハウト〉の面々が神妙に頷いたのを確認したイルゼは、テキパキと書類と筆記用具を回収してその場を後にした。
彼女はいつも忙しなく働いている。いつ休暇をとっているのか分からないほどに。彼女の尽力があればこその冒険者稼業だ。冒険者たちはイルゼに頭が上がらない。
「……どうしたもんかね」
再びフォークを手に取ったフォルは皿の上の腸詰にそれを突き立てると皿ごと手元に引き寄せる。
「どうもこうも……イルゼさんを納得させるような結果を出すしかないんじゃない?」
ポイッとミアは口の中に漬物を放り込む。
「お前それほんと好きな」
「あんただっていつもその腸詰食べてるじゃない」
二人の食べ物の好みはともかく。
「実際どうするのだ。エリクのいない状態で、今までと同じ難度の依頼をこなすのは正直難しいぞ」
〈フォーマルハウト〉の三人が腕を組んでうぅむと唸った。
「〈フォーマルハウト〉の皆さん!!」
そんな悩む一同にかけられる声があった。