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第五章 ばーか(9/9)

「適応者の血液、つまり俺の血を媒体としてなァ! いくぞエリクッ!! 喰らい尽くせッ! ファム・アル・フートオオォッ!!」


 振るわれた星剣から命の奔流が放たれた。使用者の髪の色と同じ、赤い一筋の光条。それは使用者に相対するあらゆる命を喰らう口そのもの。


 それはファム・アル・フートの能力そのものの顕現だった。傷つけ、奪う。どんな命でも平等に。


 なぜそんなおぞましい力を持った剣の適応者にフォルが選ばれたのか。その答えは神にしか分からないが、彼の仲間たちの意見は(おおむ)ね一致していた。


 フォルならばそれを間違った使い方はしない。多くを救うために切り捨てるべき命を斬るためにその剣を振るうだろう。だからそれはフォルに相応しい星剣だ。フォルにしか振るえない()()だ。


「光よ、護り給えッ!!」


 目を覆うほどの眩い光が真紅とぶつかった。激しいエネルギー同士の衝撃が周囲に突風を巻き起こし、ドームに炸裂する。フォルとエリク以外は交戦の手を止め、大地にしがみ付いた。


「舐めるなよッ! 僕は、僕自身の力で神さえ超えてみせるッ――!!」


 光が益々強さを増した。他の術を全て解除し、力の全てを光の盾に集中させる。正真正銘、エリク・ハヴェルカの全力がここに為された。


 その力は、ある時不意に彼に授けられた。人々はそれを神からの恩寵と言った。神がお前に力を授けてくれたのだと、その力をよりよく用いるために神の教えを学ぶのだと。


 エリクはそれにずっと懐疑的(かいぎてき)だった。この力は自分自身の内から発せられるものなのではないかと思いつつ、神の存在を否定するその考えを口にすることはなかった。


 だが今なら言える。この力はエリクという生物そのものから発せられる、存在の光そのものだと。祈るべきは姿も見えぬ神にではない。手を伸ばすべきは空ではなく、自分に秘めたる可能性そのもの。そしてそれは紛れもなく星を裏切った魔族の信仰だった。


 相殺。赤と白の力のせめぎ合いは双方が四散することで終わった。〈星辰具〉の真の力を開放したとしても、その刃は規格外の存在に届かないのか――


「オオオオオオオッ――!!」


 爆風も収まらぬ中、その嵐を裂いてフォルが斬り込んだ。


「ッ!?」


 さしものエリクも体勢が崩れている。新たに信仰術を使う時間も、錫杖を構える暇もない。


 そして、癒えぬ傷を与える星剣の刃が胴を貫いた。


「ごふっ……」


 鮮血が吹き出して星剣を伝う。彼女の黒い毛皮を赤く染めていく。


「アルシャ――」


 エリクが、自分と星剣の間に割り込んだ片耳の狼牙族の名を呼んだ。


「……ようやく、あの日に刺せなかった止めを刺せる」


 あの日、あの時、ほんの少し刃が深く食い込んでいればこんなことにはならなかったかもしれない。エリクが魔族の側につくことも、〈ポラリス〉が殺されることもなかったかもしれない。


 フォルはどうしても、そう思わずにはいられないのだ。自分がもう少しだけ強かったなら、と。


 狼牙族は自身の血が滴る星剣を、手甲に覆われた右手で掴む。その手甲の下には癒えぬ傷痕が隠されている。


「エリク……は、どこにも居場所がなかったアルシャたちに、居場所を、与えてくれた……。死なせは……しない……」


「……そうかよ」


 フォルが星剣を引き抜くのと同時にアルシャが崩れ落ちた。


「アルシャ! しっかりしろ! クソッ! 今直してやるッ――!!」


 魔族の身体を抱きかかえたエリクがすぐさま治療に入るが、星剣でつけられた傷は癒しの力を受け付けない。


「そいつがあの時の狼牙族なら、腕の傷を治したのはお前なんだろ。やっぱお前はすげぇよ。だけど今回は傷の深さが違う。星剣の力を解除する前にそいつの命がもたねぇよ」


「黙れ!」


 エリク自身もそれは分かっているはず。だが、それでも術を使うのをやめない。


「……どうしてその必死さを人間に向けられなかったんだ。エリク……それをほんの少しだけでも俺たちに向けてくれてりゃあ、お前をクビにすることも……」


「黙れ! 黙れ黙れ!!」


 必死の治療も虚しく、アルシャの鼓動は小さくなっていく。


 ドンドンッ


 エリクの背後から外側から壁を叩く音が響く。


「旦那ァッ!! もう限界だ! 旦那の〈光輝陣〉も解けちまった! 冒険者共が手ごわい! このままじゃ全滅する!」


 トルスムが叫ぶ。〈光輝陣〉の解けた戦況は一方的となった。対魔族、魔獣との戦闘に熟知した冒険者たちに数の不利まであっては魔族たちに勝ち目などなかったのだ。


「くぅ……!! ゴルク!!」


 ブモオオオオオッ!!


 エリクの指示によってシャラと交戦していた牛頭族が出鱈目に大剣を振り回しながら彼の下へと駆け寄った。その単純な質量の暴風にフォルも下がらざるをえない。


「城を放棄して、樹海に撤退する――ッ!!」


「野郎共ォオオッ!! 樹海に逃げろおお――ッ!!」


 エリクの言葉を聞き届けたトルスムが空から大音声で仲間たちに呼びかけた。


「無駄ですよ。エリク君。この天球儀からは僕の意思なしでは出ることは出来ない。いかなる攻撃も、この護りを打ち砕くことはできません」


 この天球儀は護りに特化した〈星辰具〉。それをハウラは檻として用いた。鉄壁の護りは何人をも逃さぬ牢獄となる。


「黙れ星術師。こんなもの……」


 浅い呼吸を繰り返すアルシャを背負ったエリクは、壁へと近づき錫杖を振り上げた。


()()()()()()()()()、我が前に立ち塞がる障害を打ち払わんッ!!」


 カァン!!


 錫杖で打たれた壁が波打った。波は壁を歪ませ、(ひび)を生み、そして――


 砕けた。


「馬鹿な……」


 驚愕に目を見開くハウラを後目(しりめ)に、エリクは魔族と共に樹海へと歩み去っていく。


 フォルがエリクとの戦闘に専念できるようにそれぞれ単独で交戦していたミアとシャラはもう満身創痍(まんしんそうい)。ハウラも天球儀の再展開には時間が必要だ。だから誰もその背中を終えなかった。なによりエリクから発せられる威圧感に身動きがとれなかった。


 ただ一人を除いて。


「エリクッ!!」


 神と、星と、人間を裏切った青年は最後に一度だけ振り向いた。


「必ず、お前が殺した命を償わせるぞ! 〈フォーマルハウト〉が! 俺が! 星にかけて誓うッ!!」


 それは人間にとって、最大級の決意を示す誓い。


 それに青年は沈黙で答えた。もはや語るべき言葉はないと。


 もう二人が同じ夜空を見上げることは、二度とない。


 魔族が撤退したことで人間たちからは歓声が上がった。もう戦いは終わったのだ。この人間の領地、アザミル城塞跡地を取り返せれば樹海の中まで深追いする必要もない。


 多くの兵の命が失われた。三百の兵はもはや半数しか残っていない。冒険者が駆けつけていなければ全滅もあり得た。そしてどうやらその冒険者たちはあの〈フォーマルハウト〉によって召集されたらしい。さらに裏切者を追い詰め撤退させたのも彼らだと。


「「〈フォーマルハウト〉万歳ッ!!」」


 フォルたちを称える声が周囲から響き渡っていた。誰もが彼らの戦いを賞賛した。


 だが、そのリーダーたるフォルは、


「……うぇ」


 大地に膝をつき、えずいた。


「フォルさん!? どこか怪我を!?」


 慌てて駆け寄ったナナカがその背を擦る。他の仲間たちも不安げに駆け寄ってその身を案じた。


 自分でつけた腕の傷は浅かったのもあってナナカの〈星命〉によってすでに塞がっている。見たところ他に外傷もないが……


「ああ……くそ……かっこわりぃなぁ……」


 地に突き立てた星剣を持つその手が、震えていた。


「とっくに覚悟は決めたつもりだった……。でも、俺、人に向かってファム・アル・フートの力を使ったことなくてさ……。人間を、殺そうとしたこと、なくってさ……だから……だから……」


 誰よりも人との関わりを大切にしている彼だからこそ。人間を裏切ったエリクを許せなかった。


 それでも、かつて共に戦った仲間に必殺の剣を向けることは、躊躇(ためら)われた。


 人間を愛するが故の、苦悩。苦痛。理性で納得はできても、心が大きな傷を負った。


「……かっこ悪くなんか、ないですよ」


 ナナカが優しく微笑みかける。


「そうよ。あんたは、それでいい」


 ミアが俯くリーダーの頭を抱いた。


「某らは人を殺そうとして苦しむお前がリーダーのパーティーにいることを、誇りに思おう」


 シャラが口元に笑みを浮かべて静かに頷いた。


 周りがどんどん騒がしくなる。馴染みの顔がどんどん人が集まってくる。〈フォーマルハウト〉の周りはいつも騒がしい。


 これがフォルが築き上げたもの。繋がり。皆が彼を慕い、力を貸してくれる。


 それが〈フォーマルハウト〉の最大の力だ。

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