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第五章 ばーか(8/9)

「我が星に乞う。星杖天球儀の力を顕現させよ」


 低く、染み入るような声色。このドーム状のバリアを張った張本人である眼鏡をかけた青年は押されているフォルを見て、クイッとその眼鏡を上げた。


「まったく。急なんですよ。いつもいつも貴方は。前もって言ってくれれば、もっと余裕を持って来れたものの……」


 亜然とするエリクの隙をついてフォルは鍔迫り合いから脱した。


「わりぃわりぃ。でも、来てくれると思ってたぜ」


 笑うフォルに眼鏡の青年はやれやれと首を横に振った。


 その声、顔。他人に興味がないエリクでも彼が誰なのか知っている。


「〈リゲル〉の……星術師……!!」


 現五ツ星冒険者パーティー、〈リゲル〉。その星術師である眼鏡の青年、ハウラ・マウラス。間違いなく、現在に生きる星術師の中でも五指に入る一流の冒険者である。


「僕だけではありません。フォル、貴方が出した依頼を見て〈瑠璃の兜亭〉常連の冒険者がほぼ全員この場に早馬を飛ばしてきました。まったく、皆物好きですよ。なんですかあの依頼は。自分たちの尻拭いを手伝って欲しい。報酬は要相談。皆暇だったんですかね」


 その依頼こそ、フォルのかけた保険。メイシス王城にてイルゼに頼んだ奥の手。


 魔族との命をかけた抗争に彼らは駆けつけてくれた。それに見合った報酬が貰えるとも限らないのに。物好き。まさしくその通り。だが損得勘定ではないのだ。


 共に酒を酌み交わした仲間の頼みだからこそ彼らはここに来た。〈フォーマルハウト〉が助けを求めたから彼らは来たのだ。他の誰でもない、フォルたちの頼みだからこそ。


「ちなみに、僕は貴方方にいただいたこの天球儀の借りを返しに来ただけですから」


 ハウラの手にする杖の先には半透明な丸い水晶が浮かび、ゆっくりと回転していた。この杖こそフォルが自分たちには不要だからとハウラに譲渡(じょうと)した〈星辰具〉。ドーム状の壁こそがその力。そしてその能力を用いることができているということはハウラに適応したようだ。


「ですが、僕が手伝うのはここまでです。これは貴方方が()いた種。手伝いはしましたが、最後は貴方方が始末をつけるべき問題です。そうでしょう?」


「もちろんだ」


 そしてまたフォルはエリクに向き直った。


「ナナカ。フォルの援護に行ってやってくれ。こいつ一体だけなら某一人で大丈夫だ」


「あたしも一対一なら大丈夫! だからあの馬鹿のこと、頼んだわよ!」


 二人に後押しされ、〈フォーマルハウト〉の新たなメンバーが前に出る。


「行くぞナナカ! こいつにもう人間を殺させないために、俺がエリクを倒す!」


「はい! 道を違えし者に正しき道を教え、罪を罰するのも神に仕える者の定め。女神アリエの名において! 彼の者に力を与え給え!」


 フォルの身体がナナカの〈光輝〉によって淡い光を放つ。〈フォーマルハウト〉が五ツ星であった頃のフォル・シグノ、その全力が再現される。


「何が……何が神だ! そんなものの教えが何の役に立った!? 最初から僕は僕自身の力しか信じていなかった! だから、自分の力で掴み取って見せるッ!!」


 エリクの纏う光がさらに強くなる。〈光輝〉の出力を上げたのだ。


「星にかけて! エリク! お前は俺が倒すッ!!」


 そして始まった戦いは、五ツ星冒険者であるハウラでして目を見張るものだった。


 ファム・アル・フートは片手で振るうのには適さない規格の両手剣だ。長く重いそれは一撃ないし二撃で相手を仕留めることに特化した武器である。リーチも威力もあるが、小回りが利かず、切り返せない。リーチがあるというのは懐に入られれば不利ということにも繋がる。それをフォルは〈光輝〉によって得た膂力で強引に片手で振るった。そのうえ時に持ち手を切り替えて攻めの方向性を絞らせない。もちろん両手剣の重さはそのままであるため、片手でも一撃一撃は重い。


 正統派剣術の型とは程遠い、あまりにも自由奔放な剣技。しかしそれは確かに術であり技であった。体捌(たいさば)き、重心移動、呼吸、見るものが見ればその端々に武芸のそれを見つけることができるだろう。


 この我流の剣術は、もともとフォルが習得していた剣術を冒険者稼業の中で〈光輝〉による身体能力を加味してフォル自身が改良していったものなのだ。


 自分一人では完成しない。誰かの援護あって初めて完成する剣術。


〈光輝〉がかかった状態であればフォルを越える剣士はこのメイシス王国にいないだろう。


 一太刀一太刀ごとにその剣の軌跡が〈光輝〉の光の筋を残した。中空に描かれる幾つもの光のライン。まさしく流星雨の如く。


 一方でそれを捌くエリクもまた凄まじかった。技術も何もあったものではない。ただ『目』で見て、直感で流星の軌跡に錫杖を割り込ませる。あるいは光の盾を展開し攻撃を凌いだ隙に錫杖の打撃を叩きこむ。いくつもの信仰術の重複発動。脳の認識領域さえも〈光輝〉で強化されている。


 フォルが現メイシス一の剣士であるならば、エリクは有史以来もっとも優れた神官なのだろう。この術を信仰術と呼べるなら、だが。


「初めて必要とされたんだ! 彼らだけが僕を認めてくれたんだ! だから僕はッ! 彼らの側につくッ!! 神も! 星も! 全部捨ててやるッ!!」


 何度目かの打ち合いの末、再び距離が離れた。


「……そこまでお前を追い詰めたのが俺たちなら、本当にすまなかった」


「黙れッェ! 謝るぐらいなら、最初からどうして!!」


「謝るさ。お前が道を違えなければ死ななかった命がある。お前じゃねぇ。俺はそいつらに謝ったんだ。勝手に絶望したテメェにこれっぽっちも同情なんかしてやるかよ」


「どこまでも……どこまでもお前は……! フォルッ!!」


「誰も認めようとしなかったのに自分は認められなかったとダダこねて、自分勝手な都合で人間裏切って、そして殺した。神も星も捨てたお前はもう人間じゃねぇ。魔族だ。そして魔族は、殺さなきゃなんねぇ!」


 星剣を一振り。そしてフォルはその刃を自身の腕に当てた。


「ナナカ。〈光輝〉を解いてくれ。代わりに〈星命〉を。アレを使う」


 〈星命(せいめい)〉。信仰術の中でもっとも知られた癒しの術だ。


「フォルさん……どうか無茶はしないように……」


 不安げなナナカ。癒しの術の詠唱に入るが、フォルに目立った外傷はない。


「なぁエリク。俺の〈星辰具〉、星剣ファム・アル・フートは斬りつけた対象の命を喰らう。お前は……まぁミアもだけど……それを地味な能力だと馬鹿にしてたよな?」


 物によっては一国を滅ぼすこともあるという星の力を秘めた神器。それが〈星辰具〉。その力が傷を悪化させ、癒せないようにするだけなのはいささか地味だと言わざるをえない。例えば今ハウラの発動させている天球儀は本気を出せばもっと大きなバリアを展開することもできるであろうし、それと比べてもやはり見劣りする。


「それでも、お前がいた頃は十分な能力だった。だけどお前がいなくなって、力不足を感じた俺はファム・アル・フートに隠された力があるんじゃないかと探った。そして見つけたんだ」


 フォルがぐっと刃に力を込めた。


「この星剣は生命力を喰らう。その喰った生命力を解き放つ!!」


 フォルが星剣を斬り払い、自身の腕を斬った。宙に舞う血飛沫。その鮮やかな紅が、意思持つように刃に吸い込まれていく。黒い刀身にところどころ穿たれた光点が眩いばかりの光を放ち始めた。まるで闇夜に浮かぶ星のように。


「適応者の血液、つまり俺の血を媒体としてなァ! いくぞエリクッ!! 喰らい尽くせッ! ファム・アル・フートオオォッ!!」

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