第五章 ばーか(5/9)
「なんだアレは!?」
城塞を攻撃していた星術が弾かれた。人間たちの眼前に広がるは城の前方をすっぽり覆うほどの光の帯。
「直接出てきやがったか……エリク……ッ!!」
光の帯が霧散すると、門扉が中から開いた。そこから現れるは武装した人外の者たち。しかしてその先頭を往く者は神の加護厚き人間。旅装束のよれたローブを身に纏い、手に錫杖を携えたその姿はまさしく迷える者たちの先導者。
その隣にいた狼牙族が胸が膨れるほど大きく息を吸い込んだ。
アオオ――――ンッ
戦場に響いた遠吠え。それの意味するものを人間たちはすぐに思い知った。
「おい、見ろ!」
兵士の一人が樹海の方を指さして叫んだ。他の者がその指の先を追うと、樹海の中から一匹の獣がこちらに向けて進み出たところだった。
「人猟犬……?」
普通の狼より一回り大柄な三つ目の魔獣。樹海に生息している魔獣でありなんら珍しいものではない、が……
「おいおい……どんどん増えるぞ……」
一匹の後ろからもう一匹、その隣から一匹、さらにその隣から……樹海の中から大量の人猟犬が姿を現した。元々が群れを作る魔獣とはいえ、この数は偶然というにはあまりに多すぎる。あらかじめ呼び集めておいて樹海の中に身を隠させていたのだろう。
「おっさん。森の中を進んでたら今頃俺たちはあいつらの腹の中だったな」
フォルがアルフレードに苦笑を投げかけると、歴戦の将軍はフンッと鼻を鳴らした。フォルの言う通り、少数の部隊であの数の魔獣を相手にしていれば全滅は免れない。
だがそれは少数の部隊だったらの話だ。
「うろたえるなァッ!! 魔獣の数はせいぜい五十だ! 魔族と合わせてもまだ我らには三倍の差がある! 正面から戦って負けるはずがないッ!!」
一瞬動揺した兵たちだったが将軍の檄によってすぐさま士気を取り戻した。そもそも数に違いがありすぎる。多少数が増えようが敵が籠城戦を捨てたのは寧ろこちらに有利。
「怯むなぁ!! 城から出たことを後悔させてやれ! 突撃ィッ!!」
雄たけびを上げて迫りくる人間の兵士たちに対して、魔族の先導者はその錫杖を大きく振り上げた。
「――彼の軍勢に力を与え給え!」
カァン!
錫杖が地を打つ音と同時に広がった光の輪。それに触れた魔族、魔獣にあの淡い輝きが宿る。
「僕たちの居場所を勝ちとるんだッ!!」
エリクがこれほどのまでの大声で叫ぶのをフォルたちは初めて耳にした。それは驚愕に値するが、今はそれ以上に驚くべき事象がある。
「この数全員に〈光輝〉だと!? ふざけてんのかッ!?」
兵たちと共に進軍していた〈フォーマルハウト〉も敵軍と接敵する。人猟犬の素早い一撃を回避しつつ、フォルも反撃。回避されるが前足に浅い傷がつく。
「我が星に乞うッ!」
傷口が広がり、怯んだ一体の首を側面から急接近したミアの短剣が掻き切る。
「強いけどまだマシ……これって……」
「おそらく〈光輝陣〉です! 〈光輝〉より出力は落ちますが複数にかけることができる信仰術です! それでもこの数は規格外ですが!!」
油断なく〈フォーマルハウト〉のメンバーに〈光輝〉を回しているナナカ。本来なら彼女のように〈光輝〉は単体への術。複数を強化するのは〈光輝陣〉なのだ。流石のエリクもこの数全てを強化するために術のレベルを下げたということか。
それでも――
「うああああ!?」
兵士の一人が人猟犬に覆いかぶさられ喉を食い千切られる。ここに集まっている兵士は精鋭ではない。メイシス王国基準ではいたって普通の練度の兵たちだ。ちゃんと訓練されてはいるがそれでも戦闘経験が豊富なベテラン揃いではなく、これが初めての実戦だという者もいる。
例えフォルたちにとっては十分なんとかなる相手だとしても、兵士たちには〈光輝陣〉によって強化された魔獣は大きな脅威だった。なにより術で強化されているのは人猟犬だけではない。
グオオオオオッ!!
巨大な鉄塊が一薙ぎで複数の兵士を吹き飛ばす。強化された大柄な魔族には近づくことさえままならない。人猟犬が突っ込んできたせいで陣形は崩れ、両陣営が入り乱れる戦場では星術も誤射の危険があり、まとも撃てない状態だった。
「これは……まずいんじゃないか!?」
フォルがアルフレードに判断を仰ごうと振り向いた刹那、その横を軍馬に跨った将軍が駆け抜ける。
「ぬぅん!」
騎乗用の突撃槍の一撃が一体の魔族の胸を貫く。突き刺さった魔族の遺体を歳に見合わぬ力で振り払った歴戦の将軍がその突撃槍を敵陣の中心へ向けて叫んだ。
「自分たちの尻拭いは自分たちでするのだろう!? 冒険者共! 進めッ! 敵の親玉を討てッ!! それまでは持ちこたえてみせる!!」
「――サンキューおっさん! 〈フォーマルハウト〉行くぞォッ!」
「アルフレード将軍と呼べェッ!!」
アルフレードの援護を受け、〈フォーマルハウト〉が敵陣のただ中へと突撃していく。フォルたちの身のこなしであれば抜けることは容易かった。
そして辿りつく。相交える。
「エリクッ!!」
城塞前、周囲でどちらの陣営のものかも分からぬ断末魔が鳴り響く中、かつての仲間たちは視線を交錯させた。
「フォル、ミア、シャラ……」
エリクは順に〈フォーマルハウト〉のメンバーに視線を送った。そして初めて見る顔の神官に気付き、目を細める。
「そいつが僕の代わりか」
「代わりじゃねぇよ。新しいメンバーのナナカだ。てめぇの代用じゃねぇ」
険のある物言いにエリクが顔を顰める。
「……聞いたぞ。四ツ星に降格したんだって?」
一転、裏切者は笑った。
「これでどれだけ僕が君たちを支えていたのか分かったんじゃないか? 僕がいなきゃ君たちは五ツ星になれなかった!」
「エリク、あんた……ッ!」
ミアが前に出ようとするがそれをフォルが押さえる。
「それなのに君たちは僕を役立たずだとクビにして……! 当然の結果だ!」
「……そうだな」
否定せず、その言葉を肯定したフォル。
「俺たちはお前がどれだけパーティーに貢献しているか気付いていなかった。知ろうともしなかった」
「いまさら……っ!!」
「だけど、お前をクビにしたことを間違いだったなんて思ってねぇよ」




