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第五章 ばーか(3/9)

 翌日。抜けるような青空の下、後にアザミル城塞奪還戦と呼ばれる戦が始まった。


「星術師団、詠唱開始……放てェッ!!」


 アザミル城塞跡地付近に緩やかな曲線を描くように布陣したメイシス国軍兵およそ三百。最初から半壊状態の城塞とそこに潜む魔族五十を相手にするのにそれが多いか少ないかは以後の展開次第といったところか。


 開戦の狼煙(のろし)となったのは星術師たちの放った星術だった。連続して爆発音が響き、即席の補修を吹き飛ばす。術者の視界内、射線が通る場所に爆発を起こす星術である。


 城に立ち込める黒煙、それを切り裂き空に三つの影が放たれた。


「有翼族飛翔を確認! 星術師を護れ!」


 小盾と片手剣で武装した兵たちが黒いマントの集団を護衛する。魔族たちにとってもっとも脅威となるのは強力な遠隔攻撃を行える星術師だ。遠巻きに星術を撃たれ続ければいずれ城が崩壊してしまう。


「彼の者に力を与え給え」


 その聖句は本来あるべき人間たちの集団からではなく、城の内部から。空に舞い上がった有翼族たちの身体が淡い光を放ち始める。それは神が授けたもうた退魔の光に似て非なる色合いだった。


「消えた!?」


 兵たちが有翼族の姿を見失った。どこにいったのかを彼らが把握するよりも早く、


「ぎゃあッ!」


 人間陣営から悲鳴が上がる。突如として集団の中に現れた魔族の槍が星術師の肩を貫いていた。


 すぐさま護衛の兵が剣を振り上げるが、今度はその背に翼が生えた。


「へ?」


 兵が素っ頓狂な声を上げたのも無理はない。彼の身体は一瞬にして他の兵たちの頭上、遥か高空へと舞い上がっていた。


「まずは星術師だ。えーと次はどこだい?」


 そんなことを隻眼の有翼族、トルスムは呟きつつ、まるで興味を無くしたオモチャを捨てるかのように人間の兵士を投げ捨てた。兵士の絶叫が大地へ吸い込まれていくのを意にも介さず、猛禽の鋭い眼光が次なる得物を補足する。


「せっかく直した城をこれ以上壊されてたまるかってんだ」


 星術師を全員始末すれば城を破壊するという手段はとれなくなる。城内部、狭い場所での戦闘に持ち込めれば数の不利は覆せよう。


「エリクの旦那に強化してもらってる今なら、俺ら有翼族のスピードについてこれるやつなんていねぇ!!」


 得物に向かって急降下。脚で槍を携えるその姿はまさしく意思持つ矢。落下の勢いを味方につけた目で追うことさえ困難な超加速。


「女神アリエの名に於いて! 彼の者に力を与え給え!」


 今度の聖句はあるべき人間の陣地から。


 星術師目がけて放たれた矢は突如射線上に割り込んだ小さな影に翼を捻って激突を阻止、だが、その影の持つ短剣に胸をなぞられ紅い線を引く。浅い傷だが、軽量化のために上半身に鎧をつけていないのが仇となった。


(俺のスピードを見切られた!?)


 トルスムは体勢を整えつつも荒野に砂煙を巻き上げながら着陸した。胸の傷がジクジクと痛みだす。反応が遅れていれば心臓を貫かれていた。


「やっぱ〈光輝〉がかかってる状態だと動きやすいわね」


 小さな影、短剣を両手に持った小さな人間はそう呟くと、


「ッ!?」


 トルスムの隻眼はその動きを捉えていた。咄嗟に羽ばたいて後方に下がりつつ槍を構えるが、


「ぐおおおおッ!?」


 その人間は縦横無尽に動き回り、短剣の刃をトルスムに突きこんでいく。トルスムに〈光輝〉がかかっていなければ、反射神経を強化されていなければ一瞬で血袋になっているところだ。一瞬でいくつもの浅い傷がトルスムの身体中に刻まれていき、羽毛がばら撒かれる。


(なんだぁこいつ!?動きは見えるのに……こっちの対応より一歩先をいきやがるッ!?)


 強化されたトルスムの隻眼(せきがん)は確かにその人間の動きを追っている。だが槍を動かした瞬間にその軌道にはすでにその人間がいないのだ。 


「くぅ!!」


 一瞬の隙をつき、(たま)らずトルスムが空に舞い上がる。空に上がってしまえば短剣は届かない。


 だが――


「ぐふッ……!」


 トルスムの羽毛に一本の小さな矢が突き刺さる。殺傷力に乏しい小型の短弓用の矢なので致命傷には至らない。憎々し気に(くちばし)で矢を引き抜き、隻眼の有翼族は眼下を睨んだ。


「ちっ、飛ばれたんじゃもうどうしようもないわね」


 新緑の髪を後ろで一纏めにした小柄な人間の女が短弓を構えつつ舌打ちをした。不意打ち以外で短弓を使ったとて空にいるトルスムには当たるまいと判断したのか追撃はしてこない。


 その女は有翼族と同じく淡い光を纏っていた。


(小さくて緑髪の女……こいつがエリクの旦那の元仲間……)


 事前に注意すべき対象として聞かされていた特徴と合致する。


(なるほど、確かにこいつはやべぇや)


 眼下の女はトルスムに向けてべ、と舌を出した。


「自分の強化された肉体に頭がついていけないの丸わかりなのよ。こちとら何年もの間、あり得ないほどの強化を受けてるのが常だったの。援護されてきた経験が違う」


 女はそう言ってない胸を張るが、果たして威張るようなことなのだろうか。


「ナナカ! ミアが済んだらこっち頼む!」


「はい!」


 そんなやりとりが聞こえてきたかと思うと、女の身体から光が消えた。


「……やば」


 反転、女はそそくさと逃げ出すと兵たちの中に姿を消した。


 仲間の有翼族の断末魔が聴こえたのはその直後だった。

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