第四章 俺達の為すべき事(6/6)
「――まさか、エリクが裏切ったなんて」
城の中をとぼとぼと出口に向けて歩きつつ、ミアがぽつりと溢す。
再び五ツ星に戻れるチャンスが早々にやってきたと言うのに、フォルたちの表情は暗かった。
「以前からそういう人だったんですか……? 魔族に慈悲を与えるような人だったとか……」
エリクと会ったことのないナナカの問いかけにしばし当時の〈フォーマルハウト〉のメンバーは黙した。五ツ星まで共に来た仲間だというのに、自分たちはあまりにもエリクのことを知らなさすぎる。
「少なくとも、やつ自身が魔族に止めを刺したところを某は見たことはない。やつは神官だからな。そういうものだろうと疑うこともなかったが……」
それ以外は魔族に加担するような、あるいは庇ったりするようなことはなかったように思う。
「ねぇフォル。本当にこの依頼受けるの……?」
先ほどから黙ったままのフォルにミアが不安げに声をかけた。
「エリクのことは嫌い。でも、一緒に戦ってきた仲間だった。だからあたし、殺せるか自信ない。あんただってそうでしょ? シャラだって……」
人間を殺したことがないのはフォルだけでなく、ミアも、シャラもそうだ。そして初めて手を汚す相手がよりにもよってかつての仲間など、あまりにも残酷だ。
「フォル。あんた人なんて殺せないでしょ? だから、王様と話してこの依頼は破棄しましょう? 信頼は失うかもしれないけど、できない依頼を受けるよりかは……」
いつになくしおらしいミアの頭に、フォルの手がポンと置かれた。
人の血で汚れていない手。されど、いくつもの剣ダコができては潰れて硬くなった手の平。
「――いや、王様も言ってただろ。身から出た錆ってな。俺たちがエリクをクビにしたからあいつは人間を裏切ることに決めたんだろう。正直、ふざんけんなって感じだけどさ。やっぱ、俺たちが片を付けねぇと駄目な気がするんだ」
そしてフォルはナナカへと振り向く。
「すまんナナカ。嫌なもんを見せちまうかもしれない。この依頼、お前は来なくていいぞ」
「……んもう。何言ってるんですか。私だって〈フォーマルハウト〉のメンバーなんですよ? 皆さんが行くところに私も行きます。〈フォーマルハウト〉がやるべきことなら、それは私にとってもやるべきことなんです。そうでしょ?」
ナナカが怒るのも当たり前だ。彼女だって〈フォーマルハウト〉の一員なのだ。仲間に入ったのが早いか遅いかというだけ。来なくていいだなんて、あまりにも他人行儀が過ぎる。
だからフォルはもう一度すまん、と謝った。
「皆さん。実は、まだお伝えしていないことが……」
立ち止まったイルゼが、ゆっくりと口を開いた。
「ギルドに届いた星文は、最後にこう付け加えられていました。……助けて、〈フォーマルハウト〉」
「!!」
いくら〈フォーマルハウト〉が有名なパーティーとはいえ、窮地に名前を呼ぶとなると人物は限られる。
「イルゼさん、もしかして、全滅した冒険者パーティーって、〈瑠璃の兜亭〉の常連なのか……?」
フォルの問いにイルゼがコクリと頷いた。
「今回ギルドに星文を送ってきた星術師の名は、エリィ・ユースティー。三ツ星パーティー〈ポラリス〉のメンバーです」
あの酒に弱い星術師の少女の顔が脳裏に過る。長身の美人の神官、温和で大柄な剣士、そしてフォルに憧れる少年の笑顔も。
ともに酒を酌み交わした回数はそこまで多くない。だが、自分を慕い、憧れてくれるアレンはありていに言ってしまえば可愛い後輩だった。まだまだ駆け出しだったが、実力は申し分ない。経験が身に着けば、いずれ肩を並べられるだろうとも思っていた。
彼らに追いつかれないように、かっこいい先輩であるために邁進しなければとも思っていた。
「……エリクが、〈ポラリス〉の皆を殺したっていうのか」
「エリク・ハヴェルカが直接手を下したのかは分かりませんが、彼が行動を共にしている魔族にやられたのは事実でしょう」
イルゼは努めて冷静に答えたが、内心、驚きを隠せなかった。
――こんなフォルの表情をイルゼは初めて見る。
「フォル」
シャラに名を呼ばれたフォルはゆっくりと頷いた。
「大丈夫、大丈夫だ」
それは自分に言い聞かすように。いつも肌身離さず背中から下げている星剣が普段よりも重く感じる。
「……星にかけて。エリクは俺が斬る。ファム・アル・フートの力を使って確実に息の根を止める。これ以上あいつが人間を殺さないように。それがあいつに人間を見限らせてしまった俺の、俺たちの為すべきことだ」
不癒の剣、星剣ファム・アル・フート。その力を使う以上、万が一はありえない。だからこそ、決別にこれ以上に相応しい武器もない。
「イルゼさん。さっきは庇ってくれてありがとうございます」
フォルが深々と頭を下げ、他のメンバーもそれ続くとイルゼは珍しく居心地が悪そうに身じろぎした。
「事実を述べたまでです。それに、貴方方のような冒険者を失うことはギルドにとって大きな損失になりますので」
そっけない言い回しは彼女にしてはずいぶんと下手な照れ隠し。
「……そうだイルゼさん。依頼に出発する前に、少し頼みがあるんですが」
「なんでしょう?」
そこでフォルは一つの保険をかけた。エリクの実力を知っているからこそ、この依頼が一筋縄ではいかないことは容易に想像がつく。だからこそフォルも自身の用いうる全力を投ずる必要があった。
〈フォーマルハウト〉が真に生まれ変わるため、過去と向き合い、それを清算するための戦いが始まろうとしていた。




