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第四章 俺達の為すべき事(5/6)

 メイシス王国王都。その中心にそびえ立つ威容、王の住居たる王城。美麗さ以上に堀や城壁など防衛拠点としての機能に重点を置かれて建設されたその城は、その実未だ一度たりともその性能を発揮したことはない。


 魔族の住まう領域に隣接するメイシス王国は有史以来人間と魔族との争いの最前線だ。そのため、いくつもの砦が築かれ王都までに何重もの防衛線が引かれている。それらを突破し王都まで魔族に攻め込まれたとすればもはや趨勢(すうせい)は決していると言っていいだろう。


 そしてそうなれば人間勢力にとって致命的な痛手となりうる。事実上、魔族と全面戦争を繰り返している人間国家はメイシス王国だけであり、メイシス王国は人間の領域を魔族から守護する防人(さきもり)なのである。防人を失えば他の諸国に魔族を退ける力はない。逆を言えばそのおかげでメイシス王国は人間国家同士の争いとは無縁である。魔族から守ってくれる盾を自ら攻め落とそうという国家などいないのだ。


 その難攻不落の城塞をギルドマスター補佐の先導のもと〈フォーマルハウト〉が行く。目的地は玉座、謁見の間。


 大扉を警護の兵が左右から開けると真紅の絨毯が目の前に広がった。行きつく先が“冒険者の国”のトップに君臨する若き国王だ。


 貴き血を示す金の髪、そしてその上に鎮座する王冠は髪の色に紛れないように鮮やかな宝石で飾られている。王以外の者が身につければその派手さに着用者自身の存在が薄れてしまうだろう。この王冠を身に着けてなおその存在を誇示できるような者こそが王に相応しい。


 眠たげに頬杖をついたその容姿は息を呑むほどに美しかった。その容姿から浮いた話には事欠かない美男だが、すでに一児の父である。彼の座る玉座の隣にはもう一つ玉座があるが、そこは今は空白だ。基本的に王妃は後宮から出て来ず、子育てに励んでいるという。


 兵に(うなが)されるまま、謁見の間の中ほどまで進んだ一同はイルゼに倣って(うやうや)しく(ひざまづ)き頭を下げた。


 案内した兵士の他に左右には多くの兵が整然と並んでいる。その誰もが甲冑を着こみ槍を携えた完全装備。玉座の両脇には星術師と思われる黒色のマントを羽織った者も二人いる。圧迫感さえ感じるその厳重な警備にフォルたちは意図せず身体が強張るのを感じた。


「……なんか、空気重くない?」


「私語は慎みなさい」


 イルゼに(たしな)められてフォルはしぶしぶ口を閉じた。どうにもこういう雰囲気は得意ではない。


「――さて、〈フォーマルハウト〉の諸君。よくきてくれた」


 どこか弛緩(しかん)した、なのに不思議とよく通る声。頬杖をついたままレマイト三世が語り掛ける。


「噂はかねがね聞いている。もっとも、最近は四ツ星に降格したそうだが」


 それを知っていて、他の五ツ星パーティーではなく〈フォーマルハウト〉を指名した。


「降格したのを知っていてどうして名指しで依頼を? という顔をしているね。分かりやすい」


 図星を突かれたフォルたちの動揺が手にとるように分かるのか、レマイト三世は喉の奥を鳴らして笑った。その眠たげな双眸からは(うかが)い知れないが、彼の王の政治的手腕はその若さに似合わず狡猾(こうかつ)で老練という。人の嘘や動揺を見抜くなど朝飯前、言葉巧みに自身の思うまま人を操る。それをして彼を魔性と呼ぶ者も少なからずいるぐらいだ。


「君たちにしか頼めない依頼なんだよ。心当たりはないかい?」


 王の問いかけにフォルたちは顔を見合わせるが、当然そんなものに心当たりなどなく。


「申訳ありません……なんのことやら……」


 代表して答えたフォルに国王はそうかそうかと返した。


「では今回の依頼、その経緯を余から説明しよう」


 レマイト三世の碧眼(へきがん)がスッと細められた。


「先日、冒険者ギルドに星文が届いた。野盗退治に向かっていた冒険者パーティーからね」


 星文(ほしぶみ)。星術師の用いる遠距離通信手段だ。自身の声を星に託し、受信者が星を仰いだ際に耳に届ける。その性質上、受信者が意図的に夜に星を見上げる必要があるが、冒険者ギルドには受信者たる星術師が常駐しており毎夜星文を受信している。


「かなり切羽詰まっていたようでね。断片的な情報しか伝わってこなかったらしいが、内容はこうだ。アザミル城塞跡地にて複数の魔族を確認。至急討伐隊を組織せよ」


 それを聴いたフォルはまずミアを、次にシャラ、ナナカと順に見た。その全員が首を横に振ったので最後にイルゼに視線を送る。


「南西の荒野に存在する廃墟です。近隣に村や町はなく、フォグミット樹海の縁に位置します」


「あー……」


 フォグミット樹海と言われてようやくフォルも位置を把握した。メイシス王国の領土内ではあるが、人里離れた辺境である。


 フォグミット樹海はいわば人間の領域と魔族の領域を隔てる国境であり天然の防壁だ。深く入り組んだ樹木の迷宮は大軍での踏破を許さない。かといって少数で強行突破すれば抜けた先の広い荒野で敵軍に囲まれる。そんなどちらの陣営も超えることのできない境界線。故にどちらも無関心な場所、だったはずだ。


「その星文以後、冒険者からの連絡は途絶えた。パーティーそのものが帰還しておらず、状況から鑑みて全滅したものと思われる。そこで我々は偵察部隊を派遣し、その星文の真偽を確かめた。結果、情報は正しく、アザミル城塞跡地には五十を超える数の魔族が潜んでいることが分かった。しかしここで一つの疑問が浮かび上がる」


 レマイト三世の雰囲気が変わった。


「確かにアザミル城塞跡地は魔族が身を隠すのに最適な場所だ。だが、ここ数十年魔族の侵攻を許していなかったフォグミット樹海を抜けた先にある城塞跡地の場所をなぜ魔族が知っている?我々人間でさえそんな場所があることを忘れかけていたというのに」


(……おい、なんだこの雰囲気)


 王の言い回し、そしてこの張りつめた空気。良くない気配を敏感に感じ取ったフォルの頬を冷や汗が伝った。


「先に少数で偵察を行ってから潜伏場所に目ぼしをつけた。そして樹海を越えて本隊を送り込んだ。そう考えるのが自然だろう。だが、こうも考えられないか? 人間の領域に詳しい誰かが情報を伝えたのだと。ハハッ、少しこじつけが過ぎるかな?」


 王は茶化すように笑ったが、まるで目が笑っていない。


 フォルはいつの間にか喉がカラカラに乾いているのを感じた。気が付けばレマイト三世の気迫に飲み込まれていて許可なくしては指一本動かせない。それは他の〈フォーマルハウト〉のメンバーも同じで、無言の緊張が伝わってくる。


「まぁ、なんでこんなこんなことを言ったのかと言うとね。実際後者なんだ。そして魔族に味方する愚か者が誰なのかも調べがついている。というより、城塞跡地で魔族と共に行動しているのを偵察部隊が目撃した。それがなんとね、君たちのよく知る人物なんだ。正直驚いたよ。なにせ、この国で最大の名誉ある称号を与えた者の一人なのだから」


 この国で最大の名誉ある称号。


 それは、それはつまり――


「愚か者の名はエリク。エリク・ハヴェルカ。君たち〈フォーマルハウト〉の元メンバーだよ」


 壁際にいた兵士たちが一斉に槍を構えて〈フォーマルハウト〉を取り囲んだ。


 驚いて思わず立ち上がった他のメンバーをフォルが手で制す。


「……それは、本当ですか」


「ああ、間違いない。それで、彼はいったい魔族とどんな取引をしたのかな? あるいは君たちともしているかな。内通者は多い方がいいだろう」


「なにも。エリクをパーティーから脱退させて以降、あいつとはまともに話をしていません。エリクが何をしているのかも、俺たちはまったく知らなかった」


「それを証明できるかい?」


「それは……」


 証明、そんなことできるわけがない。


 フォルは必死で頭を回した。考えた。このままでは魔族と内通しているとして〈フォーマルハウト〉全員処刑されかねない。どうすれば身の潔白を証明できる?


〈フォーマルハウト〉から抜けた後エリクがどうしていたかなど、本当にフォルたちは何もしらない。せいぜい最初の数日はソロで依頼をこなしていたらしいということぐらいだ。〈瑠璃の兜亭〉に顔を出さなくなってからはその行方すら知らなかった。


 それがまさか、魔族と行動を共にしていたなど……。


「王よ。発言をお許しください」


 言葉に詰まったフォルに代わって口を開いたのは〈フォーマルハウト〉のメンバーではなく、ギルドマスター補佐のイルゼだった。


「許す」


「ありがとうございます」


 まずイルゼは一礼。そして、


「〈フォーマルハウト〉が魔族に加担している可能性は低いと私は考えます」


「その理由は?」


「……〈フォーマルハウト〉、とりわけそのリーダーであるフォル・シグノは自分の利益のために多くの人間を犠牲できるような、そんな強靭な精神力など持ち合わせておりません」


 その理由に王は思わず頬杖から顎を落した。驚いたフォルもイルゼを仰ぎ見るが、イルゼは何食わぬ顔で目線を逸らす。


「それはそれは……君にしてはずいぶん……愉快な理由じゃないか」


 言葉通り、心底おかしそうな笑みをレマイト三世は浮かべていた。


「エリク・ハヴェルカが脱退したことにより〈フォーマルハウト〉は四ツ星に降格しました。しかし、そこのアリエの神官、ナナカ・マインを新たにメンバーに加えたことにより実力を取り戻しつつあります。依頼の成功率も上昇傾向にあり、五ツ星に昇格するのも時間の問題でしょう。そのことは誰よりも本人たちが自覚しているはず。寧ろエリク・ハヴェルカがいた頃よりも個々人の実力は上がっているとさえ言っていい」


 イルゼは取り囲む兵たちに怯まず、一歩前へ。真っすぐに王と向き合う。


「五ツ星はこの国で最大の名誉ある称号。それがまた得られるような状況であるにも関わらず、みすみすそれを不意にするようなことを彼らがするでしょうか? 五ツ星以上の名誉が魔族に加担することで得られるでしょうか? よって私は彼ら、現〈フォーマルハウト〉とエリク・ハヴェルカの裏切りには何ら関係はない、そう判断します」


 この表情の変化に乏しいギルドマスター補佐が感情論だけで誰かを擁護する場面などそうそう見れるものではあるまい。それだけイルゼにとって、冒険者ギルドにとって〈フォーマルハウト〉は大きな存在だということ。


 ここで失うわけにはいかない。


「いいだろう。面白いものが見れた。満足だ」


 王が片手を上げると兵たちが包囲を解いた。場の緊張感が急激に薄らいでいく。


「……王よ。最初から彼らを疑ってなどいませんでしたね?」


 イルゼの問いかけにクックックッとレマイト三世は笑って見せた。その様子に当の〈フォーマルハウト〉のメンバーは困惑するばかり。


「万が一ということもある。脅せば何かしらボロが出るかもしれないしね。いやはや、〈フォーマルハウト〉の諸君。驚かせてすまなかった」


「えー……っと……?」


「君達の素性などすでに調査済みなのだよ。その上で、この場で余が直接問いただし確信した。余は大概の嘘は見抜けるからな」


 冒険者の国の王、レマイト三世。賢王と呼ばれることもある一方、食えない男というのがもっとも正しい評価なのかもしれない。


「だがな。余が確信したところで、他の者がお前たちへ疑念を抱かない道理はないぞ。元五ツ星パーティーの元メンバー、隠し通すにはあまりにも大きな称号だ。時間が経てばエリク・ハヴェルカの裏切りは民草に知れ渡ろう」


 例え証拠がなくとも、よくない印象を抱く者は少なからず現れるだろう。


 そうなれば〈フォーマルハウト〉の五ツ星復帰は絶望的になるかもしれない。誰もに認められなければその称号は名乗れないのだ。


「そこでだ。依頼の話に戻ろう」


「依頼、ですか?」


「最初に言ったではないか。余はお前たちに依頼をするために召集したのだぞ」


 フォルたちは一度顔を見合わせ、レマイト三世の次の言葉を待った。


「アザミル城塞跡地に潜む魔族、そしてそれらを率いる裏切者エリク・ハヴェルカ。それらをお前たちで討て」


 一同に衝撃が(はし)った。それは、それはつまり――


「俺たちに、かつての仲間を、殺せと……?」


「人を殺したことはないかね?」


「……ありません」


「ほう、それはまた……」


 キャラバンの護衛などで山賊や荒くれと刃を交えたことはある。多少経験を積んだ冒険者なら誰もがそうだろう。誰もが生きるために誰かの命を奪う。だが、それを望んでするものは冒険者にはいない。


〈フォーマルハウト〉は最初から実力がありすぎた。殺さずに山賊を捕らえることができるだけの実力があった。身動きを封じ、衛兵に突き出せるだけの余裕があった。人間同士の争いで死にもの狂いで剣を振るう機会がなかった。自分たちの手が綺麗なままだとは思わない。多くの魔獣の命を奪い、多くの魔族の心臓に刃を突き立ててきた。それでも、人間を殺したことがないという事実はフォルたちにとって大きな意味を持っていた。


「ならばやつの血で手を汚せ。お前たちがやつをクビにしたことが裏切りの後押しをしたことは間違いないだろう。結果的にな。身から出た(さび)だ。自分たちでやつを殺し、その身の潔白を世間に知らしめてみせろ」


 ミアはフォルの横顔を窺った。


 〈フォーマルハウト〉のリーダー、何よりも人付き合いを大切にする陽気な青年は、ただ足元の真紅のカーペットに視線を落していた。その瞳に映っている紅は、彼に何を見せているのか。


「もちろんお前たちだけで魔族の集団と戦えなどとは言わん。兵三百と将を一人付ける。詳しいことはその将と話して決めろ。他に何か質問は?」


「……いえ」


「ではもう下がっていいぞ。後程(のちほど)将軍をお前たちの下へ向かわせる。では、ここでもう一度五ツ星の称号をお前たちに授けられる日を心待ちにしているぞ」

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