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第四章 俺達の為すべき事(4/6)

「いやぁ、昨日はやばかったなー」


「やばかったなー、じゃないですよ! 欲を出したせいで危うく全滅するかと思いましたよ……」


「一匹だけかと思ったら奥にあんなに沢山の大岩山椒魚(ロックサラマンダー)が隠れてたとはねー。ゴツゴツした水辺の洞窟は危険、覚えた」


「んもう! ミアさんも先行しすぎですよ! 私の信仰術が届く範囲にいてくれないと危ないですよぉ」


「「牛かな?」」


 賑やかな一団が今日も今日とて〈瑠璃の兜亭〉の門扉をくぐる。


「ミアはもう少し魔獣に関する知識の勉強が必要だな」


「はーい」


 シャラに頭をぽんぽんと叩かれつつ、ミアは素直に頷いた。再出発するにあたってもっとも勉強の必要があったのがミアだ。戦闘に関する経験なら多分にあったが、それ以外の野伏(スカウト)としての経験は皆無に近かったのである。


 流し台で洗い物をしていた店主ことルッツがその騒々しさに顔を出した。


「おい〈フォーマルハウト〉! 最近楽しそうじゃないか。ナナカちゃんもずいぶんこの馬鹿共に染まってきたな!」


「馬鹿とはなんだよおやっさん! 昨日の宴会の代金払わねぇぞ」


「いやそれは払えよ」


 真顔になったルッツはカウンターから乗り出してフォルの手から金銭の入った袋をひったくる。


「ほい確かに。しかし調子が戻ってきたみたいじゃないか。難易度の高い依頼も成功させてるし、早く五ツ星に戻ってくれよ。おめーらは〈瑠璃の兜亭〉の看板なんだから」


「そうすぐに戻れたら苦労しねーよ。なんかどでかい依頼でもこなせたら話は別だけどな」


「そうなんですか?」


 冒険者の格付けに明確な審査法があるのかどうか。実のところ、それは冒険者ギルドにしか分からないのだ。依頼をこなし続けていれば自然と星が増える。漠然とそういうものだと冒険者たちは認識している。依頼をこなした回数、こなした依頼の難易度、それらによって得た名声。そういったものを全て加味して判断されているのは間違いないだろうが。


「五ツ星だけは昇格した時にメイシス国王から表彰されるだろ。あれの前にゃあ必ず国からの依頼をこなしてんのさ。誰の目から見てもすげーって思われるような、そういう依頼だ。ま、そもそもそういう依頼は数が少ないし報酬もいいから冒険者同士で取り合いにもなる。そんな依頼にうまく巡り合えるかどうかの運も五ツ星には必要ってこったな」


 話しながらフォルは掲示板を流し見て目ぼしい依頼を探したが、振り向いてナナカに肩を竦めて見せた。今回はそういった依頼はないらしい。


「仮に今そういう依頼があったとしても、今の某らにはまだ早いのではないか」


 どっかとシャラは手近な椅子に腰かけてそのゴツイ腕を組んだ。最近はもっぱら攻めよりも守りの技術の鍛錬に力を注いでいる彼女である。そのせいか以前より性格も思慮深くなったように仲間たちは感じている。


「かもな。ま、チャンスがあればの話さ。んで、次の依頼どうするよ?」


「あ、これなんてどうですか? キャラバンの護衛ですって。一緒に付いていけば観光もできますよ」


「あたしはこっちの遺跡探索かしらね。おおざっぱな地図は完成してるけど奥はまだ未踏破だって。何かお宝があるかも! シャラは?」


「なんでもいい」


 四ツ星に降格しても、いや、してからのほうが以前より活き活きとして見える。そんな〈フォーマルハウト〉の様子にルッツは苦笑すると洗い物に戻った。


 確かに降格したことで新規の依頼者が〈フォーマルハウト〉を指定して依頼を出してくることは少なくなった。だが、変わったことと言えばせいぜいそれぐらいだ。常連の中には変わらず〈フォーマルハウト〉を頼る者も多いし、冒険者間で(あざけ)りを受けることもない。〈フォーマルハウト〉が今まで積み上げてきた実績、それ以上に高く積もった人脈、交友関係の賜物(たまもの)だ。少なくともルッツの知る冒険者の中でフォル以上に顔の広い者はいない。


 そして、たくさんの人と関わりを持つ者にはおのずとツキも回ってくるものである。


「――〈フォーマルハウト〉はここにいますか」


 入店して開口一番。凛とした声色が店内に響いた。


「……イルゼさん?」


 いつも突然現れるギルドマスター補佐にフォルたちは目を丸くした。


「ちょっとフォル! またなんか書類出し忘れてたの? ちゃんとやりなさいよリーダーなんだから」


「おま、普段は全然そんな感じ出さないくせにこういう時だけリーダーって呼ぶなよな!」


 カツカツと靴を鳴らし歩み寄ったイルゼはいつもにも増して神妙な顔つきをしていた。騒がしいフォルたちのやりとりにも眉一つ動かさない。


「……………」


 必要な要件を手早く確実に。そのイルゼが躊躇(ためら)うように間をとったのは珍しい光景だった。


「あのー……イルゼさん?」


「……フォルさん。いえ、〈フォーマルハウト〉の皆さん宛てに名指しで依頼が来ています」


「依頼?そりゃありがたいですが……なんでイルゼさんが直接? 〈瑠璃の兜亭〉に伝えてくれりゃあ……」


「依頼人は、メイシス王国国王レマイト・フォン・メイシス三世様です」


 一瞬、その場に居合わせた全員が静まり返った。


 カンッ


 ルッツが洗っていたカップを思わず流し台に落した音でようやっと止まった時間が動き始めた。国王の名前が聴こえたことで何事かとルッツがまた顔を出す。


「国王様が、あたしたちを指定して依頼を……? それって……」


 国王からの依頼、それはつまり国からの依頼。であるならば――


「この依頼をこなせば、もしかして……」


 国が〈フォーマルハウト〉を認めてくれる。誰が見ても明らかな功績。


「俺たちは、また五ツ星に戻れる……?」


 フォルがゆっくりと噛みしめるように呟いた。


「今すぐ王城に来るようにとのことです。私も同行します。くれぐれも、無礼を働いたり余計な口を利かぬよう。皆さん自身のために……」


 冒険者事業に積極的なレマイト三世はまだ(よわい)三十にも届かぬ若い国王である。その若さ故か礼儀作法云々にも寛容(かんよう)と聞くが、フォルたちの普段のおちゃらけぶりを考えればイルゼの心配も無理なきことであろう。


「……シャラ。まだ早いからやめとけ、とは言わないよな?」


 フォルの言葉にシャラは椅子から立ち上がった。早く行くぞと言わんばかりに。


「さっき言ったこととこれでは話が違う。某らを名指しで頼ってくれたのなら応えないわけにはいくまい」


「どのみち〈フォーマルハウト〉の皆さんに拒否権はありません。さぁ行きましょう」


 相変わらずの神妙な表情のまま、来た時と同様カツカツと靴を鳴らしてイルゼが先導する。


「わ、私国王様に謁見(えっけん)するのなんて初めてなんですけど! だ、大丈夫ですか? なんか変なところとか……」


「胸が無駄にデカいこと以外は大丈夫よ!」


「それはどうしようもありませんー!」


 お互いの身だしなみを気にし合うナナカとミア、その後ろに落ち着いた様子のシャラが続く。


 店を出るのが一番最後になったフォルは外に出る前に店内へと振り向いた。


「おやっさん! 案外、早く五ツ星に戻れるかもしんねぇわ!」


 そしてニッと白い歯を見せた。


「調子乗ってポカやらかすなよ! いってこい! 祝杯用に多めに酒を発注しとく!」


 おやっさんの激励を受けてフォルが〈瑠璃の兜亭〉を後にした。〈フォーマルハウト〉がいなくなると〈瑠璃の兜亭〉の店内は一気に静かになる。他に利用客がいないわけではないのだが、やはり彼らの騒がしさは別格だ。


(うるさい連中だが、あいつらがいねぇとどうにも静か過ぎていけねぇ)


 また洗い物の作業に戻ったルッツ。カチャカチャという食器の鳴る音が店内に響く。


 冒険者の店〈瑠璃の兜亭〉。この場所に〈フォーマルハウト〉は欠かせない存在なのである。

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