第四章 俺達の為すべき事(3/6)
(どうして……どうしてこんなことに……!?)
オロルドの思いを無駄にしないため、アレンは走った。ある程度距離をとってから森に入ればそう簡単には追いつかれまい。
「セリナ……オロルドッ……!」
すぐ後ろからエリィの涙に濡れた声が二人の名を呼ぶ。何としてでも生き延びて、二人の無念を晴らさなくてはならない。
背後から響いた鉄がひしゃげるような酷く耳障りな音にアレンが振り向くと、城門から何かが矢のように飛び出してきて空に舞い上がるところだった。急上昇ののち、空を背に静止、両手の翼が青を抱く。
(有翼族!?)
空から隻眼がアレンたちを捕捉した。人の身体の輪郭に猛禽類の特徴を併せ持つ魔族は一つだけの鷹の眼光で狙いをつける。得物は脚で持つ槍。その穂先が陽光を受けて瞬いた刹那、静から一気に動へ、第二の矢が放たれる。落下の速度を上乗せしつつ急加速、狩りの対象へ向けて曲線を描き飛来。地面すれすれを高速で飛ぶ一本の矢となる。
狙いは、後ろを走るエリィ。
「くっ……!?」
咄嗟にアレンの身体が動く。急停止から反転、エリィとすれ違うようにして両手剣を構える。
「――彼の者に力を与え給え」
一瞬、有翼族の姿が消えた。少なくともアレンにはそう見えた。
「!?」
左の肩口が熱い。気付いた時には深々と槍が突き刺さりアレンの肩を貫通していた。
(速すぎるッ――)
もともと有翼族の飛行能力の高さはよく知られている。だが、身構えていても対応が遅れるほどの超高速は常軌を逸していた。
「舐めんなァッ!!」
片腕でアレンが両手剣を斬り払うと有翼族は槍を離して後退する。その視線がアレンではなくその背後に向いたことを察したアレンが叫んだ。
「エリィ! 早く森の中へ!!」
高い飛行能力も枝葉に遮られれば生かせない。逆に言えば遮る物の何もない平原では有翼族から逃げる術などないのだ。
「アレンも早く!」
急かされるまでもなくアレンは走った。だが、身体が揺れる度に刺さったままの槍が上下し傷口が広がる。激痛と共に鮮血が溢れ出た。あまりの痛みに意識が飛びそうになり、走る速度も上がらない。
エリィの背中が、徐々に離れていく。そして――
タタタタタッ
何かが疾駆する足音が近づいてくる。
「エリィ!!」
前を走るエリィが振り向いた。
「――頼んだぞ」
エリィの顔が、今までにもましてくしゃりと歪む。
「――我が星に乞う! 光よ、惑えッ!!」
エリィの姿がぼんやりと滲み、周囲の景色に紛れた。光の屈折率を操作し、姿を眩ます星術。鼻の利く魔族にどれほど効果があるかは分からないが、エリィ一人だけならそれで姿を隠すことができる。
(最期、上手く笑えたかな)
そしてアレンは立ち止まった。
「あああああああッ!!」
絶叫と共に肩に刺さった槍を引き抜く。勢いよく血が噴き出すが、もうどうでもいい。血まみれの槍を放り出し、使い慣れた両手剣を構える。自分の背丈に合っていない武器なのは百も承知。だが、それでもこの規格の武器を使いたかった。あの憧れの冒険者と同じ大きさの武器を。
「セリナの仇、討たせてもらうッ!!」
振り向きざま、足音の主に斬りかかる。不意の一撃に怯む様子もなく、落ち着いてそれを回避した魔族はアレンに逃げる様子がないのを確認すると両手の鉤爪を構えて臨戦態勢をとった。
漆黒の毛を持つ狼牙族。頭部から生えている耳が片方切り取られていたが、今のアレンにその理由を考える余裕はない。
狼牙族の隣に有翼族が降り立った。どうやらエリィは空からの追跡を振りきれたらしい。二対一の状況にも関わらずアレンの頬が緩む。
「さぁ!どっちからでもかかってこいよ!!」
両手剣を突き付ける。精一杯の虚勢。そうこうしている内にも肩からは血が溢れ、左腕の感覚がなくなりつつあった。
万が一にも勝ち目はない。だが、それでも戦うのだ。オロルドがそうしてくれたように、自分も仲間のためにこの命を燃やし尽くそう。
「――もう一人はどうした?」
魔族たちの背後、城の方からやってきた何者かがそう問うと、有翼族が肩を竦める。
「見えなくなっちまった。俺じゃもう追えない」
「ちっ……そいつは星術師だ。時間を与えれば星文で冒険者ギルドに情報を伝えてしまう。早く殺さないと僕たちがここいることが国にバレてしまうぞ……」
「アルシャが匂いで追う」
言うや否や、狼牙族が駆ける。
「ッ! させるかよッ!!」
狼牙族は素早かったがあまりに無防備、セリナの仇を討つ好機とアレンが両手剣を振るった。
だが――
「光よ、護り給え」
ギィン!
振るった両手剣が突如現れた光の盾に阻まれた。弾かれた衝撃でよろめくアレンを後目に狼牙族がエリィの逃げた方向へと走り去っていく。
「ば、馬鹿な……これは……信仰術の技じゃ……魔族が信仰術を使えるわけ……」
魔族の中には特異な能力を持った種族もいる。だが、自ら神と星の加護を捨て去った魔族は信仰術と星術を使うことができない。それが肉体的な能力で劣る人間が魔族と対等に渡り合ってきた一番の理由だ。
ならば、この光の盾を生み出したのはいったい……
「――!?」
有翼族の背後、そこに立つ一人の人物のことをアレンは知っていた。
直接話したことはない。なぜなら、彼は五ツ星冒険者パーティーに所属していながら人付き合いを好まない人物だったから。機会があれば言葉を交わしてみたかったが、彼はいつも酒の席にはいなかった。
「どうして……どうして貴方がそこにいるんですか……!!」
アレンの言葉に彼は目を細める。いつも着ていたはずの白いローブではなく、今は旅人が着るような地味なローブを身に纏っているがその顔は間違いようがない。
なぜなら彼は、アレンにとって、いや、多くの冒険者にとって憧れのパーティーの一員だったのだから。
「――トルスム、任せていいか」
「任せろい」
有翼族が嘴で器用に胸の紐も解くと背中に結わえられていた二本目の槍が落ちる。それを足で掴むと同時に有翼族は空に飛びあがった。
「彼の者に力を与え給え」
それは決して魔族に味方するはずのない神の力のはずだった。その力が魔族に味方する。
「ハァッ! 相変わらずすごいな旦那の術はよぉ! 今なら誰にだって負ける気がしねぇぜ!」
肉体の超活性。普段の何倍もの力を与える御業。魔族と戦うために人間に授けられたはずの術。
信仰術〈光輝〉。
「どうして……なんでなんだよぉッ!!」
アレンの叫びは、届かない。答える代わりに彼が目を閉じたのと同時、空から超高速の槍が迫る。
「なんで魔族に味方してんだよ! エリクさんッ!!」
それがアレンの最期の言葉になった。