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第一章 もう後はないと思ってください(1/7)

 メイシス王国。大陸中央部に位置する大国。この国にはここがどのような国であるかをもっとも簡潔に説明できる別名があった。


 曰く、《冒険者の国》である。

 

 冒険者とは、文字通り遺跡や未開の地の探索を生業とする者たち……なのだが、それ以外にも多種多用な仕事を依頼という形で引き受ける言うなれば何でも屋である。戦うことのみに特化した者たちは傭兵と呼ばれ区分されている。


 冒険者を名乗るにはギルドに登録し身分証を発行する必要があり、その身分証があれば各地の依頼斡旋所――多くは情報交換の場も兼ねて酒場となっている――から依頼を受注することが可能となる。


 そしてここはメイシス王国にある依頼斡旋所の一つ『瑠璃の兜亭』。


 今日もまた、依頼の結果報告をするべく一組の冒険者パーティーがその戸を開いた。


「いらっしゃー……んあ?」


 カウンターで掲示板に張り出す依頼の整理をしていた禿げ頭の男性、店主のルッツは顔なじみの無残な姿に思わず間の抜けた声を出してしまった。


 おぼつかない足取りで適当なテーブル席まで進んだ彼らは崩れ落ちるようにテーブルに突っ伏す。


「おやっさぁん……水……くれねぇか……三人分……」


「お、おう」


 ルッツが三人分の水をテーブルに置くと、軋む身体をなんとか起こしたフォルがそのジョッキを口に運ぶ。口から溢れた水が衣服を濡らすのにも構わずにジョッキ一杯を空にすると、ようやく落ち着いたのか深く息を吐いた。


「おうい、お前ら。生きてるか」


「死んでるかもしれない」


「筋肉が悲鳴を上げている……いっそ心地よいかもしれない……」


「元気そうでなにより」


 馬鹿なことを言えるのなら大丈夫と皆の安否を確認したフォルは、突っ伏すほどではないがまた脱力し項垂れた。


「おいおい、ボロボロじゃねぇか!どうしたんだ!」


 ようやく落ち着いたようなので、ルッツが彼らのこの有様の理由を問うた。三人が三人とも大きな出血はなさそうだが身体中擦り傷だらけ、身に着けた装備にも多くの新しい傷がある。何より疲労困憊といったその様子。


「おやっさん……すまん。依頼達成できなかった……」


 フォルのその言葉にいよいよもってルッツは何か尋常じゃないことが起こっていることを確信した。


「できなかったって、お前……確か人猟犬(マンハウンド)の群れの討伐依頼だったはずだよな……?確かに強力な魔獣だが、お前たちの実力なら苦戦するような相手じゃないはずだ!そもそも、三人だけの初依頼だから軽めのやつにするってこの依頼に……」


 魔獣。人間に害為す凶暴な獣。人猟犬は狼を一回り大きくしたような魔獣の一種だ。単独の戦闘能力はさほどでもないが、群れになると大きく脅威度を増すことで知られている。


 そこではたとルッツは気付く。


「まさか……お前たちでも手に負えないようなやつが乱入してきたってことか!?おいおい……五ツ星でも勝てない相手っていや、(ドラゴン)か、それか魔族が攻め入ってきたか……。どっちにしろ国に報告して討伐隊を出さなきゃなんねぇ!」


 竜!? 魔族が攻め入ってきただって!?


 ルッツの言葉を耳にした周りの冒険者たちが騒めきだす。


 冒険者にはその実力、実績によって決められる五つの階級が存在する。それはギルドから発行される身分証に記された星の数によって示され、駆け出しの一ツ星から英雄的存在の五ツ星まで。その階級によって受けられる依頼を制限することである程度の安全性と依頼達成率を確保するためだ。


 冒険者が多く暮らすこのメイシス王国において五ツ星は誰もの憧れであり、その戦闘能力、依頼遂行能力において最高を意味する。


 そしてフォルがリーダーを務める冒険者パーティー〈フォーマルハウト〉はその五ツ星。〈フォーマルハウト〉が倒せない相手となれば国が軍隊を派遣せねば鎮圧できないほどの脅威ということだ。


「教えてくれ! いったい何が現れた!?」


 ルッツがフォルに詰め寄る。周りの冒険者たちも固唾を飲んで彼の言葉を待った。


「いや……その……なんというか……」


 多くの者の注目を一身に受けて、悶えるようにガシガシとフォルは赤髪を掻きむしり、やがて消え入るような声色で呟いた。


「人猟犬……」


「は?」


「だから……人猟犬しか出なかったって……」


「そんなわけないだろ! じゃあお前らどうしてそんなボロボロに……」


「だから! 普通に人猟犬に負けて! 逃げ帰ってきたのっ! 言わせんな恥ずかしいッ!!」


 一瞬、『瑠璃の兜亭』に沈黙が訪れた。


「……は?」


「は?じゃねぇーよ! 普通に討伐できなかったの! ほらお前らも解散しろ! シッシッ!」


 集まってきていた冒険者たちを手を払って追い払う。


「おやっさん! 酒!」


 空のジョッキをルッツに押し付ける。それを受け取ったルッツはいまだ釈然としないようで、


「……ってーことは。五ツ星パーティーともあろう〈フォーマルハウト〉が、たかだが人猟犬程度に、勝てなかったってことか……?」


「そうだっつってんだろ! 何度も繰り返すな!」


 何度も首を傾げつつもルッツが厨房へと入っていくとフォルは大きく溜息一つ。


「あーもう……どうなってんだよチクショウ……たかだが人猟犬程度に手も足も出ないなんて……」


 そこで突っ伏していたミアがようやく顔を上げて半眼でフォルを睨んだ。


「あんたが攻撃を外し過ぎたんじゃないの?」


「はぁ!? それはお前だろ! しかも相手の背後を取ろうとして失敗して囲まれてたし!」


「んぐ……っ!で、でもあれはそもそもあんたが全然倒せないから仕方なく……」


「よさないか二人とも」


 みっともない言い争いを止めにかかったシャラ。今度は矛先がそちらに向く。


「空振りまくってたのはシャラもだろ! 馬鹿正直に近くの敵に殴りかかってただけだし! 脳みそまで筋肉になってんじゃねぇのか!?」


「フォル……」


 シャラが俯きがちに視線を逸らしたのを見て、ちょっと言い過ぎたかとフォルが心配するが、


「そう褒めるな。恥ずかしいだろ……」


「「褒めてねぇわ!!」」


 筋肉を褒められたと勘違いしたシャラにミアと二人がかりでツッコミを入れたことで結果的に落ち着いた二人が上げていた腰を降ろした。


 この息の合ったツッコミを戦闘で活かせていれば話は違ったのかもしれない。


「なんか……いつもより全然力が出なかった。これってやっぱり……」


「今までと何が違うかと言えば、当然、エリクがいるかどうかだろうな……」


 しばし、テーブルに沈黙が揺蕩う。


 そのテーブルに近づく人影が一つ。


「……冒険から帰ってくるといつもここでどんちゃん騒ぎしている貴方方にしては随分と大人しいですね。それでも十分騒がしいですが」

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