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第四章 俺達の為すべき事(2/6)

裂かれた動脈から噴水のように真紅の飛沫が上がり、悲鳴を上げる暇もなくセリナの身体が糸の切れた人形のように崩れ落ちる。


「は――?」


 あまりの出来事に状況を把握できないアレンを現実に引き戻したのは、エリィの絶叫だった。次いでオロルドの咆哮(ほうこう)


「おおおおおッ!!」


 オロルドの戦斧が襲撃者に向けて振るわれたが、襲撃者は素早い身のこなしで回避。オロルドの巨躯の脇を抜けて城の奥へと下がる。


「セリナッ!?セリナぁあ!?」


 半狂乱に泣き叫ぶエリィがセリナの身体を抱き起すが、もう彼女の瞳は何も映していない。だくだくと流れる命の残滓(ざんし)がエリィの黒いマントを濡らしていく。


「え、は? 嘘だろ……」


 セリナの名を何度も何度も叫ぶエリィの声。唐突に訪れた仲間の死。次にアレンに湧き上がってきた感情は、抑えようのない怒りだった。


「てめぇ……てめえええええええええェッ!!」


「よせッ! アレンッ!!」


 両手剣を振りかざし、城の奥へと突っ込もうとしたアレンの腕をオロルドが掴んだ。掴まれた腕が軋むほどの握力にアレンの身体がつんのめる。


「周りを見てみろッ!!」


 闇に目が慣れてきたことによって城の内部の様子がぼんやりとだが把握できるようになってきていた。


「ひっ」


 エリィが小さく悲鳴を上げた。


 薄闇の中からいくつもの目がアレンたちを取り囲んでいた。十や二十ではきかない。よく見ると天井の一部には薄布が張られ、木材で補修した後もある。だから日光が遮られているのだ。


「こいつは……こいつらは……!!」


 セリナを殺した襲撃者。その風貌(ふうぼう)がようやくはっきりと目に映った。


 漆黒の体毛。狼の頭部。人に至らないことを選んだ獣の末裔。人間の最大の敵。


 魔族――


「どうして魔族がこんなところに……しかもこれほどの数……」


 オロルドが信じられないとばかりにそう(こぼ)すが、そんなことはアレンにはどうでもよかった。


「よくもセリナをッ! 殺してやるッ! 離してくれオロルドッ!!」


「落ち着けッ! この数の魔族を相手にできるわけがない!」


 魔族の強さには大きな個体差がある。が、動物的な知覚や筋力を持つ分、どんな個体も並みの人間以上の戦闘力がある場合がほとんどだ。そもそも数に差がありすぎる。


「だったらどうしろってんだよ!?」


「逃げるんだッ! 逃げて、このことを国に伝えるんだ!!」


「セリナを殺されたんだぞッ!? なのに尻尾巻いて逃げろってか!!」


「その死を無駄にしないためにだ!!」


 ギリリと砕けんばかりにアレンが奥歯を噛みしめる。このまま戦えば全滅。そのうえ、ここに魔族がいるという情報が国に伝わらない。そうなればまた次の被害者が出るかもしれない。いや、もっと最悪の場合、ここを橋頭堡(きょうとうほ)に魔族が人間の領域に攻め込んでくるかもしれない。


 それだけは避けなければ。一人や二人ではない。何十、何百の人死にが出る。


「クソッ!」


 アレンが油断なく両手剣を構えつつ後退する。魔族共はまるで誰かの判断を待っているかのように静かにアレンたちを観察していた。


「セリナぁ……返事してよぉ……」


 もう声に応えることのないセリナの頭を抱くエリィの脇にアレンは立つ。


「エリィ、立て。逃げるぞ」


「セリナを置いていけないっ……こいつらに……こんな薄汚い獣共にセリナの身体を好きにさせるわけには……」


 剣を持つアレンの手に血管が浮きあがった。想像するだけでドス黒い怒りの感情が湧き出してきて叫び出しそうになる。


「――必ず戻ってきて、取り戻す。そしてちゃんと埋葬する。だからそのためにも、俺たちは生きねぇと……!」


 怒りを理性で押さえつけ、アレンは跪いて半開きだったセリナの目をそっと閉じさせた。


 若くとも、アレンはこのパーティーのリーダーだ。もうこれ以上、誰も死なせるわけにはいかない。


「――っうぅ!!」


 エリィはセリナの遺体をゆっくりとその場に横たわらせるとようやく立ち上がった。止め処なく溢れる涙を拭うこともなく、湿ったマントを(ひるがえ)す。


「必ずこいつらを皆殺しにして、セリナの仇を討ってやる……!」


 グルアアアア――


 唸り声を上げたのはオロルドと同程度の体格に牛の頭部を持った魔族。全身が巌のような筋肉で覆われ、肉厚な大剣を手にしていた。本来は二本で天を突く頭部の角は片方が折れてしまっている。


「牛頭族……逃がすつもりはないということか」


 一歩二歩と後退しつつオロルドが呟く。魔族たちはしだいに包囲の輪を縮めつつあり、飛びかかるタイミングを見計らっているようであった。 


「……アレン、エリィ。全力で走れ。俺が時間を稼ぐ」


「オロルド!? 馬鹿なこと言ってんじゃねぇよ!」


 年長の巨漢は甲冑の中で苦笑した。


「どのみち俺の図体じゃ逃げきれないからなぁ。だから、さよならだ。アレン、エリィ、一緒に冒険できて楽しかったよ」


 ゆっくりと後退しているうちに、アレンとエリィの二人は門扉の外へと出た。そして門扉をオロルドの巨体が塞ぐ。


「仲間の死を乗り越えてこそ、やっと一人前。そういう人もいるくらいだ。これでお前たちはもっと強くなるよ」


 別れの言葉を牛角族の咆哮が吹き飛ばす。人の身ではまともに振るうことも困難であろう大剣を片手で振り上げ、片角の魔族が迫りくる。


「いけえええええええッッッ!!」


 オロルドの叫びを背中に、アレンとエリィが走り出した。直後に響く、金属と金属がぶつかり合う音。


「ぬおおおおおッ!!」


 大剣の一撃を戦斧で弾き返したオロルドが吠える。常人離れした膂力(りょりょく)で振り回される戦斧が人外の筋力で振り回される大剣と何度も衝突し火花を散らした。横入りを許さない力と力のぶつかり合いが完全に城の出入り口を塞ぐ。もし脇をくぐろうとすればたちまち破壊の暴風に煽られて粉微塵になってしまうだろう。


「ハアッ!!」


 渾身の力で振るわれた一撃により牛頭族が数歩下がった。


 オロルド自身、自分がここまでやれるとは思っていなかった。だが、絶対にここを通さないという強い意思、そして腕が折れようが足がもげようが戦い続けるという決死の覚悟が肉体の限界を越えさせている。


(二人は、追わせない――!!)


 兜の隙間から周囲の魔族を睨みつける。そのあまりの気迫に魔族たちが気圧されて怯んだ。


 だが、その魔族達の奥からまた新たな足音が近づいてきていた。


「――彼の者に力を与え給え」


 突如、牛頭族の身体が淡い光を放ち始める。


「な!?」


 直後、牛頭族が先ほどまでとは比較にならないほどの速度でオロルドへと詰め寄った。不意の出来事に反応もできなかったオロルドの首を牛頭族が掴みその巨体を宙に浮かばせる。


「うぐ、ぐ……!!」


 甲冑込みでいったいどれほどの重さがあるのか。その重量を軽々と持ち上げた牛頭族はそのままオロルドを壁面に投げつけた。


「がっ」


 鎧越しに伝わる衝撃に背を打たれ、肺から空気が押し出される。体勢を立て直す間もなく、大剣を振り上げる魔族の姿が見えた。


 オロルドは戦斧を盾代わりに構え衝撃に備える。戦斧は折れてしまうかもしれないが、甲冑と合わせて受けきることはできるはずだ。


 キィン――


「え?」


 その一撃は、あまりにも重かった。


 圧倒的な膂力で振り抜かれた鉄の塊は、戦斧を砕き、甲冑の上からオロルドの頸椎(けいつい)を叩き斬った。その勢いたるや城の壁に亀裂が入ったほどである。だらんとオロルドの両手が下がり、ガンゴンと音を響かせて()()()()の兜が転がった。首なしの甲冑から広がった染みが城の床に広がっていく。


「――追え、逃がすな」


 何者かに指示され、数名の魔族が城の外へ駆け出していく。二人分の亡骸を一瞥(いちべつ)したその人物は何も言わず、自身も城の外へと歩いていった。

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