第四章 俺達の為すべき事(1/6)
「皆、そろそろ目的地だぞ」
「あー遠かった。乗り合い馬車も街道までしかいってくれないしさー。やっぱお金かかっても俺らで馬車借りるべきだったって」
「そもそもお金がないからこんな誰も受けないような依頼受けたんでしょ」
深い森の外縁、森と荒野が交わる場所。人間の領域ではあるものの人が踏み入ることはない辺境にその城はぽつねんと佇んでいた。
ずいぶん古い。城壁には蔦が這い、尖塔はそのほとんどが崩れている。人が住む建物というよりはもはや自然の岩山だ。実際ここに人が住んでいたのは何十年も昔の話である。
「ほんとにこんなところに誰かいるのかしら?」
「こんなところだからこそ、悪党の住処にはうってつけだ」
そう言葉を交わすのは年齢も性別もバラバラな四人組。このメイシス王国でそのような集まりといえば大方相場が決まっている。
冒険者パーティー。アレン、オロルド、エリィ、セリナの四人で構成されたこのパーティーの名は〈ポラリス〉という。まだ結成されて日は浅いが、着々と経験を積み、つい先日三ツ星に昇格した新進気鋭の冒険者パーティーである。
「じゃあ、依頼の内容を整理するわよ」
白いローブに身を包んだ神官、セリナの一声で一同が円になって顔を見合わせた。
「数週間前、新規開拓事業のためにここを訪れた測量士の一人が廃城で動く人影を目にした。人影は数人ほど。野盗が根城にしている恐れがあるためこれを調査、場合によっては殲滅……分かったわね?」
「もし本当に野盗の住処だったとしても、野盗ぐらい俺たちの敵じゃないよな!」
利発そうな少年、アレンはそう言うが、パーティーの中でも年長のセリナとオロルドの二人の表情はあまりよくなかった。
「俺は……今でもこの依頼は破棄したほうがいいんじゃないかと思ってる」
全身甲冑に身を包んだまるで鉄の山のような大男、オロルドが兜の下からくぐもった声を出した。その表情は窺えないが、あまり明るいものではなかろう。
「そうね……正直私もそうよ」
セリナも同意する。どうやら年長者の二人には何か懸念があるようだ。
「なんだよ二人とも。自信ないのか?」
「今回の依頼の相手はいつもの魔獣じゃない。人だ。荷馬車の護衛なら野盗を追っ払うだけで十分だったけど、今回は殺し合いになるだろう」
「それがなんだよ」
「魔獣を殺すのと人を殺すのじゃわけが違う」
なぜ今回の依頼を受ける冒険者がなかなか現れなかったのか。その答えがそこにある。
名誉と浪漫を冒険に求める者、それが冒険者だ。悪党のものとはいえ血に汚れた金銭を欲しがるものは少ない。人と争って金を稼ぐのはどちらかといえば傭兵の領分だ。こういった対人の依頼をまったく受けない冒険者も多くいる。
「アレン、エリィ。私は、できれば二人には手を汚してほしくないわ」
真剣なセリナの言葉に若い二人は顔を見合わせた。
「……相手は野盗だろ。罪人だ。そいつらを殺したって、何も思わねぇよ」
「罪があるとかないとか、そういう問題じゃないのよ。人を殺めるって事は……」
金のため、復讐のため、あるいは正義のため。人は人を殺す。これは必要なことなのだと自身に言い聞かせ、自身の心と他人に刃を振り下ろす。二度三度と重ねれば、振るう刃は次第に軽くなっていく。そしてその刃の重さがまったくなくなった時、心にぽっかりと空いた空洞に気が付くだろう。その空洞に吹き抜ける風の冷たさを知るにはアレンとエリィはまだ若すぎる。
「じゃあ、私の星術で麻痺させればいい」
黒色のマントを羽織った少女、エリィはそう言うが、年長者二人の表情はいまだ暗い。
「まぁ……なんていうか、そんなに二人が言うなら可能なら生け捕りにする。でも無理だと思ったら容赦はしない。それでいいだろ? ここまで来て帰るなんてないぜ」
アレンの決定に二人は渋々頷く他なかった。確かにこんな辺境までやってきて手ぶらで帰るのはいただけない。
「それじゃそろそろ行こうぜ!」
暗い雰囲気を打ち払うように、アレンが胸の前で拳と手の平を打ち付ける。
「ガンガン依頼をこなしてお金を溜めて、いい装備を買って、経験も積んで……二人がそんな心配しなくていいほどに強くなってやるからさ! フォルさんたちに並べるぐらいに!」
「うん。相手に手加減できるくらい強くなればいい。そのためにはこんなところで止まってられない」
今度は年長者の二人が顔を見合わせる番だった。
「そうだなぁ……ちょっと過保護が過ぎたかもしれないなぁ」
「そうねぇ。同じパーティーの対等な仲間なのに少しお姉さんしすぎたかも」
歳の差はあれ、同じパーティーの対等な存在。
「そもそも野盗が本当にいるかどうかも分からないしなぁ……。ま、油断だけはせずにさっさと依頼をこなしちまおう」
頷いた一同がアレンを先頭にして廃城へと足を向けた。
廃城の周囲にはぐるりと堀が囲っている。昔は水が引かれていたであろうそこは干上がって久しい。城門へと至る跳ね橋は降ろされたままになっていて鎖と蔦が絡み合い、正常に動くかどうか怪しい様相である。
跳ね橋の木材が腐っていないことを確認しつつ四人が渡り、城門の前へ。
「……放置されていたわりには随分綺麗ね」
エリィの言う通り、蔦塗れの城壁と違ってその門扉は小綺麗だった。跳ね橋同様木材が腐っている様子もない。
「俺が開けよう」
オロルドが門扉に両手をついて力いっぱい押すとギィと音を立ててその扉は開かれた。
中へと進む一同の足音があちこちに反響して響く。中は薄暗く、思いのほか視界が効かなかった。
「なんでこんなに暗いんだ……?外の明かりが全然漏れてきてない」
外から見た城の外観は建物の倒壊が進んでいるように見えた。天井が穴だらけならば日光が漏れてきていて然るべきだが、それがあまりにも少ない。
「待ってね、今松明をつけるわ」
神官故に両手の空いているセリナが背負い袋から松明と火打石を取り出そうした。
その刹那だった。
何かが上から落ちてきてセリナの背後をとった。
「え――?」
気配にセリナが動くよりも速く、その何かの両腕がセリナの首元へと回され――
ザシュ
鉤爪がセリナの喉を掻き切った。