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第三章 出会えたことには意味があるはずなんだ(4/4)

(くそ……! ツイてない……あの日から……エリクをクビにした時から……)


 どこにいくアテがあるわけでなく、肩で風を切ってフォルが雑踏を掻き分けて歩く。自分の感情のコントロールができないなんて久しぶりだった。


 ミアとあんな険悪な雰囲気になったのも初めてだ。普段のじゃれ合いとはわけが違う。どうしてこんなにも気が立つのか。


 店先に果実を積み上げた露天商が張り上げる濁声(だみごえ)、道端で談笑する主婦たち、その脇を駆け抜ける子供たちの笑い声。普段は心地良く感じる町の活気のことごとくがささくれだった心を刺激する。


 商店が並ぶ大通りを抜け、人並みが途切れたところでフォルはふと立ち止まった。一度白くなるほど強く両手を握りしめ、溜息をつくと同時に全身の力を抜く。


「――なにやってんだか」


 そう自分に向けて呟き、とぼとぼと人の少ない方向に足を向けた。


 面白可笑しく冒険者として生きていければいいと、そう思っていた。だが違った。ただの冒険者ではなく冒険者として最上位の五ツ星であることが自分にとって大きな意味合いを持つということがさっき分かった。


 憧れられるのは、尊敬されるのは、頼りにされるのは、ありていに言ってしまえば心地よかった。挫折を知らず、トントン拍子で頂上まで来てしまったが故に、それを手放すのが怖くて仕方ない。五ツ星でなくなったことで、世間の〈フォーマルハウト〉に対する見方は変わるだろう。今までに得た人脈、交友関係も変化するかもしれない。それが怖くてしかたない。


(ナナカ、本当に辞めちまうのか……)


 そんなことを漠然と思いつつフォルが彷徨(さまよ)っていると川辺へと辿り着いた。王都を分断するように流れる大きな運河である。内陸にあるメイシス王国にとって遠方から物資を輸送するのに欠かせない輸送路の一つ。まとまらない思考を抱えながら歩いていたせいでずいぶん遠くまできてしまったようだ。繁華街から遠ざかったせいで街の喧騒が遠くから聴こえてくる。ひんやりとした風が頭に溜まった熱を冷ますのにちょうどいい。


「ん……?」


 川辺に腰掛けようとした矢先、ふと先客と目があった。


「「あ」」


 驚いて声をあげた双方、だが一方は偶然とは思わなかったようだ、


「フォルさん……どうしてここに……まさか、私を追いかけて……?」


 いやただ適当にふらついてたら……とは言えず、フォルはただ頷いてナナカの隣に腰掛けた。


「「……………」」


 何と声をかけるべきか。まったく考えていなかったのでフォルは黙るしかなく、二人の沈黙を埋めるかのように川の水音だけが鼓膜を打つ。


 そして先に口を開いたのはナナカだった。


「……ごめんなさい」


 また、謝罪。


「私のせいで〈フォーマルハウト〉を五ツ星でなくしてしまいました……謝って済むことじゃないかもしれないけど、本当に、ごめんなさい……」


 そういってナナカは抱えた膝に顔を埋める。フォルはガシガシと頭を掻いた。


「いや……ナナカのせいじゃない。今回の件でよく分かった。たぶん、新しく入ったメンバーが誰だったとしても俺たちは、〈フォーマルハウト〉は五ツ星じゃなくなってたと思う」


「でも、私が前にいたメンバーのエリクさんと同等の神官だったなら……エリクさんの代わりが出来ていたなら……」


「そうだな。だけど、そんなことできっこねぇんだよ。あいつの代わりは、あいつにしか務まらねぇ」


 エリクの神官としての技量は規格外。それがよく分かった。どこを探したって、エリクと同等の神官なんて存在しまい。


「そのことが分かってなかった。気づいていなかった。だから、すまん!」


 フォルはナナカに向かって深く頭を下げた。


「ナナカにエリクの代わりになることを望んでしまったのは俺たちの方だ! だから、前と違うことに戸惑っちまった! そのせいでナナカに辛い思いをさせちまった! 本当にすまん……!!」


 好かれていないなら、とエリクのことを知ろうとするのを止めてしまった。そして彼をクビにし、結果ナナカにその代わりを求めた。クビにするにしても、もっとエリクのことを知ろうとするべきだった。そうしていれば、ナナカにこんな思いをさせることもなかった。


「どうか頭を上げてください。私がエリクさんより神官として至らないのは事実ですから……」


 フォルが顔を上げるとナナカは顔を上げて痛ましげに苦笑していた。


「エリクさんを説得して〈フォーマルハウト〉に戻ってもらいましょう。そうすればまた五ツ星に……」


「いや、それはない」


 その言葉に迷いは一切ない。今までも、これからも。


 軽々しく撤回できるような決意でエリクをクビにしたわけじゃない。考えて、考え抜いて、皆と相談して、各々の今後のためだと確信しての決断だ。


「ナナカのおかげで、俺は分かったんだ。俺は、俺たちはエリクの力を自分たちの強さと勘違いしていた」


 エリクをクビにしてからすぐに〈フォーマルハウト〉の面々は各々の本当の実力を知ることになった。自分たちの力がどれほどエリクの信仰術に頼り切っていたのかを知った。


 知っていて、知らないフリをしつづけていた。ナナカが加わらなければずっと知らないフリをし続けていただろう。


「確かにエリクが戻ってくれば、今まで通りには戻れるかもしれない。だけど、俺たちはもう気づいちまったんだ。自分の弱さに。だから本当の意味でもう元には戻れねぇんだ。自分たちがエリクなしじゃ五ツ星に相応しい実力じゃないと知っちまった。だから、変わらねぇといけねぇんだ」


 五ツ星でなくなることが怖かった。それは自分たちがエリクなしでは五ツ星の実力を持たないという証明になるからだ。


 そしてその証明はなされた。ならば、今後どうするかの答えは一つしかない。


「ナナカ。初依頼でこんなことになって本当にすまなかった。だけど……できれば辞めないでほしい」


「でも……でも! 私の実力じゃ……!!」


「じゃあ、そもそもどうして〈フォーマルハウト〉に入ろうって思ってくれたんだ?」


「それは……」


 ナナカは少し言葉に詰まり、川面に視線を戻した。


「……冒険者を続けたい。でも、怖かったんです。もう私の前で仲間が死ぬところは見たくない。だから五ツ星である〈フォーマルハウト〉なら、きっとみんな強いから、そんな心配はいらないだろうって……」


 それはあまりにも切実な理由だった。仲間に死んでほしくないから、強い仲間を求めた。


「はは、じゃあ幻滅させちまったかな。俺たちがこんなで……。それが理由じゃ、辞めたいのも仕方ねぇか……」


 自嘲するような笑みを浮かべてフォルは立ち上がった。そのまま立ち去ってしまうのかとナナカは思った。


「――けどさ、強い冒険者パーティーに途中から入るってのは、多分無理だ」


 言葉の意味を分かり兼ねて、ナナカがフォルを見上げた。


「強い冒険者パーティーってのは、そのメンバー全員が一つのパーティーにいるから強いんだ。だから、その中の誰か一人でもかけたらもう強いパーティーじゃなくなっちまう。メンバーの入れ替えがある度にきっと最初からやり直しなんだ」


 ナナカの視線に気付き、フォルが向き直る。


「なぁ、ナナカは俺たちのこと、嫌いか?」


「そんなわけ……ないです。ミアさんは言葉はキツいけど寂しがり屋で可愛げがあるし、シャラさんは表情は不愛想だけど感情豊かで……」


「はは、よく見てるな」


「フォルさんはチャラそうに見えていつも誰かのことを気にかけていて優しいし……視線が少しいやらしいけど……」


「ハハハよく見てらっしゃるすいません」


 ごほんとフォルは咳払い。


「嫌いじゃなけりゃ、それだけでいいんだよ。実力なんてこれから付けていけばいいんだ。ナナカだけじゃない。俺たちも……」


 勘違いじゃない。本当の五ツ星足りえる実力を。


「俺たちで、この新しい〈フォーマルハウト〉で、四ツ星からやり直そう。きっとこうやって出会えたことには意味があるはずなんだ。だから俺たちと一緒に頑張ってみないか?ナナカが俺たちを死なないようにしてくれ。俺たちもナナカを死なせない」


 少しキザなその台詞に、ナナカは……


「……ふふ」


 笑みが零れて川面に落ちた。


「出会えたことに意味があるはず、なんて、そんなナンパするみたいなこと言って。ミアさんにやきもち妬かれちゃいますよ?」


「そんなわけあるかよ……。まぁでも、(しゃく)だが機嫌取らなきゃな……。辞められたら困る」


「素直じゃないのはお互い様ですね」


 ナナカは立ち上がって法衣についた土を払った。


「戻りましょうか。帰りにお菓子でも買って帰りましょう。女の子はみんな甘い物が大好きですから」


「どうかな……あいつなら塩気の効いた肉のほうが好きなんじゃないか?」


 フォルもナナカに続き、二人並んで帰路についた。仲間が待つ、あの禿げ頭の店主の店へと。


「そういうことじゃないんですよ! 異性に女の子として見てもらえてるってことが重要なんです。贈り物で相手が自分のことをどう思ってるのかが分かりますから」


「だったらなおさら肉じゃないのか」


「んもう! ほんとに素直じゃないんだから……」


「牛かな?」


「もうお料理作りませんよ?」


「まじすいませんでした」


 


 謝罪の言葉はすんなりと口にできた。そしてそれはミアも同じ。彼女も勢いで口にした自分の言葉を後悔し、撤回した。


 その後フォルから焼き菓子を渡された彼女の頬が、酒精以外で赤らんでいたのは少し珍しい光景であった。 


 この四人で、五ツ星になろう。


 新たな目標を定め、誓った。初めての四人での誓い。


「〈フォーマルハウト〉のこれからに!」


「「「「乾杯っ!!」」」」


 杯が重なる子気味良い音が響き、〈瑠璃の兜亭〉全体がパッと明るくなった。


 エリクをクビにした最大の理由。フォルはただ、パーティーの全員で酒を酌み交わしたかっただけなのだ。酒でなくともいい。共に同じテーブルにつき、共に今日生きていることを祝いたかった。


 ただ、それだけだったのだ。


 空が紅く染まり始める頃から始まった再出発の宴は、やがて他の冒険者たちをも巻き込みいつものどんちゃん騒ぎへと発展した。


 集まった者たちで、〈フォーマルハウト〉が四ツ星に降格したことを茶化す者はいても馬鹿にしたり見下したりする者は誰一人としていなかった。新しいメンバーであるナナカの参加を祝福する者のほうが多かったぐらいだ。ナナカの容姿を見てフォルを妬む者も多かったが。


 何も変わらない同業者たちのその様子がどれほどフォルたちの救いになったことだろう。時に依頼を奪い合うライバル。だが、決して敵ではない。そしてそうあれたのは〈フォーマルハウト〉の人付き合いの良さが理由に他ならない。達成した依頼の数以上に積み上げてきた多くのものが〈フォーマルハウト〉の再起の意思をより強固なものにしてくれる。


 真に五ツ星に相応しい実力をつける。その新たな目標へ向けて、これから〈フォーマルハウト〉の新たな道行が始まる。


 ……なお、宴は夜遅くまで続き、翌日〈フォーマルハウト〉の面々は酷い二日酔いのため依頼どころではなかった。

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