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第三章 出会えたことには意味があるはずなんだ(3/4)

「……そうですか」


〈瑠璃の兜亭〉にいつもの騒々しさはなかった。純粋に利用者の少ない昼過ぎの時間帯というのもあるが、それ以上に彼女の姿を目にしてなお馬鹿騒ぎを続けようという冒険者はいないからである。


〈フォーマルハウト〉の面々から直接今回の依頼の顛末(てんまつ)を耳にしたイルゼは少しの間目を伏せた後、目を開けると同時に淡々と告げた。


「では、事前に勧告した通り、今をもって〈フォーマルハウト〉を四ツ星に降格します」


 分かっていた。それでも、声を上げずにはいられずフォルが椅子を蹴飛ばして立ち上がった。


「待ってくれ! 確かに次の依頼が不甲斐ない結果になれば降格だとは聞いていた。でも、今回の遺跡探索は俺たちじゃどうにもならなかった! 星術師なしじゃ狩りをする粘菌を駆除なんてできない! 事故みたいなもんだろ!?」


「では、五ツ星の貴方方がどうにもできない依頼を誰が完了させるのです?」


「それは……他の星術師がいる五ツ星パーティーが……」


「というと、貴方方は他の五ツ星パーティーよりも劣っていると認めるということでよろしいのですね? でしたら、なおのこと四ツ星という評価が妥当かと思われますが」


「ちがッ……! 適材適所ってもんがあるだろうが!」


「その言葉が適用されるとするならば、それは四ツ星までの話です」


 イルゼはついと視線を動かし、テーブルを囲んでいる〈フォーマルハウト〉のメンバーの一人。神官のナナカへと視線を向けた。向けられたほうは、びくんとその身を震わせる。


「貴方方はエリク君に変わってそこのナナカさんを新たな仲間に加えましたね。それはつまり、貴方方は星術師がいなくとも十分にやっていけると判断したということではないのですか?」


「そ、れは……」


 その通りだ。新規メンバー募集の中には星術師もいた。それでもフォルたちは神官のナナカを選んだ。その判断に間違いはなかったはずだ。だが、狩りをする粘菌など、星術師がいないと厳しい相手がいるのもまた事実。フォルたちはそれらと出くわす可能性を自ら切り捨てたのだ。


「少し勘違いをしているようなので言っておきますが……」


 言葉に少しばかりの同情を乗せて、彼女は(さと)すように語り始めた。理知的で常に冷静な彼女だが、その印象ほど薄情な性格ではない。


「我々ギルドは貴方方を決して低く見積もっているつもりはありません。四ツ星に降格しても依然として優秀な冒険者パーティーであると思っています。ただ……」


 イルゼは面々に順に視線を送った。このギルドマスター補佐はギルドに所属している全ての冒険者の顔と名前を覚えているという。


「五ツ星の称号は絶対です。他のどの冒険者にもこなせぬ依頼も五ツ星ならばこなすことができる。依頼を引き受けた時点でその依頼は達成したも同義となる。その信頼の証が五ツ星なのです。星術師がいなかったから、などという言い訳は許されないのです。全ての依頼をこなせて当たり前、それが五ツ星なのですから。貴方方もそれは分かっていたはずです」


「……………ッ」


 フォルはテーブルに両手をついて項垂れた。ミアもシャラもナナカも、いずれも暗い表情で(うつむ)くしかできない。


「……どうか、自暴自棄にはならぬよう。ギルドはこれからも貴方方〈フォーマルハウト〉の活躍に期待しています。それでは」


 それ以上は何も言わず、イルゼはその場を後にした。店を出る間際に一度だけ脚を止めて振り向いたが、それだけ。


 (つまづ)くことを知らず、怒涛の勢いで冒険者の頂点にまで上り詰めた〈フォーマルハウト〉。その初めての躓き、挫折。その心中を理解できるのは彼ら自身だけだ。イルゼが去った後もしばらく誰も口を開かなかった。


「今回の依頼……」


 大きな喪失感。その穴にドロドロとした感情が流れ込んでくるのをフォルは感じた。感情のまま、口が動く。駄目だと分かっているのに、止められない。


「ミアが罠を作動させたのが悪かったんじゃねぇか。あれで大きな音を立てたから狩りをする粘菌たちが襲い掛かってきた」


「あたしが悪いっての!?」


 フォルに続いてミアも椅子を蹴飛ばして立ち上がった。教会で治療を受け、体調はすっかり回復している。


 立ち上がったミアの様子は普段の喧嘩とはまるで違っていた。怒りと、悲しみと、よく分からない諸々の感情を表情に浮かべて自分自身でも困惑しているのが誰からも分かる。


「そもそも、お前がちゃんと索敵してりゃやつらの住処にずかずかと入っていくこともなかったんだ! 事前に狩りをする粘菌がいると分かっていればやりようはあったはずだ! 探索を断念するにしろ、無傷で帰ってくりゃイルゼさんも次のチャンスをくれたかもしれねぇ!!」


「今まで索敵は全部エリクがやってたんだから急にしろって言ったってできるわけないじゃない!」


「それがお前の役割じゃねぇか!」


「フォル、ミア。よさないか」


 シャラが制止するが二人の口論は止まらない。誰が悪いか、というのはあまり大きな問題ではないのだ。行き場のない感情をただ吐き出したいだけ。


「元はと言えば、あんたがエリクをクビにしたのが悪かったんじゃない! エリクがいた時は全部がうまくいってた!」


「お前もクビに賛成してただろうが! 寧ろお前の方がそうしろって後押しして――」


「フォル! ミア! よさないかと言っているッ!!」


 いよいよもって勢いづいてきた二人の口論を止めたのはシャラの制止の声ではなく、


「ごめんなさい……」


 ナナカの謝罪の言葉だった。


「私が皆さんの期待に添える実力を持っていなかったから……エリクさんの代わりになれなかったから、こんなことに……」


「それは違う!」


 シャラの否定にナナカはぶんぶんと首を振る。


「違いませんよ! 気付いてるんですよ……? 私が何かできないって言うたび、皆さんが心の中で失望するのを……。フォルさんも、ミアさんも、シャラさんだって……」


 全員、否定できなかった。


 エリクならできたのに、と思ったことは少なからずある。それは紛れもない事実だ。ナナカの実力を知って少しも落胆しなかったと言えば嘘になる。


「私じゃ、実力が低すぎたんですよ……。私じゃ皆さんの期待に応えられない。身の丈に合わないパーティーに入ってしまったんです。だから……」


 ナナカが立ち上がる。


「私、〈フォーマルハウト〉を抜けます。ご迷惑をおかけしました。きっと私よりももっと相応しい人が他にいるはずです」


 一礼。そしてナナカは逃げるように〈瑠璃の兜亭〉を出て行った。


「――ああ、クソォ!!」


 フォルが頭をガシガシと掻いて唸る。その苛立ちは自分自身に向けて。


「――〈フォーマルハウト〉も、もう終わりかもね。あたしも別のパーティー探そうかな」


「……勝手にしろ!」


 そう吐き捨て、邪魔な椅子を蹴飛ばしてフォルも店を出て行った。〈フォーマルハウト〉の様子を遠巻きに眺めていた他の客たちがひそひそと話す声が店内に木霊している。


 唯一まだ椅子から立ち上がっていなかったシャラが額に手を当てて深く溜息を吐いた。


「あたし悪くないもん……だって索敵なんてまともにやったことないし……」


 椅子を戻し、ミアが再び腰掛ける。


「そりゃ、役割的にはあたしがすべきなんだろうけど、それで全部あたしのせいってのはおかしいわよ……」


 消え入るような声で呟く。フォルがいなくなったことで虚勢のメッキが剥がれていく。


「……それで、本当に別のパーティーを探すのか?」


 シャラがそう問いかけると、返ってきたのは……


「…………すんっ」


 随分と湿っぽい鼻をすする音だった。

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