第三章 出会えたことには意味があるはずなんだ(1/4)
(干し肉と、果実と……胡椒って大丈夫なのか……?)
あれから数日が経った。エリクはごそごそと肩がけのバックの中を漁りながら、もう通い慣れた道のりを進んでいた。
危険な森に何度も、かつ一人で足しげく向かうエリクに近くの村の宿屋の店主は少なからず疑念を抱いていたが、まさか魔族を看病するためだとは思っていまい。
(まだいるだろうか……)
毎度向かう度にそう思う。狼牙族、名前はアルシャという、の体調はもうほぼ回復しつつあった。結局腕の傷痕は何度エリクが治療を施そうとも消えることはなかったが、塞がってはいる。あとは体力さえ戻ればどこへなりとも行けるだろう。
どうして自分がここまでアルシャを気遣っているのか、エリク自身にもよく分かっていない。ただ、彼女が自ら去っていくまではこうやって狩り小屋に通うのをやめるつもりはない。
「ん?」
ふと、いつもと違う違和感に気付く。
腐葉土を踏みしめた跡、掻き分けた痕跡のある茂み。昨日まではなかったエリク以外の何者かが森に入った痕跡。
(アルシャの足跡じゃない。同じ宿に泊まってる冒険者か?)
しゃがみ込んでエリクが足跡をよく調べる。あまり詳しい知識はないが、足跡の大きさからブーツを履いた人間の男性、それも複数ということは漠然と分かる。そしてその条件に合致し、かつ森に入りそうな人物たちをエリクは知っていた。
何か嫌な予感がしてエリクは立ち上がった。
あの冒険者たちはルーキーといった雰囲気ではなかった。おそらく三ツ星。となるとただ薬草を採りに森へ、とは考えづらい。
(フォルたちが仕留めそこなった人猟犬の捜索と駆除か)
フォルたちが立て続けに失敗した依頼の後釜が決まったのだ。寧ろ今まで放置されていたのが不思議なほどだが、五ツ星パーティーが失敗した依頼ということで敬遠されていたのだろう。
だがもうこの森に人猟犬がいないことをエリクは知っている。ここ数日森に通う中でただの一度も出くわしていないし、何より人猟犬と心を通わすことのできるアルシャから、別の森に逃がしたと聞き及んでいたのだ。
思えば、看病を続けるうちにアルシャとは随分打ち解けてきたように思う。少なくともある程度会話を交わせるし、毒を警戒せずに食べ物を食べてくれる程度には。最近は人間よりも魔族と会話した時間の方が長いのではなかろうか。
その事実にエリクが苦笑しかけた瞬間、
「!!」
木々の向こうから、男の怒号が聴こえた。それに呼応する声も。
(狩り小屋の方からだ――)
そう気付いた瞬間、エリクは走り出していた。同時に、
「戦神レイオの名に於いて、我に星の目を授け給え――!!」
〈星域〉展開。索敵の範囲を前方に絞り、より遠くまで見通せるように。
そして、見つけた。小柄な魔族が森の中を疾駆している。もう身体は大丈夫らしい。そしてそれを追う人影が三つ。
いや、違う。
(まずいぞ……!)
恐らくアルシャは気付いていないであろう状況に先んじて気づいたエリクは歯噛みした。
三つの人影の速度はアルシャに及ばない。このままならアルシャは逃げきれるはずだ。だが、隊列を巧みに変化させ、時には弓でちょっかいをかけることでアルシャの逃げる方向を誘導している。
そして三つの人影から少し離れた位置にもう一人人影があった。集団から距離を置き、弧を描くように移動している。こちらは身軽な装備をしており走る速度が他の者より速い。おそらく三人が獲物を誘導して、逃げ切ったと油断したところにもう一人が不意打ちを仕掛ける布陣だ。
多勢に無勢だ。このままではアルシャは――
「戦神レイオの名に於いて、我に力を与え給えッ!!」
エリクの身体が淡い光を放ち、その走る速度がグンッと上がった。自分自身への〈光輝〉の使用。他の神官がこの光景を見れば己が目を疑っただろう。本来、信仰術は自身にかけることのできない術なのだ。
(――助けてどうする?相手は魔族だぞ)
どう考えても、ここでエリクが間に入るのは悪手だ。第一、どうやって冒険者を止めるというのか。
魔族を匿うのは大罪だ。ましてや治療したなどと知れれば裏切者として極刑は免れない。バレた時点でエリクは国から追われる身となる。
だと言うのに、走る脚が止まらない。
(これは自分の獲物だと主張して手を引かせる? いや、無理だ。顔を見られる前に気絶させれば……そんなこと僕にできるわけがない……!!)
様々な考えが巡るが、どれも駄目。
そうこうしている内に〈星域〉に動きがある。アルシャが四人目と接触した。なんとか不意打ちは回避したようだが、もつれあうような攻防。アルシャの動きは速いが、相手はなかなかの手練れだ。足止めを喰らっている内に他の三人が追いつく。
「くそおおおおおッ!!」
そしてエリクの肉眼がアルシャたちの姿を捉えた。一人の持つ片手剣の刃がアルシャに届く寸前――
「光よ、護り給えッ!!」
アルシャと刃の間に発生した光の障壁。それに剣を弾かれた一人がよろよろと後退した。
「な、なんだ!? 信仰術!?」
三人が皮鎧に近接武器、一人は黒のマントの星術師。間違いない。宿で見た冒険者パーティーだ。
「お前は、宿にいたソロの神官? なんでこんなところに……いや、それより……」
「こいつは俺たちの獲物だぞ!? なにしやがる!?」
男が怒るのも無理はない。獲物の横取りは冒険者稼業でもっとも嫌われる行為の一つだ。
「理由を説明してもらおうか。事と次第によっては……」
星術師の男がマントの同じ色の手袋を付けた手の平を胸の前で構える。黒色のマント、手袋は星術師の基本的な装備であり、夜を表している。暗い闇夜の中でこそ星が強く輝くように、自身の内により強く星の力を取り込むための術衣だ。
そして、エリクは――
「な!? おいおいよせ!!」
制止の声を無視して、エリクは歩き始めた。
人間の絶対的な敵、魔族。片耳の狼牙族の下へと。
次にエリクのとった行動は、男たちのみならずアルシャまでも驚愕させた。
「嘘だろ……」
思わず一人がそう溢した。
エリクは、錫杖を片手に持ったまま両手を広げて男たちの前に立ち塞がった。アルシャをその背中に庇って。
いつ背後から魔族に襲われてもおかしくない。
「気でも狂ってんのか……? 魔族を庇うなんて……」
その常軌を逸した行動は男たちに覚悟を決めさせた。
「魔族を庇うの大罪だ。もう殺されたって文句は言えねぇぞ!」
男たちが各々の武器を構えた。もう争いは避けられない。