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第二章 よ、よろしくお願いします!(5/5)

 ぴちゃ……ぴちゃちゃ……


「おい、なんか聴こえねぇか?」


 落ち込んでいたミアも顔を上げて耳を澄ませる。


「……ほんとだ。なにかしら……水音?」


 フォルが周囲を見渡すが辺りには闇が蟠るばかり。通路に音が反響するせいで前後どちらから音が響いてきているのかも分からない。


「全員集まれ! これは……マズイかもしれねぇ……!!」


 一カ所に全員を集め、フォルは背中の星剣を抜いた。


 ぴちゃぴちゃという水音は大きくなる。大きさだけでなく、その発生源も増えているように思えた。音が反響してあちこちから響いているのではない。あちこちから音が鳴っている。


 びちゃん!


 何かが天井から落ちる音。そしてとうとう松明の明かりの中にそれが姿を現した。


「なるほどな……どうりで蝙蝠、虫の一匹いないわけだ……。ここは狩りをする粘菌(ヤークトスライム)の巣だッ!!」


 それは遺跡探索を行う冒険者たちの中でも特に恐れられている魔獣の名称だった。魔獣、獣とは言うがその姿は他の魔獣とは一線を画す。薄い赤色をした半透明の液状生命体。『動く肉塊』と表現されることもある。


 その肉塊が一つ、二つと現れてフォルたちを取り囲む。恐る恐るミアがカンテラの灯りを天井へと向けると――


「あ……これ死ぬかも……」


 遺跡の天井には大小様々な大きさの赤い塊が付着していた。今までは天井のひび割れにでも潜んでいたのか、雨水が染み出るようにその数を徐々に増している。


 狩りをする粘菌はその名の由来通り『狩り』をする。こういった遺跡の内部に潜み、迷い込んだ動物を一斉に取り囲み、自身の液状の身体で包み込んで窒息死させてしまう。取り込まれて息絶えた獲物はその体内でゆっくりと消化され最終的には骨も残らない。


 動きは緩慢(かんまん)。だが、狩りをする粘菌が冒険者たちに恐れられているのはその不死性にある。彼らは細胞の一つ一つが狩りをする粘菌であり、必要に応じて集合し大きな個体へと至っているに過ぎない。よって切断しようが叩きつぶそうが、分裂するだけで殺すことができないのだ。


 とはいっても、炎で焼き殺すことは可能だ。冷気で細胞を壊死させることもできる。それ故、それらの事象を起こすことができる星術師ならば駆除が可能だ。が、裏を返せば星術なしではまともに数を減らすことさえできず、細胞の一片でも残せばいずれまた増える可能性があるということを考えれば完全な駆除は不可能に近いと言っていいだろう。


「どうする、フォル」


 右腕に包帯を巻いたシャラが問いかける。その様子では右腕は使えまい。使えたとしても液状の狩りをする粘菌を殴ってどうこうできるわけがないが。


「どうもこうも……逃げるしかねぇだろうが! ナナカ! 俺以外の全員を光の盾で覆え! 俺には〈光輝〉を!」


「ど、どちらかしかできませんっ!」


「ぐ……じゃあ俺の〈光輝〉はいらねぇ! 自分らの保身だけ考えろ! 俺が道を切り開く! 全員走れ! 脚だけとられねぇように気をつけろッ!!」


 かつてないほど切迫したフォルの号令を受けて〈フォーマルハウト〉の面々が出口へ向けて走り出した。


「せやぁあああッ!!」


 一閃、フォルの振るう星剣ファム・アル・フートが肉塊の一つを両断する。


「我が星に乞うッ!!」


 ぶしゅうぅ――


 両断されても何食わぬ様子で蠕動していた肉塊がその掛け声とともに傷口から腐り落ちるように崩れていく。星剣の力が細胞を死滅させたのだ。


「すごい! 狩りをする粘菌を剣で倒せるなんて! これなら――」


 自分とミア、シャラを護るように光の盾を展開し、左右の肉塊を押しのけるようにフォルの後に続くナナカが喜色ばむが、


「数が多すぎる! それに、うおっと!!」


 天井から落ちてきた一際大きな狩りをする粘菌をフォルは横っ飛びで辛うじて避ける。ナナカの光の盾から生じる光で視界が拓けていなければ危なかった。


「一度掴まって星剣が振れなくなったら一貫の終わりだ!!」


 一度足を取られれば周囲の粘菌が一気に覆い被さってくる。質量に押さえつけれれば脱出は困難。呼吸器を塞がれればそのまま窒息死だ。


 人間は桶一杯の水だけで死ぬ。水が意思を持って動けばどれほどの脅威となるか。鋭い爪も牙もなく毒もない狩りをする粘菌が数ある魔獣の中でも特に恐れられている所以だ。


「とにかくこけないように慎重に! かつ全力で出口へ向かって走れッ!!」


「無茶言わないでよ!」


「死にたくなけりゃ無茶を通せッ!!」


 薄暗い中で足元と頭上両方に気を配りつつ一同は出口へ向けて走った。道を塞ぐように広がった粘菌はフォルが星剣で斬り払う。脳はおろかその他臓器すらないその肉塊がどうやって思考しているかは不明だが、遺跡に入ってすぐ襲ってこなかったのはフォルたちを逃がさないように奥へ誘い込むためだったのだ。一本道のこの遺跡の形状は狩りをする粘菌にとって絶好の狩場である。


「あっ!?」


 出口まであと少しというところでナナカが段差に(つまづ)く。身体を石畳に打ち付けた衝撃でナナカたちを護っていた光の盾が解除され、付近の狩りをする粘菌が飛びかかってくる。


「――ッ!!」


 意味はないと分かっていても咄嗟に短剣を抜いて構えたミアがナナカと粘菌の間に立ち塞がった。


 どぷんっ


 振るった短剣ごとミアの小柄な体躯が粘塊に飲み込まれる。


「ミアッ!? クソッ!」


 先陣を走っていたフォルが反転、遺跡の奥へと走る。


「シャラはナナカを抱えて先に行けッ!」


「承知!」


 有無を言わさずシャラはナナカの腰を左腕で抱きかかえるとフォルと入れ違いに出口へと走る。外の光はすぐ目の前だ。もうナナカの信仰術の光がなくとも視界は拓けている。


「我が星に――!!」


 粘塊の中でもがくミアに向けて、フォルが星剣を槍のように突き出して突っ込む。


 自ら赤い液状生物の中に突っ込んだフォルがミアの腕を掴んだ。


(乞う――!!)


 ばしゃんっ!!


 内部から星剣の力によって狩りをする粘菌が弾けた。拘束を解かれたミアがゴホゴホと咽込むが、それが落ち着くのを待つ暇もなくフォルがその腕を引いて無理矢理断立たせて出口へと走る。


「ぬおおおおッ!?」


 光の下へと転がり出たフォルとミア。出口ではすでに脱出したシャラとナナカが息を整えていた。


 ぶるぶる――


 光を浴びた狩りをする粘菌が小刻みに震えてその動きを止めた。遺跡の外へは出ようとせず、しばらく感情のない、顔さえもない虚ろな視線をフォルたちに向けた後ゆっくりと遺跡の奥へと姿を消していく。


 狩りをする粘菌は湿った暗い場所を好む。それでいて動きそのものは決して速くないため、逃げ場の多い屋外で狩りをすることはない。屋外ではその危険度は大きく下がり、生物の死骸を分解する掃除屋としての面が強くなる。彼らが狩りをするのは屋内限定なのだ。


「ぜぇ……ぜぇ……死ぬかと、思った……」


 息を切らしてフォルが大の字に転がった。星剣の力がなければ今頃全員窒息しているところだろう。


「まさか狩りをする粘菌が潜んでいたなんて……」


 呟いた直後、ハッとしてナナカがミアに駆け寄った。


「ミアさん! 大丈夫ですか! ?すいません、私を庇って……」


 心配するナナカにミアは片手を上げて応えるが、いまだ言葉は口にできず、口の中に入った粘菌を吐きだそうと咳き込んでいる。


「少し体内に狩りをする粘菌が入ったのかも……念のため教会で治療を受けたほうがいいかもしれません」


 狩りをする粘菌は狭い所に入り込む習性がある。それは身を隠すという以上に獲物の呼吸器を塞ぐ目的だ。多少体内に粘菌が入り込んでも命に別状はないし、やがては体内の防衛機構によって死滅するが、肺などに入り込めば感染症の危険がある。


「この場で治療はできないのか?」


「体内を完全に浄化するとなるとかなり高度な信仰術になるので私では……」


「そうか……」


 フォルが空を仰ぎ見る。まだ日は高い。遺跡に入って二時間程度しか経っていないだろう。


「フォル」


 シャラが決断を促すように〈フォーマルハウト〉のリーダーに呼びかける。その右腕に巻かれた包帯は激しく身体を動かしたせいで真っ赤に染まっていた。


 ゴホゴホとミアは咽込んでいる。それらを鑑みて、フォルは――


「……依頼失敗だ。帰ろう」


 その決断に声を上げたのはミアだった。まだ喋るのは辛いだろうに、なんとか声を張り上げる。


「で、でもゴホッ……そ、れじゃ……」


 フォルは星剣で空を斬り刃についた粘菌を払うと背中の鞘へと納刀する。


「仕方ねぇだろ? このまま探索を続けてどうなる? 俺のファム・アル・フートじゃなきゃ狩りをする粘菌は倒せねぇ。俺一人じゃ全滅させるのにどれだけ時間がかかることやらだ。どのみち俺たちじゃ無理な依頼だったんだよ」


 ミアが悔し気に俯いた。フォルの言う通り、このまま探索を続行するのは現実的ではない。


「俺たちってか、他の冒険者でも狩りをする粘菌の駆除なんてそうそうできやしないって。案外運が良かったのかもな。狩りをする粘菌がいたっていやぁ、イルゼさんも大目に見てくれるんじゃねぇか?」


 場に満ちた暗い雰囲気を少しでも和らげようとフォルが努めて軽薄にカラカラと笑ってみせるが、その場の雰囲気が和らぐ事はなかった。


 馬車の元へ戻り、信仰術によるシャラの腕の治療を終えた一同はその日の内に帰路についた。帰路の間、誰もが口数少なく、普段の無駄に騒がしい〈フォーマルハウト〉とは別物のようだった。


 フォルの言った運が良かったという言葉はある意味では真実だった。依頼失敗がそのまま死に繋がる冒険者稼業だが、幸いなことにフォルたちは誰一人として死ななかった。


 普通の冒険者パーティーなら、それで終わりの話だった。


 だがフォルたち〈フォーマルハウト〉は違う。〈フォーマルハウト〉は普通の冒険者パーティーではない。全ての冒険者の憧れ、こなせぬ依頼なしと謳われる頂点の称号。


 それが五ツ星。例え相手が狩りをする粘菌であろうが魔族であろうが、不甲斐ない結果は許されない。だからこその五ツ星。そもそも最初の失敗でそれを失っていたとしてもなんらおかしくはなかったのだ。どんな理由があろうとも、最終勧告の後〈フォーマルハウト〉は依頼に失敗した。


 その瞬間に、五ツ星パーティーとしての〈フォーマルハウト〉の輝きは失われたのである。

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