第二章 よ、よろしくお願いします!(4/5)
ナナカの存在に心から感謝しつつ腹ごしらえを終え、後かたずけを済ませた一同はいよいよ遺跡の探索に取りかかる。
「……お、あったぞ!」
依頼になっているわけであるからして、大方の場所は分かっていたため特に時間はかからぬうちにそれは姿を現した。蔦が這いまわる石柱がいくつも横たわる中、その中心と思しき場所でそれは大口を開けて一同を待ち構えている。
「なるほど。街道方面から来たんじゃ近くの大岩が邪魔で見えないわけだ。それで今まで見つからなかった、と」
「そもそも街道から結構離れてるじゃない。魔獣も出るような場所だし、こんなとこ誰も来ないって」
太古の昔に建造された古代遺跡は大陸の各地に多く点在し、その数はいまだはっきりとしない。街のすぐ近くで発見される場合もあるし、土砂崩れなどで地形が変わった時に姿を現したという例もある。街の地下に実は迷宮が広がっていた、ということもあるぐらいだ。
「うぅ……流石に目の前にするとちょっと緊張してきました……」
どこかに通気口でもあるのか、獣の吐息のような生ぬるい風が吹き出してきてナナカたちの髪を揺らす。
草木の茂る穏やかな丘陵の袂にぽっかりと空いた大穴。地獄の底へと至るかのような階段が深淵へと続いている。四人が横に広がって進んでも余裕のある広さの通路の壁面はただの岩肌ではなく、人の手によって加工された痕跡が多くあった。だが、そこに人が足を踏み入れたのは遥か昔。今となってはそこに人間の営みはなく、十歩も踏み込めばたちまち光は途絶え、闇が侵入者を包み込むだろう。
「ナナカは武器を持つ必要がないから代わりに松明を持ってくれ。隊列はナナカを中心に組む。先頭はミアだ。一番小回りが利く。俺が二番手、次いでナナカ。しんがりはシャラ」
「分かりました!」
「りょーかい」
「妥当だな」
隊列が決まったところで一同は遺跡内部へと脚を踏み入れた。
人数分の足音が壁面に反響して四方から耳朶を打つ。まるで大人数が行進しているかのよう。
「静かなもんね」
「なんもいねぇな」
先頭を行くミアはナナカの松明とは別に小型のカンテラを持っている。中に灯っている火も小さく、頼りない光量だが内に貼られた反射板によって光が一方向に収束するようになっている。調べたい場所をピンポイントで照らすための道具だ。
「ま、平穏無事で済むならけっこう! これで五ツ星が維持できるならラッキーだぜ」
「静かすぎるような気もしますけど……」
少し不安げなナナカの前を行くフォルは手に羊皮紙を持って木炭で地図を描いている。歩きながらというのもあってお世辞にも上手とは言い難いが、大まかな地形を把握できていれば遺跡から出た後にミアが描き直すので問題ない。
「ん、ちょっと明かりが欲しいな。もっと寄ってくれ」
「はい!」
松明を持ったナナカがフォルに身体を寄せる。
ふに。
「わお、ナイスクッション! うあ熱ッチチっ!」
「すいません! 近すぎました!」
馬鹿をやっているフォルとナナカの後ろ、しんがりを務めるシャラは騒々しい二人に構わず周囲の暗闇を見回していた。
「――本当に静かすぎるな。蝙蝠ぐらいいてもいいはずだが」
薄明りで照らされた足元を見やるが、そこには風化した遺跡の石畳があるばかりだ。これほどの空洞なら住み着いた蝙蝠の糞が堆積していてもおかしくないはずだが虫一匹見当たらない。
「……気にするほどのことでもないか」
何もいないなら好都合、と〈フォーマルハウト〉の面々は順調に遺跡探索を進めていった。
「広いんだけど……一方通行ね。分かれ道一つない」
入口は階段となっており地下へと続いていたが、一度平坦になったあとは幅広の通路が延々と真っすぐ続くばかり。もう相当な距離を進んだはずだが小部屋一つない。
「隠し部屋とか見落としてんじゃねーのか? カンテラ持ってるのはお前なんだからしっかりしてくれよー」
「うっさいわね! 前まではエリクが索敵用の信仰術で遺跡の構造も把握してたんだからあたしが調べる必要なんてなかったじゃない! 急にやれったって無理よ!」
「すいません……私がいたらないばかりに……」
「いやいや、ナナカは悪くないって。前のやつがちょっと……あれだっただけだって」
言葉を濁したフォルだったが、ナナカと共にいればいるほど、一般的な水準の神官を知れば知るほどどれほどエリクが異常だったのかを痛感する。優秀だとか、そういう次元ではない。まさしく規格外。同じ信仰術でもエリクとそれ以外の者が使うそれでは雲泥の差があり別物にすら思える。
ナナカの使える索敵の術ではこの広い遺跡を探索するのは荷が重かった。
(あれで性格さえよけりゃあな……)
詮無いことを考えていても仕方ない。少し機嫌の悪くなったミアを先頭に一同はさらに先へ進んでいく。
「あ!」
そしてふとミアが声をあげた。
「ここの壁、何か仕掛けがあるわ。きっと隠し部屋ね!」
「ほんとかぁ?」
ミアがカンテラで照らす辺りをフォルも覗き込むと、確かに壁の模様に不自然な凹凸がある。
ただの祭壇であるはずの遺跡になぜ隠し部屋があるのか、というと当時は信仰する神々ごとの派閥争いがあったからだと考えられている。他の神を信仰する者から大事な宝物を守るため、遺跡には隠し部屋や侵入者対策の罠が仕掛けられているのだ。あるいは数百年後にフォルたちのような盗掘者から宝物を守るためかもしれないが、今となってはその真意は神のみぞ知るところである。
「えーと? ここをこうして……えー……」
ミアがなんとか仕掛けを解こうと奮闘するが、なかなかうまくいかない。
「某がカンテラを持とう。それか力づくで……」
「脳筋が過ぎる……待ってもうちょっとで……ここかな?」
ガコン!
その瞬間だった。
咄嗟に反応できたのはシャラだけだった。ミアが弄っていた壁と対象方向の壁面から突如として槍が飛び出してきたのだ。槍が狙ったのはミアよりも入り口側の空間。ミアが見つけたのは隠し部屋の仕掛けではなく、侵入者を内部の者が迎え撃つための罠だったのだ。
そしてその槍の通過する位置には、不意の出来事にまるで反応できてないナナカがいた。
「〈練命行〉――!!」
ナナカに体当たりするかのようにその身体を押しのけ、シャラがナナカを庇う。飛び出してきた槍は三本、一本は虚空に抜けた。一本は硬化した彼女の腹筋が弾いた。だが最後の一本は――
滅多に聞くことのない、彼女の苦悶の声が漏れる。最後の一本はシャラの右腕を貫いていた。
「シャラさん!?」
石畳に投げ出されたナナカが打ちつけた膝の痛みを忘れてシャラに駆け寄った。丸太のようなシャラの剛腕から赤い血潮が滴り落ちる。
「問題ない。骨は無事だ」
その言葉を裏付けるようにシャラは無事なもう片方の腕で強引に槍を引き抜いてしまう。栓を失った血管からさらに鮮血が溢れた。
「駄目ですよそんな乱暴にしちゃ! すぐに止血と、安静にした状態で信仰術による治療を……」
「この場ですぐには治らないのか?」
「こんなに大きな穴すぐには閉じませんよ! 神様だって万能じゃないんです!」
「そうか……」
何か思うところがあったようだが、シャラはそれ以上言葉にしなかった。ナナカは松明を置いて肩からかけていたポシェットから医療器具を取り出した。薄闇の中でも手早く処置を施していく。かなり手慣れている。
「おいミア」
「ごめん……」
フォルに咎められてミアはしゅんと俯いた。
「気にするな。このメンバーになって初めての遺跡探索だ。失敗することもあるだろう」
シャラ本人はそう言うが、気にするなとは言われてもシャラの負傷は明らかにミアの失態だ。自責に駆られ黙り込んでしまったミアを筆頭に場の空気が重くなる。
「……………?」
一同が黙し、足音も無くなり、ただパチパチと爆ぜる松明の音が響いていた遺跡に異音が混じり始めたことに最初に気付いたのはフォルだった。