第二章 よ、よろしくお願いします!(3/5)
そして翌日。
「いたっ! 尻が痛い! おいシャラ! もっと揺れない道を通ってくれよ!」
「鍛え方が足りないから痛いのだ。これを機に下半身の筋肉をもっと鍛えるといい」
「お前みてぇに鉄の塊みたいな尻になって堪たまるか!」
「フォル……他の二人もいるんだぞ……。そんないやらしい目で見ないでくれ。恥ずかしい……」
御者台にいるシャラに文句を言っていたフォルだが、相変わらずの様子に辟易して口を閉じた。
〈フォーマルハウト〉の一向は馬車で目的地へと向かっていた。二頭立ての馬車の車輪が小石を踏むたび、後ろの荷車が跳ねる。整備されていない悪路を通っているというのもあるが、木製の堅い椅子は車輪の振動を直に乗客に伝える。フォルでなくとも乗ってしばらくすれば尻が痛くなるだろう。
「もー、だからもっと良い馬車借りようって言ったのにー」
「仕方ないだろー、最近依頼の失敗が続いてたせいで貯蓄も減ってきたんだ。節約できるところは節約しねぇと」
だったら人に奢ったり、そもそも毎夜の酒を控えればいいのに、とは誰も言わない。
それはもうフォルの性分だ。やめようと思ってやめれるものではあるまい。
「だったらあんた、クッションになってよ」
「なんでだよ! お前自分だけ楽しようとして……」
仲良さげにじゃれ合う二人を見て、ナナカがクスクスと笑っていた。なんとなくばつが悪くなってフォルとミアが一旦口を閉じる。
「あー……ナナカは大丈夫か?」
「ええ、大丈夫です」
なんとなしにフォルはナナカの腰に目をやり、
(安産型か……)
それはさておき。
「そういえばさー、ナナカはどうしてうちに? 前のパーティーはどうしたの?」
尻の痛みを紛らわすためか、ミアが話を切り出した。フォルも後々訊いておこうと思っていた話だったので、興味津々と身を乗り出す。
募集要項をクリアしているということは、ナナカは三ツ星以上の冒険者パーティーに所属していたわけだが、そこを離れた理由まではまだ聞いていなかった。
「……ちょっと暗い話になってしまうのですが、よろしいですか?」
「嫌じゃなければ」
そう前置きしてからナナカは語り出す。
「前のパーティーは、解散しました。メンバーが足りなくなったんです」
メンバーの不足。その原因など、たいてい決まっている。
「なんてことない依頼の帰りでした。雨宿りのために偶然立ち寄った森の中の洞窟で、私たちは魔族の集団に襲われました」
「魔族の集団? 人間の領地でか?」
疑問に思ったフォルが聞き返すと、ナナカはこくりと頷く。
メイシス王国はいくつもの防衛拠点を気付き、魔族が人間の領地に侵入してくるのを防いでいる。以前フォルたちが出くわしたような単独の逃亡者ならともかく、人間の領域に集団の魔族がいるとは考えづらい。
「私たちが出くわした魔族はそのどれもが身体の一部に欠損がありました。お聞きになったことはありませんか?同族から追放された魔族が人間の領地を彷徨いつつ隠れ住んでいるという話。おそらく魔族の罪人が身を寄せ合って隠れ住んでいた洞窟に私たちは迷いこんでしまったのでしょう。運が悪かったんでしょうね……」
確かに、そういった噂は冒険者たちの間でまことしやかに囁かれている。だが実際に出くわした者がいるとはフォルたちも驚きだ。
「私たちは必死に戦いましたが、多勢に無勢でした。一人が殺された時、私含め残った三人は散り散りに逃げ出しました。魔族も私たちを一人でも逃がせば居場所が人間にバレることが分かっているので、必死で追いかけてきました。追いつかれそうになりましたが、私は無我夢中で雨で増水した川に身を投げ、流れに身を任せることで追手を撒くことができました」
増水した川に身を投げるなど、自殺行為もいいところだ。それで生きていたのだからかなりの幸運だったと言える。魔族も追いようがあるまい。
「町に戻ると、メンバーの一人も命からがら逃げ伸びていました。再開を喜んだ私たちは、すぐさまこのことをギルドに報告し、討伐隊を派遣してもらいました。ですが、すでに洞窟はもぬけの殻でした。最初に殺された一人の遺体を回収し、森の中でもう一人の遺体も見つけて、弔いました」
「悪いな……辛い話をさせちまった」
フォルが頭を下げるが、ナナカはいえいえと首を振った。
「冒険者にとって、仲間の死は珍しいことではありません。そうでしょう? ですが、私と共に助かったもう一人は冒険者であることを辞めてしまいました。一人残された私が、どうしようか考えあぐねているところ、皆さんが新メンバーを募集していることを知ったのです」
それはある意味、運命的なタイミングだったのだろう。新しいパーティーを探していたナナカと、ナナカにぴったりな募集要項。〈フォーマルハウト〉の実績は申し分なく、評判から人柄も保証されている。
「そんな辛い思いをしてまで、どうしてまだ冒険者を続けるの?」
ミアがそう訪ねた。
冒険者を辞めたもう一人を臆病者と罵る者はおるまい。ナナカも少なからずそういう選択肢を考えたはずだ。それでも彼女が冒険者であることを選んだ理由とは。
ナナカは胸の前で腕を組み。瞳を閉じた。
「それはもちろん、女神アリエの教えを広く世に知らしめるため。そして何より、私の力がもっとも人の役に立てるのが冒険者だからです。神から授かったこの力、私はこの力でより多くの人を救いたい。だから私は冒険者を続けるのです」
その敬虔なアリエ信徒としての姿勢にフォルは眩しくて思わず天を仰いだ。
「かー! 前にいた神官にその言葉聞かせてやりてぇぜ。なぁ!」
「あいつ、身なりは一応神官だったけど、術を使う時以外に神に祈ってるところなんて見たことないもんね」
そして話題は別のことへ。新メンバーであるナナカとの仲を深めつつ、新たに発見された古代遺跡へ向かうために一同は馬車で丸一日揺られることになった。
一泊野営を挟みつつ、新たに発見された古代遺跡近辺に到着したのは出発した日の翌日昼である。
「さて……まずは遺跡の入り口を探さねぇとな……」
馬車を適当な場所に止め、〈フォーマルハウト〉の面々は目的地に降り立った。
ぐるりとフォルが周囲を見回すと生い茂る草木の合間合間に崩れた石柱が顔を覗かせていた。遥か昔、人々が生活の全てを神々に頼り切りだった頃の建築物。遺跡と呼ばれる物の大半は神々に祈りを捧げるための祭壇だ。それが巨大であるのは神々の偉大さを示すためであると考えられている。その多くが岩山を繰り抜いたり地下にあったりするのは巨大な建造物を地表に組み上げる技術がなかったからだ。ただ削るだけなら星術によって比較的容易である。そのことが逆に永い時間を倒壊せずにその威容を保つことに繋がっているのは信仰心の為した奇跡と言えるかもしれない。
もっとも、それ故に一度人々がその存在を忘れ去ると再発見を難しくしてしまう要因にもなっているのだが。
「その前にあたしお腹空いたー」
太陽はもうそろそろ真上に来ようかというところ。何かするにしても昼食を摂ってからのほうがいいだろう。
「お昼ご飯なら任せてくださいっ!」
ナナカが名乗りを挙げてむんっと気合いを入れる。それに頷いた他の面々は火熾しなどの分担を決めてテキパキと準備を始めた。
何の設備もない道端かつ持ち込んだ食材だけを使った調理はすぐに済み、程なくして昼食が出来上がる。
「今日も生きる糧を得られたことを神に感謝します」
ナナカの祈りを合図に一同は食事を開始した。
「あー……うめぇ……これだけでもナナカが仲間になってくれてよかったと思える……」
「心から同意するわ……」
「うむ」
「大したものじゃないと思うんですけど……」
冒険者が野外で食べる食事などロクなものはない。食事の度に狩りなどしていられないので、大抵は堅焼きパンと干し肉を湯でふやかして食べる。栄養補給以上でも以下でもないものだ。
「スープに味がついてるってのが感動だな……ミアが作るとせいぜいただの海水だからな……」
「あんたが作るドブよりマシじゃない?」
「旨いに越したことはないが、某は白湯でもかまわんぞ」
「えと……作り方教えましょうか?」
五ツ星冒険者パーティーの劣悪な食事環境を垣間見たナナカであった。




