第91話
4巻の執筆作業につき、更新が遅くなっております。申し訳ございません。
「予想はしていたけど、あまり良い話では無かったようだね」
「………」
「まぁ、そうだな」
ミーシャたちとの話を終え、生徒会室を後にすると廊下で待機していたらしいガレスとリリーが声を掛けながら近付いてくる。
「ちなみに僕たち話せる内容かい?」
「いや、口止めされてる」
「それは残念」
「………」
俺の言葉にだろうなと予め予測していた様子で頷くガレスに対して無言のリリーは視線で内容を言えと訴えてくる。
「……とりあえずここで立って話すのもアレだし、移動しようぜ」
俺はそんなリリーの頭を撫でながら制するとそう提案をするのだった。
******
「お前ら、今更だけど今日の講義は大丈夫なの?」
学院都市ガラテアの一角に設営されている図書館へと足を運んだ俺は個室ブースの余りがあることを確認しながら二人に尋ねる。なんか流れでここまで来ているが、よくよく考えると二人とも午後に取っている講義があった気がするが……。
「「サボった」」
「おい」
二人のサボりの発言に思わず突っ込みを入れながら俺は使用欄に名前を記入する。
サボっちゃダメだろと言いたいところだったが元を辿れば原因は俺にある為、強く言うことはできない。
「まぁ、一回くらいは平気だろ」
「何なら全部出なくても問題ない」
「流石に一回くらいは出ておこうぜ」
確かにリリーなら講義に一度も出ずにテストだけで最高評価を取れそうだと思いながら俺は言う。
「トラルウスとかはテストだけで単位を取得してるんじゃないか?」
「確かにしてそうだな」
実際に確認している訳じゃないが、アイツの知能と出席数を考えると充分にやっていそうである。というか、多分している。
「よし、俺達は四番の個室だ」
話している内に使用申請を出して受理された俺達は適当な本を手に取って防音の個室へと足を運ぶ。
「ローク」
「分かったから、とりあえず座れ」
入室するなり、圧を掛けてくるリリーに俺はそう言いながら近くの椅子にゆっくりと腰を下ろす。
少し遅れてガレスとリリーも対面に座ると俺は一呼吸置いた後にゆっくりと口を開いた。
「さて、どこから話すか」
「その前に良いのかい? 口外禁止だろ?」
「どうせ、いずれは分かることだ」
そう、そもそも今回の内容は隠し切れることじゃない。
いずれは分かることなのだ。ただ、それが少し早いか遅いか、その程度のことなのだ。
それに———。
「お前らのことは信頼してる。何も問題ないさ」
「……そうか、なら遠慮なく聞かせて貰おうかな」
「フッ」
俺の言葉にガレスは穏やかな笑みと共に頷き、リリーはどこか誇らしげな笑みを浮かべる。そんな二人の様子にどこか気恥ずかしいものを感じながらも俺は先程、生徒会室で話した内容、加えて隠していた大精霊演武祭の最終競技で起きたことの全てを二人に伝える。
「そんな、まさか……」
「四凶の復活……」
すると最初は笑みを浮かべていた二人の表情は段々と険しくなっていき、四凶の復活を知った時には普段の彼らからは想像もできないような表情を浮かべていた。
「俄かに信じ難い話だとは思うが………」
「そうだな。こんな与太話、普段なら有り得ないと一蹴するところだけど、ここ最近の出来事を考えれば決して現実味の無い話では無いな」
「うん」
説明を終え、随分と現実味のない話だと改めて思う。
古い歴史に名を残した邪霊の復活など俺が生きている時代に起こるなど想像だにしなかった。
「けれど、まだまだ分からないことが多過ぎるな」
ガレスは個室に入る際に予め借りていた歴史書をパラパラと捲りながら言う。
「四凶の封印はあの英雄が施したものだ。そう簡単に解かれたとは考え辛いし、もっと言えば四凶を解放する理由もよく分からない」
「話では闇の時代を作るとか言ってたな」
「闇の時代……ねぇ」
ユーマのことを思い返いながらそう言うとガレスは訝しげに目を細める。
「アバウト」
「まぁ、確かに。恐らく邪霊が当たり前に跋扈する世界を作りたいってことなんだろうが」
リリーの率直な感想に俺はユーマの考えを憶測交じりに口にする。
尤も仮に違ったとしても言葉のニュアンスから嫌な予感はひしひしと伝わってくるが……。
「四凶は人も精霊も、同じ邪霊すらも見境なく襲う凄まじい凶暴性とアーサーという英雄を持ってしても封印という方法でしか処理ができなかったほどの力を持つ邪霊だ。闇の時代っていうのが、どういうものかは知らないけど世迷言だと流すことはできないね」
「ああ、そうだな」
まだアペプスは復活直後で弱体化している状態とはいえ、それでも並の精霊達を優に越える力を持っている筈だ。
決して油断することはできないだろう。
「……暗冥龍」
リリーはガレスが開いた四凶についての記述が乗った歴史書のページに視線を向けながらアぺプスの二つ名を口にする。
「かつて小国に現れたアペプスが一夜にして、国を跡形もなく滅ぼした逸話からついた名だな」
昔、邪霊学のレポートを書く為に師匠から借りた文献の知識を思い返しながら呟く。
「曰く、アペプスは人も精霊も全てを闇の中に飲み込むか」
「本当にそんなことができるなら絶望的だな」
アぺプスの伝承を口にするガレスに対して俺は苦笑気味に言う。
大抵の場合、逸話や噂というのは実際の出来事が時の流れと共に尾鰭が付いて語られていることが多い。願わくば俺のように実際よりも大袈裟に語られていることを願おう。
「まぁ、アペプスの力に関しては実際に見てみないことには分からないな。けれど、それ以前に僕が気になるのは———」
「今の時代にアぺプスと契約できる精霊師がいるとは思えない」
ガレスの言葉に繋がる形でリリーが根本的な疑問を口にする。
「それは……」
「私も邪霊を使役する一味の一人を見た。確かに驚いたし、優秀な精霊師だとは思った。けど、それでも四凶を使役できるような精霊師には見えなかった」
「…………」
恐らく俺たちを含めてミーシャやアルベルト先生、アペプスが解放されたことを知っている人々が皆、抱いている疑問だろう。
俺はホーンテッドを含めて計四人の精霊師と出会ったが、彼らの中に四凶と契約できるほどの実力者がいたようには思えないが……。
「それならわざわざアペプスの封印を解いたりするか? 使役できない四凶を解放するのは流石に危険過ぎるだろ」
「四凶ほどの邪霊なら解放するだけで充分、各国への牽制になる筈」
「確かにどの国も今はアペプスに意識を向けているだろうしね。その間に別の目的を果たそうとする可能性もあるか」
「別の目的……」
四凶を開放し、その果てに彼らは何がしたいのか。
ユーマは闇の時代を作ると言っていたが、だとしたら彼らは全ての四凶を解放してまた戦争を起こすことが目的なのだろうか?
「まあ、けれどここら辺は考えても仕方ないかもな。事実としてアーサーの封印を解除できるほどの実力者がいるのは確かだし、四凶を使役する方法があってもおかしくはない」
「だとしたらどうすれば、良いんだ?」
ヴラドやクロム・クロアハといった邪霊達が相手でギリギリだったというのに、仮に四凶を使役できるとしたら俺達に勝ち目なんてあるのだろうか。
「どうもこうも任せるしかないだろう」
「任せる?」
「言葉通りの意味さ、君もアルベルト先生から言われたんだろう? 僕らが出る幕では無いって」
ガレスはそう言って椅子の背もたれに身体を預けると深いため息を漏らす。
「事態は既に僕らがどうこうできる状況では無くなっている。アルベルト先生の言う通り、大人しく先生達や王国精霊師団に任せた方が良い」
「…………」
確かにその通りだ。
四凶ほどの邪霊が絡む事案となれば俺のようなガキがしゃしゃり出たところで何ができるという訳でも無いだろう。
「…………」
けれど、本当にそれで良いのだろうか……。
できることはないと匙を投げるには俺はあの組織との関わりが深過ぎる気がしてならない。
「君の不安は分かるよ、ローク」
そんな俺の様子を見て察したガレスがそう口を開いた。
「霊力量や精霊と精霊契約が結べない点、そして何よりも邪霊と簡易契約が結べる点。君自身が思っているように僕から見てもやはり君は少し特殊だと思う」
「……ガレス」
「そして多分、ユーマやそのホーンテッドとかいう精霊師達が君を勧誘したということは少なからず、その認識は合っているんだろう」
俺の身体には何かがある。
そんな確信を口にするとガレスは次の瞬間、打って変わってどこか揶揄うような口調で話を続ける。
「その上で敢えて言うけど、ローク。君は少し特殊かも知れないがそんな大層な人間じゃないよ」
「……えっ?」
今、もしかして俺ディスられた?
流れで自然に言われた為、一瞬気付くのが遅れたけど今、俺ディスられたよね?
「精霊と契約できないことを恥ずかしがって言えなかったり、学位戦で変に格好付けて自分を追い込んだり———」
「ちょっと待ってくれッ! 俺の黒歴史を掘り起こすのはやめてくれないかッ!?」
グサグサと容赦の無いガレスの言葉の刃が俺の心に突き刺さり、メンタルが崩壊しそうになった俺は部屋中に響き渡るほどの声で叫んでしまう。
「えぇ、まだまだあるけど?」
「聞きたい」
「聞くなッ!?」
目を輝かせてガレスに先を促そうとするリリーに俺は叫ぶ。
俺を殺す気かッ!?
けれど、そんな俺の思いを他所にガレスはクスクスと楽しげに笑いながら「ほらね?」と告げる。
「ローク、君はその程度の人間なんだよ。幾ら特殊な才能があるとは言っても所詮は僕達と大して何も変わらないユートレア学院の一学生でしか無いのさ」
「……ガレス、お前」
「さっきも言ったように今、この件で僕達ができることはほぼ無いに等しい。だから今は難しいことは大人達に託して僕らは学生らしく、学業鍛錬に励めば良いさ」
「……そうだな」
言われてみると確かに気負い過ぎていたかも知れない。
事態が深刻なことには変わりないが、それでも俺はもう少し肩の力を抜いて考えるべきなのだろう。
「リラックスリラックス」
「はいはい」
そう言って身体を乗り出し、頭を撫でようとしてくるリリーに俺は苦笑を浮かべながら頭を下げる。
「まぁ、とはいえアペプスのことを意識しておくことは大事だろうけど……」
ガレスはそう言うと本を閉じて立ち上がって俺たちに向かってニッと笑いながら言った。
「とりあえず難しい話をして疲れた。僕が奢りで甘い物でも食べに行かないか?」
「お、奢りかッ!」
「賛成。すぐ行こう」
ガレスの奢りという言葉に釣られた俺とリリーはすぐに借りた本を片付けると部屋を出て甘味を求め、慌ただしく図書館を出ていくのだった。




