第74話
お待たせしました、最新話です!
そして私事ですが、本作の3巻が4月25日に発売になります!
刀彼方さんの可愛いイラストも沢山あるのでぜひ、ご興味のある方はぜひ購入を検討して下さればと思います!
それでは本編をどうぞ。
「全部ロークが悪い」
「流石にそれは酷くない?」
不貞腐れた様子で膝に頭を置くリリーにロークは困惑気味に尋ねる。望む成績を出すことができなかったリリーは帰還するやロークに八つ当たりを行っていた。先程まで座っていた燈はケイと本日二度目となるレイアと共に次の競技に選ばれたことで既にこの場におらず、現在は再びリリーが独占していた。
「まぁ、そういう時もあるさ」
「うぐぐぐ」
行われた競技はチェイサー。追跡者として用意された精霊院の精霊から逃げ切った時間の長さを競う勝負だったのだが—————。
「まぁ、競技との相性が悪かったな」
まずミノタウロスは一瞬の移動速度ならともかく、長時間の間を逃げ回ることができる能力を持っていなかった。なので、蜃による霧を使った幻術で隠れるという戦略を取ったのだが、他校の風精霊による妨害で霧を払われ呆気なく追跡者に捕まってまった。
「あの女、許さない」
「勝負なんだから仕方ないだろ」
自分を妨害した選手に恨みを募らせるリリーの頭を軽くポンポンと叩き、あやしながらロークは言う。
「次、頑張ればいいだけだろ? 違うか?」
「……うん」
ロークの言葉にリリーはゆっくりと身体を起こしながら頷く。ようやく機嫌が直ってきたらしい。
「……勝ったか」
歓声が耳に入り、スクリーンに視線を向けると見事に一位を飾ったらしいユートレア学院の代表三人の姿が映し出される。学院最強クラスの精霊師であるケイが参加した時点で勝利は硬いとは思っていたが、案の定であったようだ。
と、味方の勝利に安堵しているとふと尿意を催してきた為、ロークは相変わらず膝上を占領するリリーに退くように声を掛ける。
「………リリー、ちょっとトイレ行くから退いて」
「やだ」
「離れないと一番被害を喰らうのはお前だぞ」
自らの尊厳を掛けた脅しが功を奏し、リリーが退いたのを確認するとロークは一度、身体を伸ばした後、トイレへ向かうべく控室の扉を出た。
******
「ふぅ……ん?」
トイレを済ませたロークが控室に戻ろうと長い廊下を歩いていると前方からリベル学院の黒い制服を纏った少女が歩いて来るのが見えた。遠目からでも分かるほど整った容姿をしており、思わず視線が吸い寄せられる。
「……?」
距離が近付き、その容姿が鮮明になっていくにつれてロークはふと彼女の姿に強烈な既視感を覚えた。
「ん? あれ、君って確か……アレアス君だよね?」
流石に見つめ過ぎてしまったらしい。少女はロークの視線に気付くとその表情を綻ばせながら声を掛けてくる。
「えっ、あ、はい。そうですが………って、貴女はッ!?」
そこでようやくロークは気付く。
彼女が霊輪祭の時に現れたリベル学院の学生、あの月影燈の姉と思わしき—————。
「やっぱり、そうよね。丁度良かった」
「———ッ!?」
発言の真意を尋ねようとしたロークはその直後、いつの間にか目の前にあった少女の美貌に反射的に後退して距離を取ってしまう。
「へぇ、競技の時も思ったけど良い動きをするのね。けど、そんな風に距離を取られるのはちょっとショックね?」
「…………」
ショックという言葉とは裏腹に明るく揶揄うような口調で話し掛けてくる少女にロークは何一つ言葉を返す余裕が無かった。
———全く動きが見えなかった。
霊輪祭の時といい油断していたとはいえ、少女が近付いてきたことに全く反応することができなかったという事実がロークに凄まじい衝撃と恐怖心を与える、
「会長が気になるのもちょっと分かるわね」
「……会長って、リベル学院の」
「そう、演武祭が始まる前に話したんでしょ?」
どうやらユーマと英雄広場で会話したことを彼女は知っているらしい。
確かに考えてみれば同じ学院の学生なんだし当然と思いつつロークはどこか薄ら寒いものを感じずにはいられなかった。
「是非、何かの競技で勝負してみたいものね?」
「謹んでお断りします」
どこか淫靡さの漂わせながらそう口にする月影燈の姉(推定)に対してロークは明確な拒否の意を示す。彼女の瞳は獲物を見つけた時の捕食者のような鋭さを帯びており、これ以上関わるのは危険だと自身の危機管理能力に従ってこの場から離れようとするが……。
「けど、よく考えたら競技で戦えるかは運だものね。困ったわ」
「俺の言葉、聞いてました?」
ハッキリと拒否した筈なのだが、まるでこちらの言葉など聞いていなかったと言わんばかりの反応を示す彼女にロークが思わず難色を示していると……。
「………うん、やっぱり少しだけ摘まもうかしら?」
「は?」
ゾクリと背筋を走る悪寒。彼女の言葉の意味を理解する前に白い何かが足に巻き付き、ロークの身動きを封じられる。
————これはヤバい!
拘束から離脱するべく依代へと手を伸ばすロークを見て笑みを深くする少女の足元から凄まじい霊力と共にぬるりと白い鱗に覆われた細長く身体が姿を現そうとする。
「それじゃ———あら?」
少女から放たれたプレッシャーが突然、霧散したかと思えばその姿が影から伸びた白い鱗を纏った巨体に覆い隠される。
その直後、響き渡る金属音を彷彿とさせる甲高い音にロークが困惑しているとスルスルと音を立てながら白い巨体が影の中へとその姿を消し、その身体によって隠されていた景色が露になる。
「ふふ、前回と言い随分とご挨拶ね」
「…………」
微笑む少女と相対するもう一人の少女。ユートレア学院の制服を身に纏ったその少女の登場にロークは驚いた表情で声を掛ける。
「燈? どうしてお前がここに?」
「…………」
ロークが問い掛けるも燈はまるでこちらの言葉など聞こえていない様子で刀を片手に殺気だった表情で少女を見つめている。
「あら、私の妹と仲良くしてくれているの? 嬉しいわね」
「妹って……やっぱり」
そんな燈の代わりに少女が言葉を返すとロークは想定外の返答に驚きで目を見開く。
「ああ、そう言えば自己紹介をまだしていなかったわね」
そう前置きした上で彼女は背後の燈を一瞥した後に言う。
「私は月影暗。その子の姉よ」
怪しげに微笑むその姿がかつて自分に斬り掛かってきた燈と瓜二つなこともあり、ロークは妙な納得感を覚えるのだった。
*****
「なぁ、燈」
「うるさい」
「まだ何も言ってないだろ……」
選ばれた選手達が控室の出入りを繰り返す中、時を見計らって俺が改めて燈にそう声を掛けるとジロリと苛立ち交じりの視線と共に騒な返事が返ってくる。
落ち着いたタイミングを狙ったつもりだったが、どうやらまだ燈の内心は荒れているらしい。
「月影さんに姉、あの人か?」
「違う」
「ああ、やっぱりリベル学院の選手だよ」
ガレスの質問に対して燈の言葉に重ねるようにして俺が姉のことを答えると鞘に入ったままの刀を勢いよく振り下ろされる。
「それはまた、厄介そうだね」
「ああ、本当に見れば見るほど燈にそっく————悪かった。ちょっとしつこかったのは認めるので力を緩めてくれませんか?」
白刃取りの要領で刀を掴んだは良いが、どんどん込められていく力に流石にマズいと思った俺は慌てて謝罪の言葉を漏らす。
どうやら燈の反応を見るに彼女にとって姉の存在は相当な地雷ならしい。
考えてみれば霊輪祭の時も廊下で会った時も殺気全開で下手するとあのままドンパチ始めるんじゃないかと思うような勢いだった……というより、俺が制止に入らなきゃ普通にドンパチしていたことだろう。
尤も燈がその前に介入して来なければ俺が暗さんとドンパチする羽目になっていた可能性が高いが……。
「……まぁ、その人が月影さんの姉かどうかという点は置いておいて、どんな人なの? 話したんでしょ?」
「ヤバい人」
燈の姉のことが気になっていたセリアの問い俺は端的に一言で答える。
あの姉にてこの妹ありと言ったところだろうか。
不気味で美しい容姿、そしてちょくちょく成立しない会話、唐突にバトルを仕掛けてくる辺り、燈と同じ血が流れていると思わずにはいられない。事前に燈と会っていたお陰で彼女のぶっ飛んだ行動にも一定の理解を示すことができたが、そうじゃなければ割とトラウマものだったかも知れない。
…………東方の一族というのは皆、戦闘狂なのだろうか?
「流石、先輩。よく分かってるね」
「「…………」」
俺の評が気に入ったのか、燈がうんうんと頷く。
そんな彼女を尻目に俺はガレスと無言で視線を合わせる。お前とよく似ているって意味だよと言ったらどうなるのだろうか? 今度こそ俺は真っ二つにされるのだろうか?
「……まぁ、ともかく関わらないことに越したことはない人物だ」
「何だか怖くなってきたな……」
「実際、怖いよ」
まだ見ぬ相手のことを想像し、恐ろしげに呟くガレスに俺はハッキリと言う。
暗自身の身体能力の高さは勿論のことながら何よりも底が見えない霊力量を持っている最上位の格を持つであろう彼女の契約精霊。絶対に戦いたくない。
「あの女は私が斬るから先輩は気にしなくて良いよ」
そんな俺の感情が顔に出ていたのか、燈は鞘を掴みながら鋭い瞳で俺にそう告げる。
暗と戦いたくない俺から非常に頼もしいことこの上ない発言だが、競技に選ばれるのは完全に運である。どうか燈が彼女と当たり、俺と競技が被らないことを祈ろう。
「……どちらにしてもリベル学院の壁は高いね」
そう呟くガレスの視線の先にはユーマと共に縦横無尽に暴れまわる白竜と微精霊達の姿がスクリーンに映されている。
「強いな……」
競技を繰り返していく中で各校の精霊師達がそれぞれ大なり小なりの活躍をみせているが、その中でもやはりと言うべきか、一際目立つのはリベル学院の生徒会長であるユーマ・シュレーフトだった。
「やはり生徒会長に選ばれる精霊師なだけはある。地力が違うね」
「ああ、全然隙が無い」
精霊含めて特筆した何かがある訳では無いが、基礎能力が桁違いに高いユーマはまさにオールラウンダーという言葉が似合う精霊師だった。
そして様々な競技に様々な状況で他の精霊師と勝負することになるこの大精霊演武祭においてそれは圧倒的に有利だった。
「君も精霊と契約できれば、似たようなものになれそうだけどね?」
「ほっとけ」
ガレスの言葉に若干、不貞腐れ気味に言い返していると競技終了の合図が鳴り響く。
予想通り、ユーマ率いるリベル学院が一位を飾り、ユートレア学院は残念ながら三位と振るわない結果に終わってしまった。
「少し、差が開いて来たね」
「そうだな」
順位表に表示された各学院の点数差を眺めながら俺はガレスの言葉に頷く。総合順位的には一位であるリベル学院に次ぐ二位の位置をキープできているが、その差はじわじわと開き続けている。
やはり優勝校の実力は伊達ではない。
他校が一位を獲得した時でもリベル学院は三位以上を取っていることが多く、他の四校が多少なりとも順位が入れ替わる中で常に一位から動くことが無かった。
「ここら辺で一回、一位を取っておきたいな」
俺は点数を眺めながら呟く。
決して追い付けない点数差では無いが、そろそろ何とかして点数を縮めていかないと追い付く前に演武祭自体が終わってしまう可能性が出てくる。
「且つリベル学院をビリにできると一気に距離を詰められるんだけどねぇ」
「それができれば苦労はしないだろ」
ガレスの言葉に俺は苦笑気味に答える。
確かに俺達が一位でリベル学院がビリならば一気に点差は詰められる。けれどこればっかりは他校の選手達も関わってくる為、俺達の努力だけではどうにもできない。
「疲れた……」
「キッツい……」
そんなことを話していると疲労感に苛まれた表情を浮かべるリリーとセリアが控室に戻って来た。
「お帰り、リリー、セリア」
ガレスの労いの言葉を掛けるが二人は疲労のせいか碌な返事もせずに勢いよくソファに向かって倒れ込み、そして荒ぶった。
「何なのよ、あの男ッ⁉ 精霊と分断したのになんで全然、力が落ちないのよッ!」
「腹立たしい……」
セリアの憤慨した声とリリーの怨嗟の声が控室に響き渡り、競技を見ていたメンバー達から同情的な視線を向けられる。
「何故、私が出る時だけこんなことに……」
「よしよし、頑張った方だと思うぞ」
悔しさを滲ませるリリーを慰めながら俺は視線をスクリーンに向ける。丁度、賽子が振られて競技と場所が決定したところだった。
「場所はモガの霊墓。競技は王冠奪取か……」
競技内容をざっくりと纏めると危険な精霊が蔓延る迷宮を舞台に隠された王冠を誰が一番最初に奪えるかと言ったところか。出たくねぇ……。
『また今回の競技は最初の一チームが王冠を獲った時点で終了とし、一位以外は全チーム最下位扱いとなります』
「おっ」
「…………」
ガレスが驚きの声を漏らし、俺も思わず競技の説明に目を細める。
噂をすれば影何とやらという奴だろうか? 若干都合が良い感は否めないがそれでもリベル学院に追い付くチャンスであることには変わりない。
願わくば確実な勝利の為にもミーシャに参戦して貰いたいところだが…………。
「………俺かよぉぉぉ」
輝く自分の手袋を見ながら俺は思わず慟哭する。どうしてこういう大事な時に限って俺が選ばれるんだ……。
「ふむ、僕もか」
「あ、私も」
その声に視線を向ければ俺以外にもガレスと燈も競技に選ばれているようで、とりあえず一人ではないことに
ホッと安堵の息を漏らす。
「皆さん、よろしくお願いします」
「だってさ、ガレス」
「少し前のやる気はどこ行ったんだい?」
ミーシャからの声援に俺がガレスの肩を叩きながらそう言うと呆れ気味に前の発言を蒸し返されてしまう。
「もう忘れたな」
恐らくあれは一時の気の迷いだったのだ。そもそもガレスと燈という優秀な仲間がいる以上、後は二人に任せて————。
「先輩、頑張って下さいッ! 応援していますッ!」
「……ああ、任せておけ」
レイアにキラキラとした瞳で応援された俺は一度、目を閉じるとぎこちないであろう笑みを浮かべながら答える。
「おい」
「いや、流石にさ……」
ガレスのジト目から視線を逸らしながら俺は良い訳気味に呟く。
例え勘違いが多分に含まれている上での敬意だとしても後輩からあんな視線を向けられてしまった以上、頑張るしかない。
「……まぁ、少なからずやる気になったのは良いことか」
「先輩、早く行こう」
ため息を漏らすガレスと共に燈の後に続いて俺達は控室を後にした。




