第61話
お久しぶりです。
2巻、無事に発売しました!
これも読者の皆様のお陰です、本当にありがとうございます!
またweb版とは違う展開もあるので是非、手に取って読んで頂ければと思います。
では本編です。
「………よし!報告書の提出も完了したし、これでようやく霊輪祭の後処理も終了だッ!」
「疲れた…………」
霊輪祭終了後の事務処理を終えた解放感に酔いしれながら俺は部室にて叫び気味に呟くと正面で一緒に作業をしていた燈が机に突っ伏しながら覇気のない声音で呟く。
「疲れてるなぁ。大丈夫か?」
「無理、大丈夫じゃない」
グッと背を伸ばし、パキパキと小気味の良い音が鳴り響かせながら力尽きた後輩に声を掛けると予想通りの返事が来る。
「おいおい、次の霊輪祭はお前らが中心になって作業するんだぞ?しっかり頼むよ」
「嫌だ、その前に抜ける」
「コイツ……」
どこまでも仕事を拒否しようとする燈に俺は呆れながら息を吐く。
出会った時は不気味でヤバい奴だと思ったが、こういう情けない彼女の姿を見みていると普通の学生なのかもと思えてくる。
「…………」
…………いや、でもやっぱり普通では無いな。
霊輪祭の最後の競技の時、隣に現れたリベル学園の学生に斬り掛かった彼女の姿を思い出す。
あの時の燈の冷め切った瞳がずっと脳裏に焼き付いている。それこそ今の彼女はとはまるで別人のように見えたが果たして……。
「…………」
「…………」
会話が途切れ、沈黙が場を包み込む。
決して気まずい訳では無いが、さりとて居心地が良い訳でも無い。
「とりあえず手伝ってくれてありがとう。俺はこれを生徒会に出してくるから燈も上がって良いぞ」
何とも言えない空気の中、ずっと座ってても仕方ないかと完成した報告書を手に俺は燈に帰っても大丈夫という旨を伝えて椅子から立ち上がる。
「気になってる?」
そのタイミングで小さいながらもハッキリとした声が耳に入り、俺は言葉の主へと視線を向ける。うつ伏せ状態から顔だけを上げてジロリとこちらを見つめる真紅の瞳を視界に収める。
何だか思考を読まれているような感覚になりながら俺は敢えて惚けたような口調を意識しながら口を開く。
「……気になってるって、何のことだ?」
「霊輪祭で私があの女に斬り掛かったこと。考えてたでしょ?」
あの女というのは考えるまでもなく、リベル学園のあの学生のことだろう。
無論、気にならない訳が無い。彼女は一体何者で、燈とどういう関係なのか、直接尋ねたい気持ちは少なからずあるが…………。
「いや、別に」
けれど聞かない。
面倒事になる予感しかしないから。というか少なくとも姉妹だろうことは確定だし。
「え~、気にならないの?」
「既にお前に斬り掛かられた身としては別にあの程度じゃ驚かないよ」
「そんなこともあったねぇ~」
あったねぇ~、じゃねぇ。こちとら滅茶苦茶ビビったんだからな。
「そろそろリベンジしようかな」
「お前もさっきまで疲れてたって言ってただろ?」
「元気出て来た」
「勘弁してくれ」
仮に今、襲われてでもしたら間違いなく部室が滅茶苦茶になる上に折角作り終えた報告書が紙屑になることだろう。それは困る。また報告書の制作なんて絶対に嫌だ。
けれど燈も同じような思考に至ったのだろう。
好戦的な笑みを浮かべてはいるが、腰に帯びている刀に手を掛けようとはせず、立ち上がる様子も無かった。
「まぁ、それは次のタイミングに取っておこうかな。約束もあるし」
「約束?」
「何でも付き合ってくれるって約束したじゃん」
一瞬、マジで何のことを言ってるんだと俺は訝しむがすぐに大精霊演武際の呼び出しで生徒会に向かった時のことだと思い出す。
コイツ、覚えてやがったか………。
「さて、何のこ——————」
「嘘、覚えてるでしょ」
俺を鋭く睨み付ける燈の瞳を見てすぐに誤魔化すことができないと悟った俺は降参の意を示す為に両手を挙げる。
「分かった分かった、また今度時間ある時に話を聞くから。それで良いか?」
「ん、改めて言質は貰ったからね」
俺の言葉に燈はニヤリと悪女のような笑みを浮かべながら言う。
そんな彼女の笑みを見ながら何に付き合わされることになるんだろうと俺は息を吐くと生徒会室へと向かおうと部室の扉に手を掛けたところで、燈へと振り返る。
「そうだ、あんまり他人の家のことをとやかく言うのは良くないだろうが、それでも一応言っとくぞ」
「……?」
「家族は大事にした方がいいと思うぞ」
俺は最後にそれだけ言うと部室を後にする。
背後、たった一人残った部室で俺の言葉を聞いた彼女の表情が変化したことに気付くこともなく……。
*****
「はい、確かに受け取りました」
「これでようやく肩の荷が降りたよ」
生徒会室にてミーシャに報告書を手渡した俺は気の抜けた息を吐きながら呟いた。
これでようやく全部終わりだ。
とはいえ不思議なもので準備期間は用意する物が沢山あった上に考えることも多く、霊輪祭中もトラブルばかり。文字通り地獄でしかなかったが終わってみるとあの忙しさがどこか心地良く感じるのだから不思議なものだ。
「お疲れ様でした、ローク・アレアス。霊輪祭、とても楽しませて貰いましたよ」
「割とはしゃいでたもんな」
普段の大人びた彼女からは見られない表情の豊かさで霊輪祭を無双していた。
一応、実力を考慮してある程度は競技を制限したつもりだったが、それでも流石は学年一位と言ったところか。控えめに言ってもバランスブレイカーだったのは間違いない。
「そう言われると恥ずかしいですね。王族の振る舞いとしては少しはしたなかったかも知れません」
「そんなことないだろ。そもそもこっちははしゃいで貰うつもりで開催してるんだから。王族以前に学生らしくもっとはしゃいで欲しかったぐらいだ」
恥ずかしがるミーシャに呆れながら俺は言う。
学生主催とはいえ、祭りは祭りだ。ワイワイみんなではしゃいで貰わないと困る。クールに終えられるのは普通にショックだぞ。
「…………」
「ん?どうした?」
どこか驚いたような反応をするミーシャに俺は首を傾げる。何だ、俺何か変なこと言ったか?
「……いえ。貴方の意見に納得しただけです」
「そう?」
柔らかい笑みを浮かべるミーシャに俺は眉を顰める。
その割には変な反応だった気がするが……まぁ、細かいことは気にしないでおこう。
「それと一応、報告書にも書いておいたけど……」
「ええ、リベル学園の学生の件ですね」
俺の言わんとしたことを理解していたらしいミーシャが頷きながら呟く。
「リベル学園は前大精霊演武祭の優勝校。他校の偵察に来た可能性は十分に考えられますね」
「偵察……」
「貴方は直接話したらしいですが、どう思いましたか?」
「そうだな……」
彼女と会話した時のことを思い返しながら俺は口を開く。
「俺の個人的な印象にはなるけど偵察に来たような感じでは無かったな。本当にふらっと……それこそ彼女の言う通り家族の様子を見に来た感じだった……と思う」
「なるほど。貴方がそう思うのなら、その可能性は高そうですね」
割と自身無さげに喋ったつもりだったが、謎に高い俺への信頼度によってミーシャは納得した様子で頷いてしまう。自分で言っといて何だが、流石に信頼し過ぎじゃないか?
「あの、もう少し俺を疑った方が………」
「それに仮に偵察なら制服姿でわざわざ貴方に話し掛けないでしょうし、大精霊演武祭成績を考えてみればこの学院を偵察するよりも他の学校の偵察に向かう方が賢明です」
俺の言葉を遮るようにミーシャは自身の意見を述べる。
どうやら俺への信頼以前にそもそもミーシャ自身にも根拠があったらしい。
「な、なるほど……」
少し自意識過剰だったかなと思いながら俺は頷く。
「まぁ、リベル学園の学生に関してはあまり気にする必要は無いでしょう。それよりも大切なのはこちらです」
「……ん?」
そう言って話題を切り替えたミーシャは俺に一枚の書類を手渡してくる。
「強化合宿?」
書類の内容に目を通していた俺は強化合宿という文字を目にして訝しげに呟く。
「ええ。先日、大精霊演舞祭について運営側から今年は各校による団体戦による形式で行うという発表がありました」
「今年は団体戦か……」
大精霊演舞祭は毎年大会の形式が異なる。
それこそ個人戦なこともあれば、今年のような各校ごとの団体戦など多種多様な形式で開催されるのだ。
「はい。ですので今年はチームワークも必要になると思い、学位戦の戦績を鑑みて選抜したメンバーで休暇期間中に強化合宿を行うことにしました」
「なるほど」
合宿資料に目を通しながら俺は呟く。
学院が休みになったら久しぶりに実家に戻って親父と少し話そうかなと考えていたが、この分だと難しそうだ。
参加予定メンバーにしっかり俺の名前も入ってるし……。
「それに今回の霊輪祭のお陰で改めて課題が見えてきました。大精霊演武祭で我が校が優勝する為にもしっかりと解決していく必要があるでしょう」
「…………」
俺の課題は今も昔もずっと契約精霊の獲得なのだが……まぁ、それは良いだろう。
「分かった、参加するよ」
「……!ありがとうございます」
どちらにしろ、既に腹は決めている。
大精霊演武祭、上等だ。例え契約精霊がいなかろうが俺なりのやり方で戦い抜いてやる。
まぁ、可能なら精霊と契約したいけど…………。
「詳しい日程と場所についてはまた追って連絡します。慌てる必要はありませんが、一応合宿の準備はしておいて下さい」
「了解、ぼちぼち決まったらまた連絡してくれ」
俺は頷くとミーシャに背を向けて生徒会室の出口へと向かう。
恐らく強化合宿でまた多くの精霊が必要になる。今の内に簡易契約用の精霊を集めておこう。
「ローク・アレアス」
そう思いながら扉に手を掛けると背後から名を呼ばれる。
まだ何かあるのだろうかと振り返るとある意味で彼女らしくない霊輪祭の時に見せた年相応の笑みを浮かべるミーシャの姿が目に入る。
「大精霊演武祭の優勝を目指して共に頑張りましょう」
「………あ、ああ」
思わず呆けてしまった俺はミーシャの言葉に情けない返事をしてしまう。
……しっかり頑張ろう。
俺は彼女の笑みを見つめながら改めてそう思うのだった。




