第55話
読者の皆様、いつも読んで頂きありがとうございます!
『真の実力を隠していると思われている精霊師、実はいつもめっちゃ本気で戦ってます』本日発売です!
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本編には無い書籍独自の内容も書かれていますので是非、書籍版も購入して頂ければと思います!
という訳で本編です!
競技内容が一新されたこと、加えて久しぶりの開催ということもあって霊輪祭はロークの想像以上の盛り上がりを見せていた。
午前の部。霊術狙撃。
『さぁ、風精霊の持つ的を霊術で狙撃しようするも普段は使用しない属性の霊術に苦戦している選手が多発しています!霊術を的に当てるどころか、術式を組めない選手まで出ているようです!』
「くッ、術式が乱れる!液体を飛ばすの難しくないか!?」
「熱ッ!」
「誰か俺と微精霊交換してくれ!土属性ってどうやって術式組むの!?」
『そこ、微精霊の交換は禁止されてます!しっかり最初に選んだ微精霊の属性で霊術は使用して下さい!』
的当ては競技名通り、遠くに浮かぶ的を霊術で撃ち抜く競技なのだがそれだけでは簡単過ぎるということで今回は中身が分からないように細工された封霊石を一つ選び、中に入っている微精霊の属性の霊術だけを使用という縛りをかけていた。
その結果、自分の苦手な属性を引き当てしまった学生たちは悲鳴を上げながら必死に霊術を放つべく術式を構築を試みるも上手く霊術が発動しなかったり、発動しても飛距離が足りなかったり、挙句には暴発してしまったりと様々なトラブルに見舞われていた。
そんな中で活躍していたのは一年生の首席入学を果たした才女、レイア・ヴァルハートだった。
「ふぅ、流石に水属性は難しいですね」
顔を僅かに顰めながら呟くとレイアはけれども、しっかりと術式を組んで見事に精霊の持つ的を水の弾丸によって撃ち抜いていた。
火属性の霊術を得意とする彼女にとって水属性の術式を組むのは難しかったが、それでもロークとの交流を経て自分も精霊に頼りきりにならないようにと霊術の訓練をしていたことが功を奏した。
尤もレイアとしてはこういう形で成果を見せることにはなるとは思わなかったが……。
『これはヴァルハート選手、苦手であろう水属性の霊術で浮かぶ的を撃ち抜いた!流石は『炎竜の巫女』ッ!』
「あの、その二つ名恥ずかしいのであまり言わないで下さい……」
興奮した様子で叫ぶ実況の言葉に顔を赤くしながらレイアは恥ずかしげに訴えるが、興奮した様子の観衆の前に彼女の声はまるで届いていないようだった。
「可哀想に……」
「あれ、アレアス。次の競技、お前参加だったよな?」
「おっと、もうそんな時間か。競技の用意の方はよろしく」
「おお、いってら〜」
顔赤くしながら恥ずかしそうにしているレイアを不憫に思いながら眺めていたロークは実行委員の仲間に声を掛けられ、自分が次の競技に出場することを思い出して慌てて集合場所へと向かう。
「……お前も参加か」
「まぁな」
ロークが待機列の方へと向かうと腕を組んで待機しているロクスレイの姿があった。
「ふふふ、君たちもこの競技に参加するのか」
背後から聞こえてくる声にロークとロクスレイが振り返れば髪をかき上げながらトラルウスが近付いてきた。
「これは楽しくなってきたね」
「お前、言っとくけどまた勝手に精霊出したら追い出すからな」
ワクワクとした笑みを浮かべながら言うトラルウスにロークは呆れ混じりに警告を下す。
「おやおや、酷いな。ただBGMを流そうとしただけじゃないか」
「誰も頼んでねぇ」
勝手に精霊を呼び出して演奏を始めたトラルウスを実行委員総動員で止めに入ったことでどうにかなったが、あのまま演奏が続いていたら果たしてかどうなっていたことか。絶対にハイになって面倒なことに違いない。
「それにお前、忘れてないからな?」
「ん?ああ、あのことか」
ロークがギロリと抗議の視線を向けるとトラルウスは一瞬、訝しげな表情を浮かべたがすぐにその意味を理解して頷いた。
「まぁまぁ、細かいことは気にしなくても良いだろう?」
「細かくねぇよ、誤解が深まってるじゃねぇか」
「誤解ってほどでもないだろう?」
「へ?」
文句を口にしたロークはトラルウスから予想外の言葉を返されてしまい、困惑する。
「君自身が自覚してるかは知らないけど最後の攻撃の時、何か混じってたし」
「混じってた?どういう意味だ?」
「どういう意味と言われてもね。混じってたは混じってたとしか言えないんだけど……」
言葉の意味が分からずロークが尋ねるがトラルウス自身も上手く言語化できていないらしく、曖昧な返答をされてしまう。
「まぁ、あの時の君の言葉に嘘が無かったことは知ってるけど……それはそれとして君は君自身が思ってるより自分のことを知らないんじゃないかな?」
「…………」
気付けばロークは深刻な表情を浮かべながら考え込んでしまっていた。混じってるという言葉の意味、確かに言われてみれば自分自身のことにも関わらず理解できないことはある。
何故、これほど精霊と契約できないのか。
その癖、邪霊とは簡易契約が結べること。
加えていつかの時に学院に襲撃してきた賊が自分に放った『素質があるのに』という言葉。
今更ながら自分のことながら謎なことが多い気はする。
「おい、お前ら。話すのは良いが、もう俺たちの番になるぞ」
「おや、これは失礼」
「……!」
ロクスレイの言葉に思わず考え込んでしまっていたロークは慌てて意識を現実に戻す。確かに気付けば次の走者が駆け出して自分たちの番が目前に迫っていた。
いや、というか————。
「えっ、俺たち全員同じレースなの?」
「らしいな」
「ふふふ、みたいだね」
「…………」
慌てて順番を確認したロークは走者メンバーを見て絶句する。
誰かの意図を感じなくも無い走者メンバーはある意味バランスが取れていなくもない。強いて言えば同じ走者であるレニーくんやその他の走者が我々と同じ順番なことに絶望しているが、彼らだって生徒会に所属していたり、しっかりと学位戦で成績を残している優秀な学生たちである。そんな全てを諦めたような目をしないで欲しい。
加えて言えばこの競技にそこまでの実力は必要無いのだから。
『さぁ、盛り上がってきた借り物競走の次のレースは……何と二年生の中でも最上位の四名中の三名が参加しているぞッ!?これは激しいレースになる予感がしてきたァァアアッ!!』
リゲルの実況を聞きながら自身の走るレーンに移動する。
そう、今からロークたちが挑む競技は借り物競走だ。
確かに競走という要素がある以上、霊力による身体強化が得意なロークには大きな優位性はある。けれどもそれ以上に大切なのは視界の先のテーブルの上に置いてある借りる物が書かれた無数の紙だ。
この借り物の内容がどれだけ簡単に借りられる物か、もしくは用意できるかでこの競走の勝敗は決まると言っても過言では無い。
故にこの競技において何よりも大切なのは速さではなく、運だ。
「それでは皆さん、位置について」
「………」
競技が始まる直前だというのに先程のトラルウスの言葉が頭の中から離れない。ロークは自身を叱責するように頬を叩いて意識を切り替えると走る姿勢を取る。
————難しいことを考えるのは後だ。今は俺のチームの為に一位を取るんだ。
「よーい………ドンッ!」
霊術による合図と共に走者が一斉に駆け出す。
集団から飛び出てきたのは当然と言うべきか、ローク、トラルウス、ロクスレイの三名であった。
「ォォオオッ!」
「………」
「ハハハッ!!」
邪念を振り払ったロークはチームの為に一位を目指し合図と同時に全力疾走で駆け出すが、やはりと言うべきかロクスレイもトラルウスもしっかりとこちらの速度に遅れることなく付いてきた。特にトラルウスに限っては何が面白いのか高笑いを上げながら迫ってくる為、怖い。
ほぼ横一列で並びながら走る三人は、けれどやはり普段から体術を主体にして戦っているロークが競り勝って一番に紙が散らばっているテーブルへと辿り着く。
「これだッ!」
逡巡は一瞬。
迷ったところで良い内容の紙が引けるとは限らない。故にロークは素早く一枚の紙を手に取るとその内容を確認する。
『パンツ』
「誰だァァアアアアアア!!こんなクソみたいな内容を書いたのはァァアッ!?!?」
反射的に紙を地面に叩き付けた。
『おーっとアレアス選手が紙を手に取るや地面に叩き付けながら吠えたァァアアッ!一体、彼が手にした紙には何が書かれているのかッ!?』
「言えるかぁぁああああッ!?!?」
リゲルの実況に再びロークは叫ぶ。
こんな場所で言える訳が無い。なんならまだ契約精霊をいないことを再びカミングアウトする方がマシまである。
「………」
そしてそんなロークの隣では険しい表情を浮かべたロクスレイが静かに見つめていた借り物の内容が書かれた紙を破り捨てていた。
『これはロクスレイ選手、無言で紙を破り捨てた!これは一回限りのお題チェンジを使用する気だ!』
どうやらロクスレイもハズレを引いたらしいとと思うと同時にロークはチェンジルールを思い出す。自身が無理だと判断したお題だった場合、一回だけお題を変えることができるのだ。ただその後はもうお題の変更はできず、書かれたものを探すしかないのだが……。
「チェンジに決まってんだろ、こんなもの!」
『アレアス選手もお題のチェンジだ!二人のお題の内容が気になるところですッ!!』
リゲルの煩わしい実況を聞きながら次のお題を選ぼうとして紙へと手を伸ばしたロークの動きが唐突に止まる。
————これ、他にヤバいの入ってないよな?
彼が動きを止めた理由は単純。他の借り物の内容だ。
引く前までは気にして無かったが、一発目でパンツというヤバいお題を引き当てたとなれば話は別だ。しかも最悪なことにこの競技についてネイ委員長の担当の為、ローク自身は幾つかお題を書いたくらいで他はノータッチだった。
故に他にどんなお題が書かれているかが分からず、目の前の無数のお題の書かれた紙が謎の圧を放ちながらロークの動きを阻害していた。
既に先程の自分についての悩みは跡形もなく消し飛び、今の彼の脳内を占めるのは他のお題に対する恐怖とパンツのことだった。
「………」
パンツの文字が脳裏から離れないロークの手が当てもなく宙を彷徨かせていると後続のレニーたちが追いついてきてお題の紙を選ぼうと手を伸ばし始める。
「………ッ!!」
———そうだ、精霊と契約してないことを口にして邪霊と簡易契約を結んだ俺が今更何をビビっているんだ!?
ようやく覚悟を決めたロークは腕に力を込めて直感で目の紙を手に取ってその書かれた文字に視線を向ける。
『女性のパンツ』
「またかよぉぉぉぉおおおおおおおおおッ!!!」
『アレアス選手、再びお題の紙を地面に叩き付けたぁぁああああ!』
ブチ切れながらロークは叫ぶ。
何枚パンツのお題が入ってんだ。しかも今度はパンツの前に余計な単語が付け加えられて悪化している。あの委員長はしっかりとお題の中身をチェックしてるのか、してないからこうなっているのだろう。
『さぁ、トラルウス選手は真っ先にゴール。お題を引き直したヴォーバルト選手や他の選手も借り物を探す為に動いている中、アレアス選手だけ一向に動いていないが果たしてここから逆転できるのか!?』
「できるかッ!?」
もうチェンジもできない。詰みである。
どうして貴女のパンツを貸してくれませんかと頼むことができようか、無理である。
「ローク、どうしたの?」
「ああ、いや。何でもない……」
とロークがあまりにその場から動かない為、気になって様子を見にきたリリーがトコトコと近付いてきた。
「借り物探しに行かないの?」
「ああ、行かない。いや、行かないってか行けない」
「……?」
どういう意味だと首を傾げるリリーはお題が気になったらしく少し背伸びをしてロークの手にしていたお題の内容を確認した。
「なるほど」
「な、無理だろ。てか、マジであの委員長————」
「任せて」
ロークが思わず愚痴を漏らしているとリリーが突然、真顔で親指を立ててグッドサインを示しながらそう呟く。
「おい、ちょっと待て。何をする気だ、リリー。やめろ」
そんな彼女の言葉に不穏なものを覚えたロークが素早く制止の声を上げるが、無視してリリーはゆっくりとスカートの中に手を突っ込もうとして————。
『おおーっとこれはアレアス選手、借り物を探しに行かずオラリアさんに何をさせようとしているのかッ!?!?』
「必要なんでしょ?」
「やめろォォォオオオオオオッ!!こんな場所で脱ごうとするんじゃねぇええええええッ!!!」
午前の部、借り物競走。
ローク・アレアス選手、棄権。
ちなみに一位のトラルウスのお題は『世界で一番尊敬している人』で誰も連れて行くことなく自分自身を一番尊敬していると堂々と言い放ち、実行委員を困惑しさながらゴール。




