番外編3
色々忙しく、更新が大変遅くなりました。
番外編完結です。
そして突然ですが、宣伝です。
3月25日にオーバーラップ文庫から『真の実力を隠していると思われてる精霊師、実はいつもめっちゃ本気で戦ってます』の書籍が発売します!!
本編の描写の修正や追加があったりとweb版とは変更点が多いので皆さん、ぜひ書店で買って下されば思います!
長らく待たせてしまった上に宣伝までして申し訳ないですが、是非是非よろしくお願いします!
『…………』
この聖夜祭というイベントでどこもかしこも楽しげな喧騒に満ち溢れている中、この場だけ異様な静けさに包み込まれていた。
理由は言うまでもなく俺達だろうなとロークはどこか他人事のような感覚で思う。けれども実際は他人事どころか中心人物の一人であり、ロークはどうにかしてこの場を乗り切る必要があった。
「……れ、レイアか。お前も来てたんだな」
言いながらロークは素早くカップを握り潰す。
既に手遅れだとは思うが、証拠をこのまま残す訳にはいかない。
「あれ、先輩だ。やっぱり聖夜祭に来てたんだね」
「あ、ああ……まぁね」
もぐもぐと何かの串を食べていた燈がこの重苦しい空気の中で場違いな呑気な声音で声を掛けてくる。
「にしても凄いね、聖夜祭って。私の故郷でも祭りはあったけどここまで盛り上がっては無かったよ〜」
「へぇ、そうなのか」
普段通りの様子で話し掛けてくる燈に相槌を打ちながらロークはこの感じならば上手く誤魔化せるかもと一縷の望みを抱く。
「ってあれ?後ろに隠れている女の子って、もしかして先輩の彼女?」
尤もそのあまりにも淡い希望は次の瞬間には木っ端微塵に潰えてしまった訳だが。
「何のことだ?」
「いや、でも後ろの子、カップル用の———」
「何のことかさっぱり分からないな」
「わぁ、凄い早業。私でなきゃ見逃してたね」
燈が喋っている途中で証拠隠滅の為に全力の身体強化を施し、素早くミーシャの手からカップを奪い取って握り潰す。けれど彼女も剣術を主体に戦う為、動体視力が非常に良く、しっかりとカップを握り潰す動きを視認された。クソが。
「……何のことかは分からないが、とにかく付き合ってない」
「でもカップル用の容器を使ってるくらいだし、ただの友人って訳でも無いでしょ?」
いや、正直なところ友人かすら分からないくらいの関係だよと言いたいが、それを口にするとじゃあ後ろの子は誰なの?となりかねない為、事実を話すこともできない。
ぐいぐい追求してくる燈にロークは一歩、後退りながら必死に思考を巡らせる。どうする?どう誤魔化す?
「あの、レイアちゃん?大丈夫?」
「何がですか、メイリー?私はいつも通りですが?」
燈がロークを質問攻めにする後ろではメイリーが心配そうな表情を浮かべながらレイアの体調を尋ねる。返答する当の本人は言動こそ普段通りだが、飲み物を持つ腕がずっと痙攣しており、その水面が先程からずっと波立っていた。
「………」
そしてミーシャもスッといつの間にかロークの背後に避難しており、ジッと彼を見つめる彼女の視線には「どうにかしてくれ」と無茶な願いが込められていた。
「…………い、妹だ!そう、妹!コイツは妹なんだよッ!!」
「……ッ!」
思考の末にロークはミーシャを妹にすることでこの場を乗り切ろうと考え、ローブを被った彼女の頭を少し乱雑に撫でながら誤魔化そうと喋り始める。
「へぇ、先輩に妹さんなんていたんだ」
「ああ、いたよ。うん……いたよ」
ロークは躊躇いがちに頷く。
実際、嘘ではない。尤も後ろに隠れているは他人だが………。
「ふーん、その割には髪色とかあんまり似て………?」
興味深げにロークの背後に隠れているミーシャをジロジロと眺めていた燈はそこで何かに気付いた様子で訝しげな表情を浮かべた。
もしかしなくても嫌な予感がする。
「ねぇ、妹さんのそのローブってもしかして何か認識操作の霊術でも掛かってる?」
「………ッ!」
案の定と言うべきか、勘の鋭い燈はミーシャのローブに掛けられた霊術に気付いて目を細める。
「なんで、そんなローブ着てるの?」
「い、いや……ウチの妹、ちょっとシャイなもんで」
尋ねてくる燈にロークは冷や汗を流しながらも咄嗟にそれらしい言い訳を思い付き、口にする。我ながら意外と説得力の有りそうな理由だが、果たして引いてくれるだろうか?
「ふーん、でも折角なら先輩の妹さんの顔見てみたいな」
ダメだ、全く効果が無い。
何なら自分の妹だという要素を付けてしまったせいで逆に興味を持たれてしまっている。
ジリジリと距離を詰めてくる燈にロークの脳内で警鐘が響き渡る。
本当に不味い、こんな言い訳までした後に王女と一緒に聖夜祭を回っていることがバレたら碌なことにならない。何とかして逃げなくては。
「レイアちゃん。あの女の子、恋人じゃなくて先輩の妹さんだって」
「そうですか。いや、そもそも私は何も気にしてなんていませんが……」
ロークと燈がせめぎ合う中、彼と一緒にいる女性が彼女ではなく妹だと知ったレイアは思わず安堵の息を漏らそうとして、そんな自分に気付いて誰に言うでもなく言い訳の言葉を口にする。
「いいじゃん、先輩。ちょっとだけだから」
「その言い方はちょっとだけじゃすまないやつだろ」
そもそもロークの勘が正しければ燈は既に自分が庇っている相手が妹じゃないことに気付いている。明らかにこちらが何かを隠そうとしていることを理解しながら詰め寄ってきている。
「むー、ケチ」
「ケチだろうが…………ん?」
と頬を膨らませる我儘娘を必死に宥めていると唐突に辺りに霧が立ち込み始める。しかも霧は秒単位で濃くなっていき、周囲の人々も何事だと騒ぎ始める。
「えっ、霧…って濃ッ!?」
「あれ!?おい、どこいった!?」
「この感じ……どこかで」
あっという間に近くの相手さえ見なくなってしまう程に濃くなった霧に対してロークは焦ることなく、寧ろチャンスだと言わんばかりにミーシャの手を握るとその場から離れる。
「あの、これは……」
「リリーの仕業だろうな。いつもなら説教案件だけど今は都合が良い、このまま逃げよう」
「しかし……この霧では」
「大丈夫だ、場所は覚えてる」
確かにこの霧は視界や霊力探知を妨害したりと厄介なことこの上ないが、それでもその性質を予め理解していればやりようはある。
ロークが大市場の現在地と目的地である店の場所を把握できている以上、後は相手と接触しないように気を付けて方向さえ間違わなければ問題なく対処できる。
ただ唯一の懸念を挙げるとすれば—————。
「……ん?なんか飛んできたら思わず斬っちゃったけど、何を斬ったんだろう?」
「リリーッ!今すぐ精霊をしまえッ!!」
「また目がやられた、ロークはどこ?」
霧に覆われた向こう側から聞き覚えのある声が幾つも耳に入ってくる。何か分からないけど唯一の懸念が勝手に潰し合って消滅したので今の内にさっさと逃げるとしよう。
「走るぞ、ミーシャ!」
「いや、待って下さい!流石にこの視界の中で走るのは———」
「全部躱すから手を握ってろ!」
有無を言わずミーシャの手を引っ張りながらロークは感覚を研ぎ澄まし、霧の中から現れた人を避けながら霧の中を駆けて行った。
*****
「はぁ、ようやく着いたな………」
「ですね……」
霧から抜け出したロークとミーシャは疲れ切った表情を浮かべながらかつて訪れた目的の店の前で呟く。
予想していなかったハプニングが幾つも起きたがこうして何とか辿り着くことができたことに安堵しながらロークはミーシャを伴って店内へと入る。
「いらっしゃいませ〜」という店員の挨拶を耳にしながらロークは店内に飾られているぬいぐるみたちに視線を向ける。
果たしてミーシャの言う限定のぬいぐるみとは一体どれだろうかと思いながら忙しなく店内を見回す彼女の隣で同じく視線を彷徨わせていると赤い帽子を被ったカーバンクルのぬいぐるみが視界に入った。
「なぁ、ミーシャ。これか?」
「ッ!はいッ!そうですッ!」
ロークがその一つを手に取って確認する為に尋ねるとミーシャは途端にその顔を破顔させてブンブンと首を縦に振る。普段の大人びた雰囲気とはかけ離れた年相応のミーシャの姿に新鮮さを覚えながらロークは無事に目的の品を見つけられたことにホッと息を吐く。
「それでは買ってきます」
「はい、行ってらっしゃい」
ミーシャは自身が興奮している事に気付いたのか何とか冷静さを保とうと表情を引き締め直そうとしたが、ぬいぐるみを受け取り会計へと向かう彼女の足取りは軽快で喜びの感情が全く隠しきれていない。
ロークはそんな彼女の後ろ姿に苦笑を浮かべながら店を出ると視界に広がる大市場を眺める。
霧を抜けて騒動を終えた頃には既に日が落ちて空は闇色に染まり始めていた。けれども街は陽光に変わって微精霊や精霊たちの発する光によって色鮮やかな光に染め上げられていた。
「…………」
「お待たせしました」
ロークがボーッと大市場を眺めていると少しして背後から袋を抱えたミーシャが出てきた。
「買えた?」
「ええ、無事に買えました。ありがとうございます」
その嬉しそうな表情から答えを聞くまでもなく答えは分かっていたが、敢えてロークが尋ねてみると彼女は予想通り満足げに頷いた。
「これは今日のお礼です。受け取って下さい」
「お礼?」
そう言ってミーシャはロークへと小さな袋を差し出す。何だろうかとロークが袋の中身を取り出してみると袋の中から現れたのは青い色をした梟のぬいぐるみだった。
「……このぬいぐるみは?」
「幸運を運ぶ精霊だそうです」
「幸運…」
ぬいぐるみのつぶらな瞳とロークの視線がぶつかる。
「………」
とても幸運を呼んでくれるような姿には見えない。というか、この歳でぬいぐるみなんて正直いらないのだが………王女様からのプレゼントを無碍にする訳にはいかない。
「あ、ありがとう」
「いえ、今日は楽しませて頂いたのでその細やかなお礼です」
「楽しかったか?」
今日のどこに楽しむ要素があったのだろうか?
個人的には過去一ハードな聖夜祭だったと思うが……。
「はい。普段なら絶対に得ることのないハラハラ感を楽しむことができました。少し羽目を外し過ぎな気はしますが皆さん楽しんでいるようですし、聖夜祭とは良いですね」
「羽目を外すどころの話じゃなかったと思うけどな……」
何なら誰とは言わないが完全に暴走していた。
あの人混みの中で精霊を呼び出して霊術を行使するとは相当鬱憤でも溜まっていたのだろう。狙いから考えるにこちらに怒っていたのだろうが、何か怒らせるようなことしたか?心当たりが全く無いのだが……。
「まぁ、けど楽しかったなら良かったわ」
個人的には苦難の連続だったが、何はともあれミーシャが満足してくれたのなら今日の買い物に付き合った甲斐もあったというものだろう。
「という訳で来年もよろしくお願いしますね」
「絶対に嫌だ」
二度とゴメンである。
来年は家に引き篭もってやるとロークは心に決めるのだった。
ちなみに後日。
「ねぇ、一緒に回ってた女の子、誰?」
「君のせいで地獄のような聖夜祭だったよ」
「ねぇ、やっぱり一緒に回ってた子、妹さんじゃないよね?」
「えっ、違うんですか??」
「あの、皆さん落ち着いて……」
「……………」
やっぱり来年は家に引き篭ろう。




