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真の実力を隠していると思われてる精霊師、実はいつもめっちゃ本気で戦ってます  作者: アラサム


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第45話

「ここまでにしておこうか」


「…………」


 クルクルと紫炎を纏う大鎌を器用に回しながらオーウェンが呟いた言葉に対して彼の眼前で膝を突くロークは何かを言いたげな表情を浮かべているが、疲労が大きいのだろう。その口からは荒い呼吸音のみが漏れ、思いが言葉になることは無かった。


「これ以上は止めといた方が良い、明後日は試合でしょ?」


 けれどもロークの表情から言いたいことを察したオーウェンは呆れた表情を浮かべながらロークを窘める。


「……お、俺はまだ」


「ここ最近は学院にも碌に行かずに連日ずっと訓練してただろう?流石に休まないと本番で実力を発揮できないよ」


「なら、せめてもう——ぐほぉッ!?」


「ギィ」


 話している途中で空から頭上へと降下してきたサンダーバードによって地面に押し付けられてたロークはそのまま地面に倒れ伏す。


「ほら、限界だろう?」


「ぐ……」


 そうだそうだと主人の言葉に相槌を打つように背中を足でゲシゲシと蹴るサンダーバードにロークは苛立ちを覚えるが疲労で文句を言い返すことは叶わず、そのまま地面に突っ伏する。


「まぁ、焦る気持ちも分かるけどね。今回の相手はトラルウス家の天才でしょ、そりゃ僕でも絶望する」


「そんなに強いんですか?その対戦相手とやらは?」


「おい、クソ鳥。焼き鳥にするぞ」


 いつの間にか霊装化から戻ったジャックがオーウェンにトラルウスについて尋ねる。その間もずっと背中をゲシゲシと蹴り続けるサンダーバードに少し回復したロークが怒りの声を漏らすが、全く意に返した様子を見せない。


「強い強い、才能だけなら僕よりあるよ」


「あらら、それじゃ負け確ですねぇ、ローク君」


「人が懸命に努力してるのに、やる気を削ぐようなこと言わないでくれません?」


 話を聞いて楽しそうに笑うジャックにようやくサンダーバードが背中から降りて立ち上がることができたロークは文句を口にする。


「この程度で削がれてしまう程度のやる気じゃ、どの道勝てないと思いますけどねぇ〜」


「ぐっ」


 非常に腹立たしい物言いだが、確かにその通りだ。

 精霊師としてトラルウスに勝ることができる部分が何一つ無い以上、せめて気概くらいはしっかり持たなくては……。


「ほら、煽るんじゃない」


 オーウェンはコツンとカボチャの頭を拳で軽く突くと再び視線を弟子へと向ける。


「けど、正攻法ではまず無理だろうね。だからと言って搦手も彼じゃ厳しいだろうけど」


「そんなの分かってますよ」


 オーフェリアのような相手ならばまだやりようはあるが、トラルウスとなれば自身が用意できる程度の手品では力技で突破されるのがオチだろう。ただ、同時に彼ほどの格上に勝つには相手の想定を越えた何かをやる必要がある。


 完全にジレンマに陥っている。


「師匠から見て俺の勝率ってどのくらいですか?」


「一割程度。贔屓目に見ても三割無いぐらいかな」


「贔屓してそれですか……」


 改めて絶望的な試合だなと思う。

 ここまでの絶望感はミーシャとの試合を前にした時以来だ。


「妥当だと思うよ。君の実情を知ってる者からすればね」


「………まぁ、ですよね」


 確かに契約精霊がいないのを知っていれば当然の予想だろう。寧ろ一割はあると言われていることすら奇跡だと言える。

 

「確かに君は他の精霊師に比べて倍以上の霊力量を誇っている。加えて上位精霊とも渡り合えるほどの剣技、霊術も持っている」


 本来ならばロークのような戦い方をそこら辺の精霊師が真似ようものらばあっという間に霊力切れで倒れるのがオチだ。それほど無茶な戦い方が曲がりなりにでも可能にしているのはロークの並外れた霊力量、身体能力の高さ故だ。


 確かにこれは驚愕するべきことだ。

 


「けど、それだけじゃ足りない。勝つにはね。それはローク、君自身も既に理解している筈だ」


「…………」


 その通りだ。師に言われるまでもなく、弟子は理解している。

 今のままでは絶対に勝てないと。


「それでも君が本気で勝ちたいと言うのならば………後は腹を括るしかないじゃないかな?」


「………ッ」


 トンと笑みを浮かべながらオーウェンに胸を指で軽く突かれたロークは思わず顔を顰める。


 嫌な人だ。

 自分が無意識に避けていた選択肢を突き付けてくる。


「………使えって言うんですか?」


「強要はしないし勧めもしない、色々と大変だろうしね。そもそもこれは君の戦いだ。君の好きなようにすると良い」


 オーウェンは意地の悪そうな笑みを浮かべながら一方的にそう告げると話はこれで終わりとばかりにロークに背を向けて歩き出す。



 その師の背を追うことなく、ロークは暫く無言でその場に居座り続けた。



*****


「はぁ…」



 結局、結論を出せないまま決戦前日を迎えてしまったロークは深い溜息を漏らす。

 昨日まで講義が無い日や自主休講した日、放課後に師匠に稽古をつけて貰っていたロークは今日はしっかり休むようにときつく言われていた為、気分転換も兼ねて大市場へと足を運んでいた。


 けれども頭は常に明日の学位戦のことばかり考えてしまっている。現に今も封霊石売り場に足を運んで明日の試合に役立ちそうな精霊の物色をしている始末だ。尤も高位精霊の封霊石はとてもじゃないが、苦学生であるロークには手の出すことのできない値段だし、だからと言って低位精霊は幾ら集めたところで役に立たないだろう。


「……お、これは」


 けれどもその日に限っては珍しく掘出し物を見つけることができた。決して安くは無いが手の出せない値段でもなかった為、ロークは目当ての封霊石を誰かに取られる前に素早く手に取るとそのまま購入した。


「よし……」


 買い物もできたことで多少であるが、気分が晴れたロークはそのまま今度は霊術書や精霊図鑑でも見ようかと書店を目指して歩き出す。


「おっと、すみません」


「いえ、こちらこそ」


 歩いていると前方から歩いてきた男性と接触してしまい、互いに謝罪を述べながら別れる。

 相変わらずと言うべきか、大通り沿いの賑わいは平日休日問わずお祭りの如き賑わいを見せており、見渡す限り人ばかりだ。


「…………ん?」


 と人にぶつからないように注意しながら歩いていたロークはそこでふとローブを纏った一人の少女に視線が向いた。


 その顔はフードに隠されて確認することは叶わなかったが、ガラス越しに店内の商品を覗く彼女のフードから垂れたブロンドの髪はとても美しく、彼女が相当美人であることが容易に察することができた。


「……あっ」


 どんな子なんだろうなと男として当たり前の好奇心を抱くが、さりとてわざわざ顔を確認しようとまでは思わない。少女の後ろを歩いて通り過ぎようとしていたロークは、けれどもそのタイミングで顔を上げて振り返った少女が漏らした言葉に反応して振り返ってしまう



「……えっ?」


 そしてフードに隠された少女の顔を見たロークもまた同じように気の抜けた声を漏らしてしまう。


 けれど、当然の反応だろう。

 何せ相手は———


「こんなとこで何やってんすか、お姫様」



 ロムス王国王女、ミーシャ・ロムスだったのだから。


「い、いえ、これは……そ、それよりも!ローク・アレアスこそ何故ここに?」


「俺はちょっと霊術書とかを漁りに」


 明らかに挙動不審なミーシャをロークは訝しげに思いながらも今日の目的を述べる。


「なるほど、つまり明日の準備ということですね」


「まぁ、遠からず」


 どちらかと言えばリフレッシュの方が目的だが、大差無いだろう。


「聞けばここ最近はテストをサボってまで準備をしていると聞きました。これは…前のように期待しても良いのですよね?」


「い、いやぁ……どうでしょう」


 ミーシャの期待を込めた質問にロークは曖昧な答えを返す。

 準備と言われてもほぼ何もできてないし、何ならこのままでは試合開始と同時に白旗を上げて降参まであり得る。


「それよりミーシャこそ何を見てたんだよ」


「えっ、そ、それは……」


 とりあえず会話を逸らそうとミーシャが大市場まで来た目的を尋ねると彼女は再び狼狽えて視線を逸らす。そんな彼女の様子にロークは首を傾げながら、そう言えばミーシャは後ろの店の棚をガラス越しに見てたなと店内を覗いてみる。


「……ぬいぐるみ?」


「………ッ!」


 店の中には人形やぬいぐるみなどが飾られており、丁度ミーシャが見ていた視線の先には額にルビーを宿した小動物の姿をした精霊、カーバンクルを模した可愛らしいぬいぐるみが棚にちょこんと置かれていた。


「ち、違いますよ!偶々…そう、偶々です!少し人酔いしたので脇に逸れて休もうとしたら偶々、この店の側だっただけです!」


「ほう、偶々とな」


 どうやらぬいぐるみを見ていたことを隠したいらしい。バレバレだが……。というか、意外とは思うが年頃の女の子ならば普通に興味を抱くことだろう。わざわざ隠すようなことでも無い気はするが、そんなに恥ずかしいのだろうか?


「で、買わないのか?」


「買いませんッ!」


「けどカーバンクルのぬいぐるみは人気だからすぐ売り切れになるぞ」


「えッ!?」


 ロークの言葉にミーシャは驚いた表情を浮かべながらカーバンクルのぬいぐるみに視線を向ける。

言われて見れば確かに他のぬいぐるみに比べて店舗に置かれている数が少ない気がする。



「………」

 


「………」


 こちらが見ていることすら忘れてムムムと顔を顰めながらぬいぐるみをジッと眺めて悩むミーシャにローク苦笑を浮かべる。もう隠す気ゼロである。


「で、買うの?」


「ッ!い、いえ。飾るような場所も無いですし、そもそも興味ありませんし……」


「さいですか……」


 興味無いと口では言っているが、その視線はずっとぬいぐるみに向いており、彼女の言葉が本心では無いのは一目瞭然だ。普段の毅然とした姿からは想像もできないミーシャのポンコツ具合に思わず笑ったロークは「少し待ってろ」と一言述べて店内に入る。ぬいぐるみの値札を見てギリ購入できる値段であることを確認すると店員に声を掛ける。



「すみません、このカーバンクルのぬいぐるみを下さい」


「はいよ、包装はするかい?」


「プレゼント用でお願いします」


 店内に飾られている可愛らしいぬいぐるみ達とは裏腹に厳つい顔付きをした男性店員は丁寧にぬいぐるみを包装して渡してくれる。


「はい、彼女へのプレゼントかい?」


「まぁ、そんなとこです」


「いいねぇ、青春だねぇ」


 羨ましげに商品を渡してくる店員にロークは苦笑しながら商品を受け取る。実際は彼女どころか友人と呼べるかさえ定かでない相手ではあるがこの国の王女だ、ごますりしておいても損は無いだろう。


 ロークが店から出ると言いつけ通り店の側で静かに待機していたミーシャが訝しげな視線を向けてくる。


「お待たせ」


「ローク・アレアス。一体、何を———」


「ほら」


 ロークが買ってきたぬいぐるみの入った袋を手渡すとミーシャは首を傾げながら受け取り、その中身を覗いて固まる。



「どうして………」


「欲しかったんだろ?」


「い、いえ、そんなことはッ!!」


「なら俺も別にいらないから代わりにどっかに捨てといてくれ」



 そう言ってロークが一方的に話を切り上げると自宅へと向けて歩き出す。予定外の出費で所持金もほぼ使い切ってしまったし、今日はもうさっさと帰って明日に備えて寝よう。


「待って下さいッ!」


「ん?」


 すると背後からミーシャに声を掛けられながら腕を掴まれる。何だと振り返ると「お代は?」とどこか気迫迫る顔で尋ねられる。


「え?」


「ですから、このぬいぐるみの代金です。お支払いします」


「いらないよ」


「いえ、そういう訳にはいきません」


「だって、それ捨てるんでしょ?それなのにお金を貰うのは違うだろ」


「そ、それは……」


 痛い所を突かれた様子でミーシャが顔を顰める。恐らくぬいぐるみが欲しいと認めたくは無い、けれど代金は払いたいという二つの気持ちの間で葛藤してるのだろう。


「まぁ、それなら代わりに大精霊演舞祭の辞退の権利ってのはどうだ?」


「いえ、それこそ認める訳にはいきません」


 どさくさに紛れて大精霊演舞祭への欠席の提案も即刻拒否される。やはりぬいぐるみではダメか。


「ですので、これはお返しします」


「手、震えてるぞ」


 言葉とは裏腹にミーシャはぬいぐるみに未練があるようで渡そうとしている手がプルプルと震えている。何だか可哀想に思えてきた。


「冗談だ、悪かった。それじゃあな」


「……前から思っていましたが、貴方は契約精霊を呼ばないのは何か後ろめたいことがあるからなのですか?」


「………」


 今度こそ話を終わりにして帰ろうと思っていたロークはミーシャの発したその言葉に僅かに硬直する。


「どうしてそう思う?」


「大精霊演舞祭の出場を辞退理由、それに貴方の普段の戦い方を見ていて思いました。そもそも貴方はいつも自身を卑下しますが、成績だけで見れば貴方は立派な優等生です」


「それは……」


「貴方は貴方以下の成績の者を皆、無能だと思うのですか?」


「そんなことは無い。寧ろ俺よりも———」


「だからです。貴方のその価値観、それに普段の戦い方を考えたら自然と契約精霊に何か負い目があるのではと」


「………」


 こちらの言葉を遮って告げられたミーシャの言葉にロークは今度こそ押し黙る。


「ローク・アレアス。前から貴方には何度か伝えた気はすると思いますが、改めて言います。貴方はもっと周囲の評価を受け入れるべきです。貴方は貴方が思っている以上に立派な精霊師です」


「…………」


「何を隠しているかは知りませんが、今更貴方の評価が覆ることはあり得ません。少なくとも私は」


「……随分と評価してくれるんだな」  


 ミーシャには学位戦でフルボッコにされて惨めな姿を晒している筈だが、と思いながらロークが呟けばミーシャは当然とばかりに頷く。


「ええ、だからこそ貴方には大精霊演舞祭に出るべきだと言っているのです」


「何で?」  


「貴方の自信に繋がるでしょう?勿論、我が校の優勝の為というのが一番な理由ですが」


 大精霊演舞祭はその舞台に出場することは学生にとっては栄誉であり、各国に名が知れ渡る。確かに多くの学生は出てれればその思い出を誇りにして自信に繋げることだろう。



「…………」



 契約精霊のいない俺でも大精霊演舞祭という舞台に立てば自信を持つことが……卑下する自分を変えることができるのだろうか。


 確証は無いし、寧ろ出場すること自体が生き恥を晒すようなことだと思っていた。けれどもし、もしガレスや師匠のように事情を知っていながら俺を認めてくれる人がいるのならば………。



「………なら、恥ずかしい試合を見せる訳にはいかないか」


「……?」


「いや、何でもない」


 ロークは首を横に振るとどこか吹っ切れたような、どこか清々しさを感じさせる苦笑を浮かべる。


「もう行くよ。じゃあな、姫様」


「待って下さい。まだお代を渡して」


「もう貰ったよ」


 

 そう言ってロークは不思議そうな顔をするミーシャに笑うともう振り返ることなく大市場を後にした。





 そして夜が明けて、ロークとトラルウスの学位戦当日。

 後にユートレア学院で長く語られることになる戦いの幕が開ける。


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― 新着の感想 ―
[一言] 精霊居ないって…今更言えないよなぁ… 最初から言ってたら『才能ない』で下手すりゃあ退学になるかもだし…大変だなぁ(白目)
[気になる点] 自分から精霊いないって何で言わないのか 今更感で言えないのだとしてもちょっと拗らせすぎでは… そのあたり語られてましたっけ
[一言] 語られるのは良い方か悪い方か…
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