第109話
「フッ!」
『ガァアアッ!』
カイルと同じタイミングで動き出したオーウェンはアジ・ダハーカの封印術式を弄るアルベルトを目掛けて霊装と化したジャックを振るうが、素早くカバーに入ったスカルグリスによって受け止められる。
「サンダーバードッ!」
「避影」
ならばとオーウェンがもう一体の契約精霊であるサンダーバードに攻撃を命じるが、今度はボラーによる妨害が入る。
『ギィッ!?』
ボラーの契約紋が輝くと共にその影から四つの黒い腕が伸び、霊術を放とうとしたサンダーバードを地面に押し付けて拘束する。
「使えッ!」
そんなサンダーバードの様子を視認しながらオーウェンはそう言って懐から封霊石を宙へと投げ飛ばす。
「あざっすッ!」
すると師が投げた封霊石を宙で受け取ったロークはそのまま封霊石を開放、その中から現れた柄尻が鎖で結ばれた琥珀色の双剣の姿をした精霊を手にするとそのままアルベルトへと向けて斬り掛かる。
「らぁああッ!」
「くッ!」
流石に躱すしかないと判断したアルベルトは顔を顰めながら作業を中断するとその場から跳躍し、振り下ろされる一刀を避ける。
「ミカエル」
『———』
避けた直後、アルベルトが頭上から眩い光を感じて顔を見上げれば顔を隠した天使がその手に生み出した光剣を振り下ろしていた。
アルベルトは咄嗟に動いたこともあり、致命傷の回避には成功するが、その身体に決して浅くはない傷を負うことになった。
「……痛ッ。容赦がないですね、ミーシャ様」
「裏切り者に与える慈悲などありませんよ、アルベルト」
ドクドクと身体を伝って地面に血が垂れるのを感じながらアルベルトがミーシャにそう声を掛けると冷たい声音の返事が来る。
「フッ、当然ですね」
そりゃそうだとミーシャの返事に納得したアルベルトは思わず笑ってしまいながら周囲に視線を向ける。
「どうやら、まだ封印は解けていないようですね」
「ああ、ギリギリセーフってところか」
「…………」
アジ・ダハーカの封印を守るように立つロークとミーシャ。
水飛沫が舞う中で霊装である槍を振るい、襲い掛かってくる三体の邪霊とデヤンの攻撃を捌いているカイル。
自身の契約精霊であるスカルグリスと戦いながら同時にボラーと戦うサンダーバードにも意識を向けるオーウェンは刃に紫炎を灯し、霊装を振るっている。
そして———。
「ハハハ、ハハハハハッ!」
「はぁあああッ!」
響き渡るホーンテッドの笑い声、そしてそんな声を掻き消す轟音が鳴る度に地面や壁が窪み、金色の火柱が立ち上がる。
どうやらホーンテッドも笑い声を上げられる程度には霊装を纏ったゼルの動きに対応できているようだが、それでも回避と防御が精一杯のようだった。
「……援護は望めないか」
援護が望めない以上、作業の再開は不可能に近い。
尤も最低限の作業は終えている以上、このまま放置しても後は勝手にどうにかしてくれるだろう。
———それよりも今は……。
自分が孤立しているこの状況を利用しない手はないと口角を上げるアルベルトは懐に手を伸ばす。
「俺が試しても問題ないよな?」
「その封霊石はッ!」
そう呟きながら見覚えのある漆黒の封霊石を取り出したアルベルトにロークは驚きで目を見開く。
「なッ!? アルベルト、お前———ッ!」
が、それは相手にとっても予想外だったようで、カイルと戦闘中に封霊石から放たれる気配に気付いたデヤンがアルベルトに視線を向け、驚きの声を上げた。
「約束は果たしたんだ。後は好きにやらせて貰う」
「よせッ! 言った筈だッ! お前では不可能だとッ!」
「ローク・アレアス」
「分かってるッ!」
ミーシャの言葉に頷き、ロークは駆け出す。
アルベルトとデヤンの口論の内容は理解できないが、彼がアぺプスを呼び出そうしていることだけはロークにも分かった。
「させねぇぞ、先生ッ!」
「もう先生じゃないよ!」
ロークの叫びにアルベルトはそう言い返しながら封霊石を解放しようとする。
「雷襲ッ!」
バチリと剣精霊の刀身から稲光が走り、そのままロークの全身を覆う。
雷の属性を持つ剣精霊によって霊術を発動したロークはそのまま一気に加速するとアルベルトの懐に入り込み、封霊石を持つ右腕を狙って逆袈裟に刃を振るう。
「舐めるなッ!」
「なッ!?」
対するアルベルトは左腕を伸ばして迫ってくる刃に触れるとそのまま剣の軌道をズラし、右腕を斬撃から守ることに成功する。
雷を帯びた刃に触れたせいでその左手は焼け、その身体にも少なくダメージが入っている筈だ。けれどアルベルトは苦しげな表情を浮かべることも動きを乱すこともなく、封霊石の開放を行う。
「させませんよ」
そんなアルベルトを目掛けてミーシャ放たれる幾つもの光槍。
ロークは素早くその場から離脱すると、迫ってくる槍に対して一切の回避行動を取らずに槍に貫かれるアルベルトの姿を視認するが、その直後、天使によって斬撃が放たれる。
「ッ!」
光剣の輝きと衝撃によって発生した土煙が舞い上がる中に姿が消えるロークは嫌な予感を覚える。
———なんだ?
まるでこちらの攻撃を意に介していないかのようなアルベルトの動きを訝しんでいるとロークの背筋に悪寒が走った。
「倒しきれなかったか……ッ!」
顔を顰めるロークの前に黒い光が放たれ、巨大な黒い影が天井を突き破りながら空へと昇っていく。
「ここを崩す気かッ!?」
「この馬鹿がッ!」
『ォォォオオオッ!』
天井の一部が崩れて瓦礫が落ちてくる中、スカルグリスの攻撃を凌ぐオーウェンとカイルを相手どるデヤンの怒声、そして更にその声を掻き消すようにアぺプスの咆哮を響き渡る。
「ローク・アレアス! こちらへッ!」
「ッ!」
後方から聞こえてくるミーシャの指示に従って後方へと後退すると天使が二人を翼で包み込み、落ちてくる瓦礫から二人を守ってくれる。
「すまん、助かった」
「いえ、それよりも正念場です。気合いを入れて下さい」
礼を述べるロークにミーシャは他の邪霊たちとは一線を画す禍々しい気配に険しい表情を浮かべながら警戒を促す。
「一度、戦った経験者として何かアドバイスはないか?」
「とにかく相手の攻撃はやむを得ない状況を除いて防御ではなく回避に徹すること、それから攻撃は常に全力で行ってください」
「……了解」
ミーシャの単純ながらも分かりやすくアドバイスにロークはそう返事をしながら頷いていると瓦礫の落下が落ち着いたらしく、天使の白い翼が退かされて視界が明瞭になる。
「ああ、ようやく……」
『………』
視界に入ったのは全身に痛々しい傷を負いながらもまるでそれを感じさせない歓喜の笑みを浮かべるアルベルトと、そんな彼を見下ろすアぺプスの姿だった。
「さぁ、アぺプス。霊力は全てくれてやる、だから俺と契約を———」
「まさかッ!?」
契約を結ぼうとアぺプスへ手を伸ばすアルベルトの姿にロークは驚きながら叫ぶ。
かつて講義で邪霊との契約の危険性を語っていたのは他でもない、アルベルト自身の筈だ。
一体どういうつもりなのか。いや、そもそも本当にアぺプスと契約を結ぶことが可能なのだろうか?
ロークが疑問を抱いている間に既に動いていたミーシャはその手に霊術で形成した弓を作り出すとそのままアルベルトを目掛けて光の矢を射った。
真っ直ぐアルベルトへと向かっていく矢は、けれどもその直前でアぺプスの放つ闇によって阻まれてしまう。
「ッ!」
「まさか本当に……」
アぺプスがミーシャの霊術からアルベルトを守る様子を見て、ホーンテッドたちと同様に邪霊と契約を結べる可能性を感じたロークは遅れながらも駆け出す。
その身に雷を纏い、一気に加速したロークはアルベルトの意識を奪わんとこちらを見向きもしていない彼に剣を振るおうとして———その異変を目にする。
「……゛あ゛あ゛あ゛あッ!!」
「……ッ!」
刃が届く直前、苦しげな声を上げながら膝を突くアルベルトの姿にロークは思わずその刃を振るう手を止めてしまう。
「ガガ……グッ! あ、あ……ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああアアアアアアアアアッ!」
「一体、何が……ぐッ!?」
白目を剥き、口から涎を垂らして痙攣するアルベルトの悲鳴がより大きくなったかと思うと全身から突如として黒い霊力が溢れ出し、ロークはその衝撃で後方へと吹っ飛ばされてしまう。
「ローク・アレアス。あれは……」
「分かる訳ないだろ……」
困惑と恐怖心を入り混じらせた表情で尋ねてくるミーシャにロークは投げやりに返事をしているとアルベルトの叫び声が途絶える。
「———」
見れば叫んでいたアルベルトは糸の切れた人形のようにぐったりとした様子で動かなくなってしまった。
「……意識を失った?」
「それだけで済んでいるかも怪しそうだが……」
アルベルトの様子を訝しむミーシャに対してロークはそもそも生きているからすら怪しいと感じていた。
とはいえ、今のアルベルトからは生気をまるで感じない一方で不気味なほど濃い霊力を帯びているのが気になった。本来、生命力と霊力が相反することは無く、これだけの霊力を纏っているのならそれだけ生気があって然るべきなのだが……。
「ローク、それにミーシャ様も」
あまりにも未知な状況を前にしてロークが動けずにいると霊装を片手に携えたオーウェンが跳んでくる。
「無事でしたか……」
「師匠!」
頼りになる援軍を前にしてロークは歓喜するがそれも一瞬、オーウェンの身体の状態を見て、その感情を一変させる。
割れた眼鏡に乱れた呼吸、纏っている服は至るところが裂け、赤色が滲んでいる。
いつも飄々とした様子で敵を倒してきた彼からは想像できないほど怪我を負っている今のオーウェンの姿にロークは驚かずにはいられなかった。
「その怪我……」
「見た目ほど怪我は酷くはないし、霊力にも余裕はあるから何も問題ないよ。それよりもいきなり、スカルグリスが送還されたんだけど、アルベルトに何が………」
ロークの心配を一蹴したオーウェンはそう言って戦っていたスカルグリスがいきなり送還された理由を尋ねようとして、アぺプスとその側で膝立ち状態のまま動かないアルベルトの姿に気付く。
「あれは……」
「アぺプスとの契約を試そうとしたようで……」
ロークがそう説明をするとオーウェンは悟った様子で「あの馬鹿が……」と吐き捨てるように呟く。
「誰よりも邪霊の危険性を理解していた筈なのにね……」
「師匠……」
憂いを帯びた表情を浮かべるのも一瞬、オーウェンは瓦礫と共にサンダーバードの青い巨体が真上を通って吹っ飛んでいくのを確認し、気持ちを切り替える。
「………」
「全く、感傷に浸る暇もないな」
ゆったりとしながらも力強い歩みと共に姿を現すデヤン。
その背後にはどこか蜘蛛を彷彿させる不気味な邪霊が佇んでおり、唸り声を上げながらオーウェンを睨み付けていた。
「あの邪霊は……」
「さて、初めて見るタイプなので全然分かりませんが……ッ!」
ミーシャの問いに答えている途中で視界の端でゆらりと幽鬼の如く立ち上げるアルベルトの姿を確認し、言葉を詰まらせる。
「意識が戻って……ッ!」
オーウェンに釣られて起き上がったアルベルトを見たロークはその様子を見て息を呑む。
「…………」
そこに立っていたのは先程と何も変わらない白目を剥いたまま、どう見ても意識がない状態のアルベルトだった。
「……ぁ……ぁぁ」
けれどもそんな状態にも関わらずアルベルトは呻き声を漏らしながらまるで操り人形のような緩慢な動作でゆっくりと手合わせる。
その動作が霊術を発動する為のものだと気付いた時には遅かった。
『「……黒屍無葬」』
アルベルトの声に重なるようにして響く低い声。
その正体を察する間もなくアルベルトから闇が溢れ出し、廃神殿全体を飲み込まんと津波の如く一気に広がっていく。




