第106話
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「ライクスさん、周囲に多数の邪霊がッ!!」
「くッ! 陣形を維持しろッ!! 絶対に結界班に邪霊を寄らせるなッ!!」
あちこちで上がる仲間の悲鳴に指揮官であるライクスは顔を歪めながらも必死に命令を下す。
———何故、突然これほどの邪霊がッ!?
先程まで索敵範囲に邪霊は一体もいなかった筈なのにこの一瞬の間にこんなに出現することがあり得るのだろうか? 更に言えばゼルを始めとした主戦力が抜けたタイミングでのこの邪霊たちの襲撃、人為的な意図を感じずにはいられない。
「全員、気合いを入れろッ! 踏ん張りどころだぞッ!」
「はいッ!」
「流石はロムス王国精霊師団。この状況で臆するどころか逆に士気が上がるか」
聞こえてきた声にライクスが振り返ると白い仮面を被った男と褐色の肌を持つ禿頭の男が立っていた。
「……何者だ?」
「名乗るほどの者でもない。ただの一般人だ」
問いに対して仮面の男はそう答えるが、ライクスの中で彼らに対する警戒度は既に最高に到達していた。
一般人がビブリア廃神殿に訪れることが有り得ない話ならこの邪霊と精霊、精霊師が入り乱れる戦場でこの平然とした佇まい。ライクスの中の長年の勘がこいつらは危険だと信号を発していた。
「……一般人だと言うなら速やかにこの場から避難してくれ。見て分かる通り、今は大変な状況でね。悪いが君たちに構っている暇はないんだ」
「いや、折角のご厚意を無下にするようで申し訳ないけれど、こちらにも事情があってね。その指示を受け入れることはできない」
「……なら、どうすると?」
ある意味では予想通り、この場から去ろうとしない二人組に警戒していたライクスはその周囲に現れた三体の人狼の姿の邪霊を見て目を見開く。
「その邪霊、まさかッ! お前たちは前にここを襲撃した……」
以前、読んだ報告書に記載されている邪霊の契約者たちと特徴が一致することに気付き、動揺の声を上げる。
「ここに結界を張られるのは迷惑でな。悪いが諦めて貰おうか」
「……ッ! 来い、エアレッ!」
『ブォオオッ!!』
ライクスの言葉に応じて巨大な二本の角が特徴的な山羊の姿をした精霊が雄叫びを上げながら姿を現す。
「ここは絶対に守るッ!」
「その心意気は素直に評価したいが……」
仮面の男がそう呟く途中で再び悲鳴が上がる。ライクスが慌てて見れば精霊師の一人が突然、現れた黒竜の翼によって地面に叩き伏せられていた。
「……くッ」
「今回は運が無かったな」
その言葉と共に三体の邪霊が唸り声を上げながらライクスとエアレに襲い掛かった。
******
「ネタバレも終えたようですね。それじゃ………」
アルベルトが今回の目論見を語り終えた横でホーンテッドの霊力が高まり、それを見たレイアとケイがそれぞれ霊術を放つ。
『ガァアアッ!』
飛来する霊術の数々を間に割って入ったスカルグリスがその身を挺して受け止め、その間にホーンテッドは剣を地面に突き刺し、霊術を発動させる。
「アぺプスッ! 約束は守って貰うぞッ!!」
『……ッ!』
ゼルを筆頭とした王国精霊師たちと霊術を飛ばし合い、激しい空中戦を繰り広げていたアぺプスはホーンテッドの霊術を感じ取るとその動きを止め、不愉快そうに唸り声を上げる。
「動きが止まった?」
「何かに気を取られているようですが、何であれ好機です。畳みかけましょう」
そんなアぺプスの様子をミーシャが訝しんでいる中、ゼルはそう言うと部下の精霊師たちと共に攻撃を仕掛けようと試みるが——————。
『…………邪魔が入った。続きはまた今度だ』
「なッ!?」
——————まるで念話の如く脳内に直接語り掛けてきたアぺプスにゼルが激しく動揺しているとその黒い巨体から黒い霊力が溢れ出し、上空に黒い穴が形成される。
『シャァアッ!』
アぺプスは吠えると勢いよく上空の黒い穴に向かって上昇し、そのまま中へと姿を消してしまう。
「悪いが、俺たちも失礼するぞ」
アぺプスが消えた直後、ホーンテッドたちの足元にも上空に現れたものと同じ黒い穴が形成され、二人の姿が中へと沈んでいく。
「待て、逃げる気かッ!?」
「戦略的撤退だよ、まったく。今回こそは仲間にと思ったのに」
声を荒げるロークに対してホーンテッドはため息を漏らしながらそう返答する。
「また次の機会だ。尤も割とすぐの再会になるかもしれないけど」
「てめぇ……」
「そっちのお嬢さんもね」
「………」
その言葉に顔を顰めるロークとレイアを他所にホーンテッドはその言葉を最後に黒い穴へと姿を消す。
「……アルベルト」
「言った筈だ。もう道は決めたと」
そしてホーンテッドと同じく穴に姿を沈ませていくアルベルトは完全に沈む寸前にかつての共に向けて静かに告げる。
「既に楔は打ってある。止めたければ急ぐんだな」
******
「やはり今回の一件は前にビブリア廃神殿を襲撃した組織による仕業だったんですね」
「ああ、そうだ」
学院の保険室で治療を行っていたロークは、同じく治療に足を運んでいたミーシャに今回の襲撃について知っている情報を伝えていた。
「そういえば都市の被害は?」
「具体的な被害状況は分かりませんが、やはり大きいと言わざるを得ませんね。ただ、皆さんの救護活動が功を奏したようでことの他、死傷者の数が少ないですね。特に民家人に関しては負傷者こそ多いですが、まだ死者は確認できていないようです」
「不幸中の幸いか……」
四凶であるアぺプスが暴れてそのレベルの被害というのはロークが想定していた以上に小さく思えた。
恐らく精霊師団や先生方、仲間達が頑張ってくれたお陰だろう。
「……それにしてもまさか生きている内に本物の四凶を拝むことになるとはな」
「ええ、本当に。貴重な体験と言えるでしょうね」
「二度と体験したくはないけどな」
ミーシャの言葉に苦笑を浮かべながら俺はそう返す。
尤もそんな願いが叶うことは無いのだろうが……。
「ですが、残念ながらそうも言っていられません。状況は依然として一刻の猶予も無いと言えるでしょう」
「ビブリア廃神殿か」
ロークがそう呟くとミーシャは「ええ」と頷く。
「アジ・ダハーカの封印が彼らに狙われています。今すぐにもビブリア廃神殿に向かわなければいけません」
「行く気なのか、ミーシャ? 幾ら治療したと言ってもアぺプスと戦ったダメージはまだ残っている筈だ」
「まだ余力は残っています。それにあの四凶に有効打を与えるには光属性が必須な以上、私が行かない訳にはいきません」
「…………」
ミーシャのその決意に満ちた言葉を聞いたロークはこういう奴だったなと思いながら静かに息を吐き、決意を固めた。
「……俺も連れていってくれ」
ロークのその頼みを聞いたミーシャは驚いた表情を浮かべる。
「ですが……」
「身体はトラルウスが応急処置をしてくれたこともあってある程度は治ってる筈だ。そうだろ、フローレンス?」
「ええ、流石はトラルウスさんです。お陰でこちらも余分な霊力を使わずに治療することができました。けれど、それでも今のアレアスさんの状態は全快には程遠いです。それを分かっていますか?」
気遣うミネアの問いにロークは頷く。
自分の身体の状態を理解した上でロークは言った。
「けれど、それは相手も同じだ。アぺプスは霊力が消耗して本来の力を発揮しきれず、ホーンテッドも簡易契約でその供給の為に多大な霊力を消費している。時間が経てば経つほど不利になる。そうだろ?」
「確かにその通りですが、何も貴方が動く必要は……」
「動ける奴は一人でも多い方が良いだろ? それに俺はアイツらと二度の戦闘経験がある。連れていかない理由は無い筈だ」
「……分かりました。なら一度、生徒会室に向かいましょう。そこに皆、集まっている筈です」
どこか煮え切らない様子ながらもロークの提案を受け入れたミーシャはそう言って足早に歩き始めるのだった。
******
「アルベルトの裏切りか……」
「厳密には元からあっち側だったらしいけど、思ったよりも動揺がないね……」
「動揺していますとも。ただアルベルトが邪霊側だったなら納得できる部分が多いと今更ながら気付かされたんですよ」
生徒会室にてオーウェンからアルベトの裏切りについて聞かされたユートレア学院の教師であるカイル・マディソンは学院の襲撃時のことを思い返し、顔を手で覆いながらため息を漏らした。
考えてみればあの時の襲撃には不可解な点が多かった。
何故、襲撃者が結界を素通りできたのか。ガーゴイルたちが侵入者に気付かなかったのか。内部の手引きがあったというなら全て辻褄が合う。
「けど、アイツが俺たちに隠れて暗躍していたなら、急がないとマズいですね……」
「ああ、前に王都で起きた騒ぎと合わせて考えると封印の鍵が用意できていても不思議じゃない」
アぺプスの封印が解けたことが判明してから暫くして、王宮へ賊が侵入した形跡があったという報告があったことを思い返しながらオーウェンは呟く。
人的被害も奪われた物も何一つ無かった為、大きな騒ぎに発展することは無かったが、タイミングからして嫌な予感を覚えた国王がアジ・ダハーカの封印の周囲に結界を張って警備強化を行おうと考えた矢先にこの事件である。
抱いている嫌な予感が強くなっていくのを感じながらオーウェンが頭を抑えていると、カイルが声を掛けてきた、
「これからどうするおつもりで?」
「ああ、ゼルさんと王国精霊師団は既に学院の移動用精霊を借りてビブリア廃神殿に向かっている。僕も後続として追いたいんだけど、学院の力を借りられないか?」
「……協力したいのは山々ですが、こっちは序盤のアぺプスとの戦闘で大半がダウンしているんで難しいというのが実情ですね。学院長も結界の修復と強化、それに学院のガーゴイルを使役して救助活動に奔走中ですし」
ユートレア学院に教師たちは優秀ではあるが、その全員が戦闘能力に秀でている訳ではない。無論一定の実力はあるが、それでも全体を見れば戦闘向きで無い教師の方が多いのが実情だ。
そもそも戦闘能力に秀でた者たちの大半は王国精霊師団に入団する。教師の大半は荒事よりも研究を生業とする精霊師たちの集まりであり、荒事は専門外である。
そしてその武闘派の教師陣もアぺプスから都市を守る為に学院を出て戦い、ダウンしてしまった。
「カイルくんは動けるかい?」
「はい。俺は行くつもりですが、まだ救助や邪霊襲撃の可能性がある以上、他の奴らを連れて行く訳には……」
「ふむ、となると時間もないし、やはり二人で向かうしか……」
カイルの説明を聞いたオーウェンが顎に手を当てて悩んでいると生徒会室の扉が開き、ミーシャとロークが中に入ってくる。
「私たちが行きます」
「ミーシャ様、それにロークも」
「俺たちなら戦力にはなるだろ? 師匠」
そう言って声を掛けるロークの隣で二人に師弟関係があったことにミーシャが驚く中、
オーウェンは「ならないとは、言わないが……」と苦い顔を浮かべながら言葉を濁す。
「ローク、それにミーシャ様も今回はアぺプスとの衝突が確定している。流石に連れて行く訳には……」
オーウェンと同じくカイルもアぺプスとの戦いにロークやミーシャを連れて行くことに抵抗があるらしく、その顔を顰める。
それは大人としてあまりにも危険な戦場にまだ若い二人を巻き込みたくないと思いからであったがそんな二人にミーシャは口を開く。
「お二人の善意は伝わりますが、今はそんな場合ではない筈です。このまま二体目の邪霊を復活させてしまえば、それこそ過去の悲劇が繰り返されてしまいます。それにアぺプスに倒す為に私の力は有効な筈ですよね?」
「………」
ミーシャのその指摘のオーウェンは暫く黙り込んでいたが、やがて諦めた様子でため息を漏らしながら「その通りですね」と頷いた。
「ミーシャ様、危険を承知で申し上げますが、どうか私たちと共にビブリア廃神殿に向かって頂けますか?」
「ええ、勿論です。共に賊の目的を打ち砕きましょう」
オーウェンの頼みにミーシャが頷く中、除け者にされている感を覚えたロークは「俺も行きますからね?」と手を挙げて存在をアピールする。
「君、身体は大丈夫なのかい? アぺプスの一撃をもろ受けたんでしょ」
「トラルウスとフローレンスが治療してくれたんで行けます。それに鍛えていますし」
懸念を示すオーウェンに対してロークはそう答えて自身が問題なく動けることをアピールする。
「確かに君の実力なら頼りになるが……」
ロークの師であるオーウェンは彼の実力をしっかり把握している為、連れて行けば戦力になることは理解していたが、一方で何か引っ掛かるような懸念を拭えなかった。
「いや、そうだな。ローク、頼んだよ」
「はいッ!」
けれど現在の状況を考えて四の五の言っている場合ではないと判断したオーウェンは、ロークにも参加するように頼み込むとそのままビブリア廃神殿で向かうべく生徒会室を出ようとする。
「僕はカイルを乗せてサンダーバードで移動する。二人は学院の精霊を借りて———」
「それなら私のサラマンダーを使って下さい」
「……君たち、いつの間に」
生徒会室を出るなりそう声を掛けてきたレイアに視線を向けるとその後ろから更にガレスとリリー、加えてケイとロクスレイの姿まであった、
「みんな……」
「僕たちも一緒に行かせて下さい」
「お前ら、これから行く場所を理解しているのか?」
そう言って頼み込むガレスにカイルが学生たちに視線を向けながら確認を取る。
今回は普段、学院で受けるような依頼とは危険の度合いが違う、下手をしなくても命を落とす可能性がある場所に向かうという自覚があるのだろうか。
「はい。勿論、分かっています」
「学院を荒らされて黙っている訳にはいきません」
カイルの質問に首肯するガレスに続いてロクスレイが答える。その二人の様子から迷いは感じられず、ケイに至っては……。
「こんな貴重な機会を逃す理由はないからね」
「お前……」
どこかズレている発言を零すケイにカイルが何とも言えない表情を浮かべているとオーウェンが遮るように「構わないよ」と答える。
「どちらにしても君たちを説得には時間が掛かりそうだしね。ただ、命を落とす可能性すらあることは覚悟しておくんだよ」
「精霊師なんて大小あれど、基本いつも命掛けじゃないですか」
脅すように告げてくる師にロークはそう言い返す。そもそもロークからすれば普段の学位戦さえ命懸けなのだ、今に始まったことじゃない。
「……フッ、確かに。余計な話をしてしまったね。それじゃ、手遅れになる前にみんなで行こうか」
オーウェンはロークの呟きに笑みを浮かべると全員を率いて移動を始めるのだった。




