第101話
「なんか疲れてる?」
「まぁな」
翌朝、疲れ切った表情を浮かべながら親父が用意してくれた朝食を食べ終えた俺は正面に座るガレスから顔色が悪いことを指摘される。
そもそも寝たというより絞め落とされたが正しく、ちゃんと寝れた気がしない。
「…………」
「……ん?」
恨みを込めて諸悪の根源であるリリーに視線を向けるが、彼女は我関せずと言わんばかりの様子でお茶を飲んでいる。
———コイツ、自分は人を抱き枕にして快眠しやがって……。
そんな恨み言を呟きながら椅子から立つと親父が声を掛けてくる。
「ローク、もう行くのか?」
「ああ、迎えも頼んでるし。朝飯、ありがとうな」
「送っていくよ」
「いや、いいよ。親父は仕事もあるだろ」
「そうか、分かった」
「色々と教えてくれてありがとな、助かった」
「……ローク、俺は———」
俺からの感謝を聞いて申し訳なさげに声を掛けてくる親父に俺は手を出して待ったを掛ける。
「いいよ、謝らなくて。全部、親父なりに俺のことを考えてのことだったんだろ」
「だが……」
「まぁ、思うところはあるけどさ。それでもこうして俺を育てて、ユートレア学院にも入れてくれて……感謝してるよ」
「……ローク」
「また帰ってくるから、その時に話そう」
「……ああ、そうだな。いつでも帰ってこい」
驚いた様子で黙り込んでいた親父はやがて口元を緩ませるとそう言って俺を見送ってくれる。
「色々とありがとうございました」
「ご飯、美味しかった」
「こちらこそ、君たちと話せて良かった。もし機会があれば是非、また遊びに来てくれ」
頭を下げて礼を述べるガレスとリリーに親父もそう言って笑うと握手を交わす。
「ああ、それにまだお礼を言えてなかったね」
「えっ? お礼ですか?」
「……?」
親父の言葉に何のことかと顔を見合わせるガレスとリリー。
二人と同じく俺もお礼というのが何のことを言っているのかと分からず、困惑していると親父が頭を下げた。
「二人とも、ロークと仲良くして下さってありがとうございます。ご迷惑を掛けることもあるでしょうが、どうかこれからも仲良くしてやって下さい」
「……こちらこそ、是非これからも仲良くさせて頂ければと思っています」
「…………」
ガレスは親父の言葉に普段以上に真剣な表情を浮かべながらそう言って頭を下げ、リリーも静かに頭を下げた。
「親父」
「ああ、時間を取って悪かった」
三人のやり取りに気恥ずかしいものを感じながら俺がそう声を掛けると親父は頷き、二人に改めて別れを告げる。
「気を付けてな」
「ああ、またな」
俺は最後にそう告げて親父と別れを告げるとアイレ運輸との合流地点を目指して移動を開始する。
「良い親父さんだね」
ガレスが笑いながらそう俺に声を掛けてくる。その隣を歩くリリーもうんうんと首を縦に振っている。
「まぁな」
俺は親を褒められることに照れ臭さを覚えながら返す。
まぁ、けれど自分の親を褒められるのはなかなか良い気分だ。前、俺がヴァルハート様を褒めた時もレイアはこんな気持ちになっていたのだろうか。
「とはいえ、色々と問題が増えたね」
「ああ、帰ったら色々と調べないとなぁ」
ガレスに同意しながら深いため息を漏らす。考えることが多過ぎて頭が痛くなってくる。
「その割には昨日と比べて表情が明るいじゃないか」
「そうか? いや、そうかもな……」
考えてみればその通りだ。
親父から話を聞き終えてすぐは割と陰鬱な気分だった筈だが、今は疲れこそあるが不思議とそこまで悪い気分じゃない。
恐らくは昨日の夜のバカ騒ぎのせい……もといお陰だろう。
「……今回の帰省に二人がいてくれて良かった。本当にありがとうな」
だからだろうか、気付けばそんな感謝の言葉が自然と口から漏れていた。
「…………」
「…………」
「何だよ、揃ってそんな顔して」
まるで予想もしていなかったと言わんばかりの様子で驚くガレスとリリーに俺は首を傾げる。礼を言われたことが、そんな意外だったろうか?
「いや、正直半ば勝手に君の帰省に付いてきたからね。そんな感謝されるとは思わなくて」
「うんうん」
「自覚はあったんだな……」
思わずため息を漏らす。やはり色々と強引な奴らだとは思う。
けれど今回は間違いなくその強引さに救われた。
きっと一人だったら今も一人で抱え込んだままずっと落ち込んでいただろう。
だから———。
「まぁ、なんだ。これからもよろしく頼むよ」
頭を掻きながらそう言うとガレスは笑みを浮かべながら肩を組んできてリリーは逆側から抱き着いてくる。
「はっ、今更じゃないか親友。君から契約精霊がいないことをカミングアウトされた時から僕らは一連托生だろ」
「もっと感謝して。そして下僕になって」
「暑苦しいから寄るな! 離れろお前らッ‼」
俺のそんな叫びがアルズスの町に響き渡るのだった。
*****
とりあえず自分の出生が特殊であることが判明したとはいえ、まだまだ疑問は尽きない。
そもそも悪魔に関して知っていることがあまりにも少ない。
故郷から無事に戻ってきた俺は早速、ガラテアの図書館へと足を運んで悪魔に関する文献を片っ端から読み漁ってみることにしたが……。
「全然情報がないな」
どの文献も伝承や神話といった要領を得ない内容ばかり書かれており、今一番知りたい悪魔の生態について書かれている文献が全くと言っていいほどない。
「……ふぅ」
小さく息を吐くと読んでいた本を閉じた俺は積み重なっている本の山に乗せる。
それらしいタイトルの本を借りて読んでみたは良いが、中には悪魔どころか心理学という見当違いの内容の本まである始末だった。
流石に雑に選び過ぎてしまったようだ。
「随分と本を読んでいますね」
流石に少し疲れた為、一息入れていると誰かからそう声を掛けられる。視線を向けると保健委員会の長であるミネア・フローレンスの姿があった。
「フローレンス、こんなところで珍しいな」
「少し治癒術について借りたい本があったんですよ」
そう言って手に持っている治癒系の術が纏められる霊術書を見せてくれる。
コイツ、あれだけの治癒術が扱えるのに更に治癒術を鍛える気なのか……。
「流石、向上心の塊だな」
「貴方こそ、そんな本を積んで。その勤勉さには敬意を払わずにはいられません」
「いや、これは……」
勉強じゃなくて個人的な調べものをしているだけなんだけど、と思っているとミネアは興味深々といった様子で積まれた本のタイトルを確認していく。
「ふむ、邪霊学に民俗学、それに哲学に心理学、精霊史まで………随分とジャンルが広いですね」
「ハハハ」
全部、タイトルや内容紹介に少しでも悪魔という文字が書かれていたり、関連のありそうな用語を見つけ次第、ジャンルなどを確認せずに半ばヤケクソで借りまくっていた結果である。
「邪霊学と言えば、学位戦で従えていたあの子はまだ持ち歩いているんですか?」
「ん? ああ、まだ持ち歩いているよ」
一瞬何のことを言っているのかと思ったが、持ち歩いている邪霊と言えばクロのことだと理解して頷く。
「凄いですね。こう言うのは失礼にあたるかも知れませんが、怖くはないんですか?」
「いや、特に怖くはないな」
無論、出会った時は恐ろしくて仕方なかったが、簡易契約ながらも契約を結ぶことができたこともあり特に恐怖心のようなものは無い。
何なら意外と可愛いまである。
「フローレンスは怖いか?」
「ええ、やはり不気味で恐ろしいと思ってしまいますね」
「そりゃそうか」
この世界において邪霊は恐怖の象徴だ。怖がるなという方が難しい話だろう。
「特に最近は邪霊の動きが活発になっていると聞きますし、余計にそう思いますね」
「—————」
『だから俺が世界を変える。どんな方法だろうとどんな組織と協力しようが、コイツが生きやすい……自慢の精霊なんだと堂々と誇ることができる世界を俺が作り出す』
「どうかしましたか?」
「……いや」
ふと、かつて戦った精霊師、ユーマの言葉が脳裏を過る。
ユーマが口にした生きやすい世界とは一体、どんな世界なのだろうか。四凶が暴れ、邪霊が跋扈する、そんな世界なのだろうか……。
そこまでのことをしなければ邪霊は受け入れられないのだろうか?
「……まぁ、怖いよな。俺も初めて野生の邪霊と遭遇した時は殺されかけたし」
「そうなんですか? よくそんな目に合った後に簡易契約を結ぼうと思いましたね」
「ものは試しって言うからな」
まぁ、実際には簡易契約どころか本契約を結べないかなと思っていたんだけどね。
失敗したけど。
「けど、意外と触れ合ってみるとフローレンスが想像しているよりは邪霊も怖くないよ」
「ホントですか?」
「ホントホント、何なら触ってみる?」
「興味はありますが……今はその気持ちだけ受け取っておきます。ただ勇気が出た時はぜひ、お願いしますね」
そう言って俺の提案を苦笑気味に遠慮するミネアの姿を見つめながら考える。
世界を巻き込むほど大袈裟なことをしなくても、もっと小さな努力で変えることができるんじゃないかと、そう思わずにはいられなかった。
*****
ミネアと話を終えて集中力が完全に切れた俺は読んでいた本を棚に戻すと今日はもう休もうと寮への帰路に着いていた。
「はぁ、今日も成果無しか……」
大市場を行き交う人々の間をすり抜けながら気付けば俺はため息を漏らしていた。
ここの図書館ならば悪魔に関しての情報が集まると踏んでいたが、思ったよりも集めることができなかった。
というのもやはり、悪魔という存在自体があやふやなことが大きな要因のようだ。
実際に悪魔の存在していたとされるのは精霊師という職業が誕生する遥か昔の時代であり、当時のことを記録している文献がほぼ見つからない。
一応、邪霊戦役の時に見かけたという文献も幾つかあるが、どれも信憑性は薄く、噂の域を超えることはない内容ばかりだ。
「やっぱり師匠に頼るしかないか?」
歴史研究家である師匠ならばもう少し悪魔に関する記述が載っている文献を持っているかも知れない。
ただ師匠は現在、ビブリア廃神殿の結界を張る作業で忙しい為、会うことができない。
「それに師匠にも事情を説明した方が良いよなぁ……」
俺の出自についてまだ師匠に何も説明ができていない。
正直なところ師匠に悪魔のことを話すのは怖いが、あの人ならば悪魔のことも知っている可能性が高い。それこそ事情を知れば俺が精霊と契約する方法を見つけてくれるかも知れない。
「……まぁ、何はともあれ今は地道に調べるしか———」
その人物が視界に入った瞬間、俺はその場で立ち止まった。
後ろを歩いていた人物がいきなり歩みを止めた俺を驚きながら避け、何か言いたげな様子を見せていたが今の俺にそのことを気に掛ける余裕は無かった。
「やぁ、久しぶりだね」
そう言ってまるで友人に合ったかのように気さくに挨拶をしてくる黒衣を纏った男に、俺は自分の心臓が激しく脈打つのを感じていた。
「ホーンテッド……」




