第99話
年が明ける前に滑り込みで更新です。
読者の皆様、今年もお世話になりました。
来年もどうか、本作と共によろしくお願いします。
「———つまり、ロークは私の下僕になりました」
「あらら、俺の息子はリリーちゃんの下僕になっちゃったのか~」
「なってねぇよ」
しれっとリリーの下僕にされかけた俺は思わず突っ込みを入れる。
つーか、親父もなに普通に俺が下僕にされることを受けいれてんだ。
「そんな……」
「なんでそんな裏切られたような表情を浮かべてるの? 俺、一度もOKしたこと無いぞ」
「ローク、リリーちゃんが可哀想だろ」
「アンタは息子が同級生の下僕になっても良いのか……?」
可愛い子贔屓をする親父に溜息をも漏らしながらそう呟いているとガレスから名前を呼ばれる。
「………」
「……ああ」
視線でそろそろ本来の用件を聞いたらどうだと視線で訴えかけてくるガレスに頷くとリリーと楽しげに話している親父に声を掛ける。
「親父、さっきの件についてだけど……」
「……ああ、分かった」
「リリー、折角だし少しロークの故郷を観光しないかい?」
「よかろう」
こちらを気遣ってのガレスの提案にリリーは鷹揚に頷くと椅子から立ち上がる。
「それじゃ、僕らは暫く外を見て回っているのでお二人は積もる話もあるでしょうし」
「ごゆっくり」
「ああ、ありがとう」
そう言って玄関から外へ出て行く二人に感謝を述べながら見送ると改めて視線を親父に向ける。
「良い友人を持ったな」
「ああ、二人とも俺には勿体ないほど良い奴だよ」
「そうか、なら大切にしないとだな」
そう言って優しい笑みを浮かべる親父に頷くと改めて俺は自分のことについて尋ねるべく口を開く。
「親父」
「分かっている。ただお前の身体のことを話す前に、まずは母さんのことを話そうか。母さんのことについてどの程度、覚えている?」
「それが全然、覚えてないんだ。正直、顔すらまともに思い出せないよ」
素直に答えると親父は「だろうな」と俺の返答を予め想定していた様子で頷く。
「お前が覚えていないのも当然だ」
「やっぱり俺が物心つく前に母さんと別れたってことか」
下手をすると俺が赤ん坊の時に分かれたのだろうかなんて考えながら呟くと親父に違うと首を横に振られる。
「いや、違う。俺が母さんと分かれたのは……確か、お前が十歳頃の話だ」
「え? それは親父の記憶違いじゃないか? その頃には既に親父と二人暮らしだった筈だぞ」
親父の言葉を俺は即座に否定する。
その頃の記憶の全てを鮮明に覚えているわけではないが、それでも十歳頃まで母と一緒に暮らしていた記憶は一切無い。
「………」
「……なに?」
こちらの指摘に対して何かを堪えるように瞑目する親父の姿に俺は困惑する。
一体、何だというのか。
「……それは、お前が母さんのことを思い出せないのは……記憶の一部に封印が施されているからだ」
「……は?」
今、なんて言ったんだ? 聞き間違いか?
「封印? 封印って……どういうこと?」
言っている意味が分からない。封印ってのは何の冗談だろか。
「混乱するのも無理はない。その為に母さんが掛けた封印だからな」
「母さんが封印って……どういうことだよッ!? どうして俺にそんなものをッ!!」
「事情があった。そうしなければいけない事情が……」
「意味分かんねぇよッ! 自分の子供の記憶に封印を施さなきゃいけないほどの事情って何だよッ!?」
想定もしなかった事実に混乱しながら叫ぶ俺を他所に親父はゆっくりと立ち上がると背後の棚から一枚の写真を取り出した。
「これがお前の母親だ」
「……ッ!」
俺の質問を無視して一枚の写真を手渡してくる親父。半ば奪い取るように写真を受け取った俺はそこに写っている人物を見て、思わず息を呑んだ。
「これは……」
写真に写っていたのは親父と母さんらしき女性、笑顔を浮かべる小さな俺の姿
———そして、そんな俺に嬉しそうに抱きつく女の子の姿があった。
「………」
「お前、その二人の姿に見覚えはあるか?」
「……ない」
ない……が、不思議と懐かしい感覚に襲われる。
特に俺に親しげに抱きついているこの少女には強い既視感を覚える。それこそ、少し前にあったような気さえするが……。
「俺の隣にいるのが母さん、ヘルガ・アレアス。そしてお前に抱き着いているのが、リリス・アレアス。お前の妹だ」
「ヘルガ・アレアス。リリス・アレアス……」
二人の名を呟く。どちらも知らない名前だが、声に出すと先程と同じように懐かしさを感じずにはいれなかった。
「リリスのことはどうだ?」
「覚えてはないけど、妙な既視感はあるよ。それこそ変な話だけど、少し前に会ったことがあるような気さえする」
何ならお兄ちゃんと呼ばれていた気すらするが、俺の妄想だろうか?
「…………」
「まさか、妹のことも母さんが記憶を封印したのか?」
俺の言葉を聞いて険しい表情を浮かべる親父を訝しみながら俺が妹のことについて尋ねると案の定と言うべきか、首肯される。
「どうしてだ? 母さんはどうして自分と妹の記憶を……」
どうして母さんは自分とリリスの記憶を封じるような真似をしたのか。
もっと言えば親父もどうして家族の情報を隠そうとするのか。誰の考えも理解できず、俺は動揺しながら尋ねた。
「………全てお前の為だ、ローク」
「俺の為? どうして母さんとリリスの記憶を封じることが俺の為になるんだ」
まるで意味が分からない。
記憶を封じることと俺に為になることがどうやらったら繋がるのかさっぱりだ。
「………その前にお前の求めていた答えを言おうか」
そんな俺の疑問を無視して親父はお茶で喉を潤してから重々しく口を開いた。
「ローク、お前は悪魔の子だ」
「………………………………は?」
悪魔の子? 悪魔の子ってどういう意味だ?
「……それって、忌み子って……こと?」
恐る恐る俺がそう尋ねると親父は首を横に振る。
「違う。言葉通り、お前は悪魔から生まれた子供なんだ」
「悪魔から……生まれた?」
悪魔。
それは普通なら歴史や神話、邪霊学などで聞くような単語だ。こんなところで、家族の会話で出てくるような単語じゃない。
意味が分からない。
「……親父が悪魔ってこと……じゃないよな?」
「お前、こんなオッサンが悪魔な訳ないだろ?」
確かに普通のオッサンにしか見えないが……。
「なら……」
「ああ、悪魔はヘルガ、母さんだな」
「なら……俺は、悪魔と人のハーフってことか?」
困惑する俺の質問に親父は静かに頷いた。
******
「さて、聞きたい話は聞けているかな?」
「もぐもぐ」
「ところでリリー、ちょっと食べ過ぎじゃ……」
ロークの実家を出てアルズスの町を散策していた二人はその途中で発見したケーキ屋に寄っていた。
「問題無い」
「そうだろうか……」
ショーウィンドウのケーキを片っ端から食していくリリーの様子をガレスは心配しながら眺める。
というかその小柄な体型から想像もできないほどの数のケーキを食べているが、甘いものばかりで飽きたりしないのだろうか?
「ガレス」
「ん? 何だい?」
そんなことを考えながらガレスが注文したコーヒーを喉に流し込んでいるとリリーから声を掛けられる。
「大丈夫そうだね」
「……ああ、そうだね」
一瞬、何のことかと考えるもすぐにその言葉が今日、ロークの帰省についてきたことだと理解したガレスは笑みを浮かべながら頷いた。
今回、ガレスとリリーがロークの帰省について来たのは邪霊を使役する精霊師たちを警戒してのことだった。
聞けばロークは彼らに何度も組織に勧誘されているという。
ロークを仲間にしようとしている目的こそ分からないが、下手をすれば故郷にも彼らの手が伸びている可能性はあるのではないと懸念して今回の帰省に半ば無理矢理ついてきたのだが……。
「万が一のことがあったらと思ってついて来たけど、心配のし過ぎだったかな」
「そういうこともある」
折角の帰省の邪魔をしただけになってしまったかも知れないと苦笑を浮かべながら反省しているとリリーから慰めの言葉と共にケーキの一切れが刺さったフォークを突き出される。
「ドンマイ」
「ああ、ありがとう」
普段なら行儀が悪いとリリーの行動を指摘することだったが、自分を気遣ってくれていることが分かっていたガレスは感謝の言葉を述べながらケーキを食べる
「うん、おいしいね」
「ガレスも食べたら?」
「そうだね、僕も少し食べようかな」
リリーの提案に頷きながらガレスはメニュー表を確認する。
「あ、このケーキおかわり」
「嘘だろ」
ガレスは更にケーキを追加注文しようとするリリーに驚愕する一方、ロークとその父親が話しているであろう会話の内容に思いを馳せるのだった。
******
「母さんが悪魔……」
未だ脳が告げられた事実を認識できていない中、半ば呆然と呟くと親父は「そうだ」と首肯される。
「悪魔……悪魔って…………」
邪霊と並んで闇に属する危険な存在。
ただその存在もほぼ文献の中に出てくるだけで、ここ数百年以上その存在が確認された記録は無い。何なら一部の学者は高位邪霊の見間違いではと存在そのものも疑っているほどだ。
そんな存在さえ定かではないものが俺の母親だっていうのか?
「俺を揶揄ってる……訳じゃないよな」
「ああ、残念ながらな」
念の為、親父が俺を揶揄っている可能性を考えて尋ねてみるも予想通り首を横に振られて否定されてしまう。
いよいよ俺の母親が悪魔だという事実を受け入れなきゃいけないようだ。
「……まぁ、お前が信じられないのも無理はない。そもそもこの事実をお前に教えるつもりは無かったんだ。母さんからも秘密にするように頼まれていたしな」
「なら、どうして今になって………」
「……今回の問題に少なからず関係があると思ったからな」
俺の疑問に親父は深く息を吐きながら答える。
「精霊と契約できない原因を考えて真っ先に思い浮かんだのが、お前の中に流れる悪魔の血のことだった」
「悪魔の血……」
「勿論、他の要因も考えられるとは思うが、俺が持つ知識の中だと一番疑わしいのはやはりその血だと思う。」
親父の指摘に愕然とする。
まさか自分の身体に流れている血が精霊との契約を妨げる原因になっているなんて想像だにしていなかった。
けれど、考えてみると思い当たる節はある。
思えば契約を迫ると避けられることが多かったし、師匠の契約精霊であるジャックも俺から嫌な気配を感じると言っていた。
それにクロと簡易契約を結べた理由もこうして大人しく依代で眠っているのも、もしかしたら俺の身体に流れる血に惹かれたのかも知れない。
けれど、血が原因ということは……まさか俺は最初から詰んでいたのか?
「……なら、なんで親父は俺に才能があるなんて言ってユートレア学院に入学させたんだ?」
仮に今の話が事実だとして、最初から俺が精霊と契約できないことを分かっていたんじゃないのか。だとしたら親父はどうして才能があると俺の背中を押して精霊師育成機関に入れようとしたのか。
訳が分からない。
「あの時はお前が精霊と契約できないなんて思っていなかったんだ。ヘルガは精霊契約について何も言ってなかったし……。それにお前はリリスと違って何も気にせずに学校に通わせられそうだったからな」
「ちょっと待て。その言い方、まるで妹は俺と違うみたいな言い方だけど……」
「…………」
俺の言葉に親父が再び険しい表情を浮かべて押し黙る。
……凄く嫌な予感がする。
「……リリスは俺たちと違って人じゃない。あの子は悪魔として生まれたんだ」
「………………」
———マジかよ。
予想の斜め上をいく回答に俺は啞然とする。
俺の家族、一体どうなっているんだ………。
「……いや、ちょっと待ってくれ。そこまでくると俺の種族も気になるんだけど……。俺は本当に悪魔じゃないんだよな?」
俺は妹が悪魔ならば自分も悪魔である可能性も充分にあるのではと考え、親父に問い掛ける。悪魔の母から生まれたんだから寧ろ悪魔である可能性の方が高い気さえする。
「ああ、お前は悪魔じゃないよ。母さんにも確認したし、何よりお前は翼を持っていないからな」
翼ってなんのことを言っているんだ?
「翼って、写真にはそんなの写っていないぞ」
「流石に他人にバレる訳にはいかないからな。写真を取る時は翼を畳んで服の中に隠させたんだよ」
「……な、なるほど」
つまり一見、普通に見える母さんと妹の背には翼が生えているというのだろうか……。
俄かに信じ難いなと思う俺を他所に親父は話を続ける。
「ローク、お前は俺の人としての側面を受け継いで人間として生まれたが、リリス……お前の妹は母さんの魔としての側面を受け継いで悪魔として生まれたんだよ」
「…………」
言葉が出ないとはこのことだ。
というか記憶が無いことや親父の話す内容があまりにもぶっ飛んでいるせいで、まるで現実味がない。なんだか他人の話を聞いているみたいだ。
「リリスと比較してお前は霊力が異常に高いこと以外は至って普通の子だった。それにヘルガもリリスも普通に精霊を使役していたし、特に深く考えずお前に精霊師としての道を勧めたんだが………」
「……えっ、二人とも精霊を使役できたのッ!?」
予想外の事実である。だとするといよいよ、俺が精霊と契約できないのは自分に才能が無いことが原因になりそうなんだが……。
「ああ、それも不気味な精霊ばっかりな。お陰でいつも家で怯えてたよ……」
「不気味な精霊って……邪霊?」
「いや、どうなんだろうな。そもそも邪霊を見たこと無いし、何とも言えんな……」
まぁ、確かにこんな僻地だと邪霊を見る機会は滅多にないだろうし、親父が邪霊を判別できないのも無理はない。
ただ話を聞いてる限り、二人が使役していたのは邪霊っぽいけど……もう分かんねぇな、これ。
と、俺が頭を抱えていると親父が突然、頭を下げた。
「ローク、すまなかった。俺の軽率な判断でお前を苦しめていたんだな……」
「……いいよ。辛いこともあったけど、なんだかんだ学院生活は楽しいし」
それにガレスやリリーを始めとして良い友たちにも恵まれた。
精霊と契約ができず大変なことは多かったが……というか今も大変ではあるが。それでもユートレア学院に通うことができて良かったと今は思える。
それよりも今は……。
「親父、母さんが俺に掛けた記憶の封印を解くことはできないのか?」
「……無理だ。解いてやりたい気持ちはあるが、その封印は恐らく母さん以外には解くことはできない」
どうにかして母さんの封印を解けないかと親父に聞くも、案の定と言うべきか望んだ答えが返ってくることは無かった。
それなら……。
「なら、母さんとリリスの記憶を封じている理由を教えてくれ」
俺は頭を抱えながら親父に封じられている自分の記憶について尋ねる。
どうして母さんは自分とリリスについての記憶を封じるに至ったのか、その理由が気になって仕方がなかった。
親父は俺の質問に対して渋い表情を浮かべながら暫くの間、黙り続けていたがやがて躊躇いがちに口を開いた。
「……詳しく話すことはできないが、原因はリリスにある」
「妹に?」
てっきり母さんが原因だと思い込んでいた俺はリリスの名前が挙げられたことに驚きながら「なにがあったんだ?」と尋ねてしまう。
「簡単に言えば人と悪魔の価値観の違いだ。それで母さんと話してお前とリリスの教育は別々に行おうと話して別れることになった」
「母さんとは不仲で別れた訳じゃなかったのか……」
幼い頃に親父が話していた離婚の理由は噓だったことを理解しながら更に詳しく追求しようとしていると玄関の扉がノックされる音が耳に入ってきた。
「ローク、開けて」
「この声は……」
間違いない、リリーの声だ。もう帰ってきたのか……。
「随分と話し込んでいたみたいだな……」
「えっ?」
親父の言葉を聞いて時計に視線を向けると既に話し始めてから二時間以上の時が経過していた。
「———ここまでだな」
どっと疲れを吐き出すように息を漏らしながら親父が言う。
「待てよ、親父! まだ話は———」
「……すまん。けれど、これ以上お前の記憶に関して話せることはもうないんだ」
まだ話を聞きたいと思う俺に対して親父はそう言って話を終わらせるとゆっくりと椅子から立ち上がった。
「本当にごめんな、ローク。勝手なことをした俺たちのことを許してくれとも言う気も無い。けれど……アイツの行いは、確かにお前を思ってやったことなんだ」
「…………」
「俺もヘルガもお前のことを大切に思っている。それだけは覚えておいてくれないか?」
「親父……」
普段の姿とはかけ離れた弱弱しい親父の様子のこれ以上、何も言えなくなってしまった俺はただ黙って玄関に向かっていく背中を見つめることしかできなかった。




