第97話
気付いたら12月になっていました。
もうすぐ今年が終わるなんて信じられせまん。個人的にはまだ10月ぐらいの気分です。
「よし、荷物はこれでいいかな」
鞄に入れた荷物をチェックして問題ないことを確認した俺は鞄を肩に掛けると寮の部屋を出て行く。
「おや、お出掛けかい?」
「何でいるんだよ……」
寮を出ると入口のところでどう見ても俺を待っていたとしか思えないガレスと遭遇する。一体、何の用なんだ……。
「君が数日間とはいえ、学院を休むなんて珍しいと思ってね」
「まぁ、そりゃそうか」
今までやむを得ない状況を除いて無遅刻無欠勤を貫いてきたのにいきなり休むとなれば気になりもするか……。
「落ち着いている今の内に一回、身体のことを聞きに実家に帰ろうと思ってな」
「ああ、前から精霊と契約できない体質について聞きたいって言ってたもんな」
「それにグズグズしているとタイミングを見失いそうだし」
「確かに。実家に帰るには今が良いタイミングかもね」
事情を知っているガレスは俺の考えに納得した様子で頷く。
流石は親友、理解が早くて助かるなと思いながら「じゃ、そういうことで」と横を通り過ぎようとすると肩を思いっきり掴まれる。
「……あの、ガレス君」
「まぁ、待ちたまえよ。親友」
嫌な予感を覚えながら視線を向けると満面の笑みを浮かべているガレスのイケメンフェイスが目に入る。
「何だよ」
「そんな重大イベントに僕たちを誘わないなんて寂しいじゃないか」
「普通、誘わないだろ……」
なんで実家に帰るのに友人を誘うんだ。
おかしいだろ。
「……ちょっと待て。お前、僕たちって言ったか?」
「リリー」
「呼ばれてさんじょー」
「だと思ったよ」
抑揚のない声と共にガレスの背後から予想通り現れたリリーに思わずため息が漏れる。しかも全然気配を感じなかったと思えばリリーの背後に彼女の契約精霊である蜃が佇んでおり、わざわざ霊術を行使してまで隠れるという徹底ぶりだ。
「あれ? リアクションが薄い。バレてた?」
「バレては無いけど、途中からいる気がしたんだよ」
「おお、これが以心伝心」
「違うわ」
俺の気持ち、何一つ伝わってないわい。
「それじゃ、案内よろしく」
「いや、帰れや」
予め用意していたらしい鞄を持ち、出掛ける気満々のリリーの小さな頭をはたく。
「なにをするの」
「それはこっちの台詞だ。なに普通に付いて来ようとしてるの? 帰りなさいよ」
「ちゃんとロークのお父さんにお子さんは頑張ってますって伝えないと」
「お前は俺の母ちゃんか……」
思わずそうツッコミを入れるが、リリーはどこ吹く風と言わんばかりに荷物を背負って「さぁ、ローク」と出発を急かしてくる。
「……ガレス、このおバカを今すぐ連れ帰ってくれ」
「僕にできると思っているのかい?」
フッと不敵な笑みを浮かべながら諦めのポーズをするガレス。
コイツ……開き直りやがった。
「まぁ、だから止めるのが無理ならいっそのこと一緒に行こうかなと
思って」
「なんでそっち側に振り切るかなぁ?」
止められないからって一緒に問題児になるのは止めてくれないだろうか?
「まぁまぁ、けどロークの実家はゴーン王国の南部の田舎にあるんだろ?」
「それが何だよ?」
「勝手に付いていく駄賃の代わりじゃないが、僕持ちで目的地までアイレ運輸のハイヤーを呼ぼうと思うんだけど……」
「よし、二人とも準備はできているな? もたもたしていると置いていくぞ」
考えてみれば一人で故郷に帰るのは少し味気ないかも知れない。折角だし、二人と一緒に行くのもありだろう。
「リリー、やったよ」
「誉めて遣わす」
後ろでパンッと二人がハイタッチをしたであろう音が聞こえてくるが、俺は気にせず移動費が浮いたことをただただ喜ぶのだった。
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「素晴らしい」
高位風精霊が運ぶ広々としたゴンドラの中で思わず感動の声を漏らしていた。
シグルムにも劣らない高位風精霊は,周囲に風除けの霊術を展開しながら飛行をすることでゴンドラの中は快適な状態を維持していた。
「流石はアイレ運輸だ」
アイレ運輸は運輸業でその名を馳せている民間組織の一つだ。
その理由として挙げられるのが、所属している従業員全員が高位風精霊と契約している精霊師だという点だ。これによってアイレ運輸は他の運輸組織には無い機動性と安全性を確保することに成功している。
無論、その代わり一回の依頼代金は高く俺のような苦学生では決して手を出すことができない移動手段ではあるが、今回は親友の尽力によってこうしてタダで乗ることに成功している。
「おお~」
「リリー、あんまり身を乗り出すなよ。危ないし」
顔を出して外の景色を眺めるリリーに念の為、そう注意を促す。流石に大丈夫だとは思うが、何かの拍子に落っこちてしまいそうで少し怖い。
「やっぱり移動はアイレ運輸に限るね。移動は速いし、揺れも少なくて乗り心地が良い」
「オーロット家のご子息にそう言って頂けるとは光栄にございます」
俺がリリーの挙動にビクビクしている一方でガレスはアイレ運輸の精霊師と会話をしている。
「けれど、今回はどうしてアルズスへ? あそこは自然こそ豊かですが、他にこれといって目ぼしいものは無いですよ?」
「友人の故郷なんだ。今回、帰省するって言うから一緒に付いていこうと思ってね」
「なるほど、そういうことでしたか」
ガレスの質問に納得したらしい精霊師は地図を取り出して目的地まで距離を確認すると再び契約精霊に意識を向ける。
「皆様、目的地まであと一時間ほどになります。それまでもう少し空の旅をお楽しみください」
拡声器を利用した精霊師の声を聞きながらリリーと同じく少し身を乗り出して外の景色に視線を向ける。
眼下に広がる雄大な自然。それこそジュデッカの森を彷彿させる緑にどこか懐かしさを覚える。
「ローク、どうかしたの?」
「ん? ああ、ちょっと家のことを思い出してただけだよ」
そんな俺の様子を見ていたらしいリリーに俺はそう答えると彼女は「家?」と不思議そうに首を傾げる。
「ロークは森に住んでたの?」
「どうしてそうなるの……。普通の家に住んでたよ」
流石にそこまで原始的な暮らしはしていない。幾ら田舎といえ、最低限の文化的な暮らしはしていた。
「なんだ、違うの」
「お前、俺を原始人か何かだと思っているのか?」
俺がそう文句を口にするもリリーはポケーっとした様子で反応が無い。
コイツ、俺の話を聞いていないなと思うのも束の間、「そういえば……」と何かを思い出した様子で口を開く。
「……ロークのお父さんってどんな人なの?」
「こいつ、俺の話はガン無視か?」
先程までの会話の流れをぶった切っての質問に俺は頬を引き攣らせながらも、ジッと答えを待つリリーの様子にこういう奴だったなと思考を切り替えながら口を開く。
「そうだな、とりあえずズボラな人だったな……」
脳裏を過るのはソファでゴロゴロしている親父の姿だった。朝に弱く、仕事に 向かう時間ギリギリまでダラダラしようとしている気怠げな親父の姿が真っ先に浮かんだ。
「なんか、ロークとは真逆だね」
「真逆ってことは無いが……まぁ、反面教師にしているところはあるな」
聞けば親父はそのズボラさが原因で母親に出て行かれたというし、あまりだらしない姿は見せないように意識はしていた。
「お父さんのこと嫌い?」
「まさか」
俺はリリーの質問に対して笑いながら首を横に振る。
生活に余裕がある訳でも無いのにユートレア学院の高額な学費を稼いで俺を入学させてくれたのだ。
感謝こそすれど嫌う理由など一切ない。
まぁ、それはそれとして親父の適当な言動や行動に振り回されて苛立つことも多々あったが……。
「じゃあ、お母さんは?」
「母さんかぁ……」
そう言われて今度は母のことを考えてみるが、そもそも子供の頃に家を出て行ったこともあってか全然思い出すことができない。
「……特にないな」
「ないの?」
「いや、ないっていうかそもそも母さんのことを思い出せないんだよな……」
「そうなの?」
「ああ……」
もしかすると母さんは俺が生まれてすぐに出て行ったのかも知れない。声どころか姿さえ碌に思い出すことができない。
「まぁ、その辺も帰ったら親父に聞いてみるとするよ」
どこか心配そうな視線を向けてくるリリーの頭を撫でながら俺はそう言う。
「………何だか空が陰ってきたな」
会話に夢中で気付かなかったが、いつの間にか空に暗雲が立ち込めている。このゴンドラにいる以上、濡れることは無いだろうが気分が落ち込むのを感じずにはいられなかった。




