小さなカフェの物語「未来(みらい)君の場合」
未来君 みらい君の場合
彼が初めて「カッコウ」にやって来たのは、ようやくカフェに常連客がついてきた、初夏の頃、外のガラス越しに私の姿を見ている視線に気が付いた。
ウロウロと何度も行ったり来たりしている感じ。
やがて、外に出て、思い切って私から声をかける始末。
「どうかなさったんですか。暑い日ですね。よかったら、中に入って休んで行きませんか?」
ニッカポッカ姿の彼はどうやら服装が気になって「カッコウ」に入ってきづらそうで。
「すいません。こんな服装で入ってもいいんですか?」
「どうぞ、こんな暑い中でお仕事大変でしょう?一休みしたら如何ですか?」
意を決したように入って来た彼は唐突に話し出した。
「前から気になっていたんですが、なんたってこんな姿じゃ入り入りにくくて。」
「関係ありませんよ。そんなこと気にしていたんですか?」
「いえ、まあ。」
こんなやり取りが店内で暫く行われていたが、やがて彼はドスンっと音を立ててカウンター席に座って突然驚くような話を始める。
「マスターってお呼びして良いですか。俺の名前は未来って言います。なんか雰囲気が良いですねこのお店。」
「ありがとう、未来君。」
「ねえ、マスター俺友達殺されたことがあるんですよ。」
やばいやつかもしれない。
かなりビビった私に向かって独り言の様に未来君は語り始める。
「俺、今年で30なんですよ。年よか若くみられるけど。友達、名前は言えないや。今時ググればどんな事件も分かるからね。15年になるかな、Kって言わせてください。いわゆる地元の悪連中に殴り殺されたんだよ。Kはさ、小学校3年の時に父親を失くして母一人子一人の生活を送ってた。母親は近くのスーパーでバイトしていてそれが収入の全て。だからかなりきつそうで高校に入ったら母親の為にバイトしよっかなって言ってたのを思い出すわ。」
まるで自分に話しかけている、いや、亡くなっているであろう?K君に語りかけているようで。
「K、出来が良かったんだ。中学3年で殺されたんだけど、校内でも成績は常に上位。特に数学は全国模試で1番取ったこともあったし。真面目で先生たちにも一目置かれてた。将来医者になるのが夢だってよく言ってたっけ。父親を癌で失くしていたから、一人でも多くの人を自分の力で救いたいって言っててさ。生きてたら、ほら、映画やテレビドラマにもなってた、ヘリコプターに乗り込んで直接現地に向かって行く、ああいう感じのドクターにでもなっていんじゃないかな。残念ながら殺されちまったけど。」
美味しそうにランチの生姜焼き定食をほおばりながらする話じゃない。
そう思いながら知らぬ間に聞き入ってしまっていた。
「殺された理由分かります。あいつら5人でK一人を殴り殺したんだ。信じられますか。高校進学も出来なかったあいつら、卒業写真を見ながら5人全員で目を閉じて誰をやるかなって言いながら人差し指を合わせたら、Kの顔の上だった。たったそれだけの理由。誰でも良かったんだ。ただの憂さ晴らしでKは殺された。だって、5人の中でKを知っていたやつは一人もいなかったんだぜ。悔しいよ。ねえ、マスター神様って本当にいるのかな。分かります。俺はいないと断言できる。
もし、神様がいたらアイツみたいな思いで死んでいく人間なんかいるはずないもん。」
いつの間にかため口になっている。
気が付いてんのかな。
そのまま、独り言が続いていく。
「今でも葬儀の時、お棺に入っていたヤツの顔が忘れられない。俺の家族父親、母親、妹も参列して皆で泣いた。でもさ、Kの母親がありがとうなんて言ってたから。割と元気そうに見えてたのに、耐えられなかったんだな。その後自死してしまった。でさ、俺その事以来外に出れなくなって。心の傷が出来たみたいでさ。部屋から出ていけなくなっちゃってさ。でも、家族は全然俺の事責めなかったんだ。Kの母親と俺の家族仲良かったし。たまに泊りにも来てたしね。アイツ出来良かったの皆知ってたし。家族もなんやかんや言ってアイツのこと自慢に思っていたんだな。父親も母親も妹もいいやつなんで。今思えば迷惑かけたなって思ってる。」
嘘みたいだとは思ったがものの、食後のアイスコーヒーを飲みながら未来君の話は続く。
「でもさ、マスターこんな俺でも心配くれる人っているみたいでさ、親父の同級生が今の親方なんだ。あ、まだ言っていなかったけ。俺外壁の工事業者に雇われていて、親方、お前んとこの息子引きこもってるんなら俺が面倒見るって言ってくれて。17の時声かけてくれてからずーっと30になる今まで厄介になってる。勿論、事件の事も知っているから、俺が言うのもなんだけど親父って面倒見がいい人で、人徳っていうかあんだよね。」
「君を見ていれば分るよ。」
私は彼の親方の気持ちがなんとなくわかるような気がした。
いかにも真面目そうで好感が持てる。
「ありがとう、マスター、じゃまた来るよ。生姜焼きもアイスコーヒーも上手かったよ。」
そんな言葉を残し彼は カッコウを後にした。
その後度々ランチ目当てに姿を見せてくれてはいたが、あの日以来二度と声をかけてはくれない。
ただ、黙々と食事をして帰っていくだけ。
自然と彼の声すら忘れてしまっていたが、やがて姿を見せなくなっていった。
外壁工事の現場が遠くなったせいかもしれない。
そんな思いにとらわれていたが、はたして彼の話はホントの事だったのか、疑問に思っていた矢先に突然彼は再び姿を表した。
カッコウのドアがいきよいよく開き硬直したようにやや赤ら顔の彼が入って来て、唐突に話始める。
「マスター、久素振りって言うか、これ見せにきたんですよ。見てくださいよ。ほら。」
ポケットからスマホを取り出して中の画像を見せてくれる。
白黒の写真が映っているだけ。
「実はあれから彼女が出来ちゃって。毎日弁当作ってくれるもんで。すんません。足が遠のいちゃいました。先輩がそろそろ身を固めろって紹介してくれたんすよ。
彼女いい人でさ。優しいんだ。こんな中卒の俺についてきてくれるって。一緒に生活していて。あ、そうだった。見てください写真。この小さなところに赤ん坊の袋があるんだって。三週間目。小さいけど元気なんだって先生が言ってたって彼女が教えてくれて。マスター俺父親になるんすよ。嬉しくってさ。なんか、マスターに見せたくて来てしまったんですよ。二人でKの墓前にも行ってきたし。気が付いたら、親の報告よか先にヤツに所に行ってた。マスター、きっと男の子ですよね。確信持ってんだ。一生懸命勉強させてKがなれなかったドクターにするのが夢。いや、女の子でもかまわない。男女平等の世界でしょ。んで、彼女と相談して、男の子だったらKとおんなじ名前、女の子だったらKの名前から一文字もらうことに決めたんだ。この前言わなかったと思うけど、俺さ中学まで割と出来が良かったんだ。子供の為にも高卒検定受けようと思って。そんで、現場監督になってお世話になった方々に恩返しするんですよ。絶対にやり切るよ。」
彼の真っすぐな瞳が輝く。
嘘じゃなかったんだ。
「また、早いんじゃないかな、」
「彼女の気持ち、ちゃんと聞いたのかい。」
言葉が上手く出てこない。
代わりに涙があふれてしょうがない。
「いやだな、マスターなに泣いてんですか。やめてくださいよ。」
怪訝そうな回りの視線に未来君は
「なんでもないんですよ。ただ、子供の写真マスターに見せに来ただけです。ホント,マスターやめてくださいよ。俺やばいやつに見えるじゃないですか。」
嬉しかった。
こんな嬉しかった事初めてだ。