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小さなカフェの物語  作者: ソデッチ
2/5

明子さんの場合

回転早々はなかなか来店客もなく、前の店主の入れる珈琲の味に魅了された常連でもっていたカフェだったのかもと落ち込んでいた矢先の出来事。


閑古鳥が鳴き、弱気になっていた春うららか。


陽光がガラス越しに差し込み、その明るさに眩しいながらも連日の緊張感が和んだある日ようやく初めての客がやって来た。


そのお客は年の頃なら還暦は過ぎているであろうか。


もっとも今は化粧でいくらでも若作り出来るし、年齢なんてあるようなないような時代。


男だって化粧をし少しでも美しく見せようと勝負をかけ、種を残そうする本能がそうさせるのか、はたまた雅な時代に戻ったのか。


町中は光源氏、小野妹子であふれている。


話はとんでしまったが、初めての来店客にそれほど奇妙な感覚を覚えてしまった。


全く、年齢が分からん。


彼女は唐突に「マスターいつものブレンド頂戴。」


サングラスを斜めにし、じろり睨む。


「マスター髪切った?別人みたい。そういやこの頃来ていなかったから?お互いに老けたんだ。あ、いや違うは、貴方だれ。」


こっちが聞きたいくらいだと思わず声に出しそうになったが言葉を飲みこむ。


「実は、前の店長が身体を壊したらしく、私が後を引き継ぐ形になったんです。」


「そういえば、店名なんてったけ ホライゾン(地平線)だったけ?私いつもこんなんだから、ふらふら人生って感じ。」


「そうでしたよね。ホライゾンだったですね。実は私も2、3回しか来てなくって。でも、昔っから退職後はカフェ開きたいなー-て思っていたんで。ちなみにカッコウ って名前です。以後お見知りおきを。」


やはりアラカン女性だ。


見た目の派手さと違い、話しやすく直観力もありそうで返しが早く会話も弾む。


それに、うまく行ったら以前のお店同様に常連になってくれるかもしれない。


「なんで カッコウなの?」


「深い意味は無いんですがカッコウって鳥の習性はなかなかずる賢く、他の種の巣に卵を生みついでに子育てまでしてもらう、そんな調子の良さが妙に気に入って。いや、サラリーマン歴64年と3ヶ月思えば人様に利用されていただけの人生だったんで。あれ、初めてのお客様に愚痴ってしまいました。すいません。」


「いいのよ、みんなそうだもん。私ね保険の外交してたのよ。勧誘してるわけではないの。今はマスターと同じ。退職して年金で生活しているの。お国のお金で生きてるのよ。」


「そんな言い方しちゃいけないですよ。ちゃんと年金払っていたから今の生活が送れているんですよ。あ、すいません。生意気言って。初めてのお客様に失礼な言葉をかけてしまって。」


「もう遅いわ。なんか昔っからの知り合いみたいで居心地がいいわ。」


「ありがとうございます。」


「話戻るけどね、私マスターが思うほど立派な人間じゃないのよ。」


訳あり女性だな。


「名前 明子さんで良いわ。そう呼んで。」


「明子さんは初のお客様です。よろしくお願いいたします。」


初の客様「明子さんの話が始まる。」


「マスターさ、私の年想像できる。年齢不詳らしいのよ。ま、年金生活って事で想像できるわよね。65歳独身っていうか、バツイチなのよ。よりによって妻子のある旦那だったの。最悪よね私。結果、人様の家族めちゃくちゃにしたんだから。物事って順序があるよね。出会って、暫くお付き合いして、結婚を意識して、そして両親に紹介して、皆に祝福されて、式挙げて、子供出来て…。それが当たり前だと思っていた。こんな私だって。それが夢でもあったのよ。地元の高校卒業して両親、あ、両親は二人共教師なの。だからさ、老後の心配もないし。思い切って東京に出てきたの。私ってさ、教師の子なのに出来が良くなかったんだ。


小学校から塾にも通わせてもらっていたのに。」


やや、一方的に明子さんは独り言の様に話しかけてくる。


が、さすが、元保険の外交員、話がうまく気が付くと聞き入ってしまっていた。


「でさ、地元の公立高校卒業と共に花の都東京にやって来たの。日本海側の小さな港町で育ったから最初は人ごみにも慣れなかった。交差点を通る時なんてあまりの人の多さに吐き気がしたもんだったわ。向こうからも沢山の人が通るなんて考えられなかったかも。そんな私が最初に出会った仕事がデパートの売り子。当時は今と違って景気良かったでしょ。だから、私みたいな田舎者でもデパートに勤められたの。食品売り場でパンを売っていたの。面白いほどお客さんが来てくれてお給料も悪くなかったんだけど、ほら、田舎から出てきたばかりで言葉に訛りがあったの。それを馬鹿にされて、相手は悪気がなかった事くらいは分かっていたんだけど、我慢できなくって半年で辞めちゃったの。けどさ、アパート代とかもろもろ生活費かかるじゃない、親元離れているんだから、すぐに次の仕事見つけなくっちゃいけなかったの。焦っていたのね。お給料につられて怪しそうなカフェの女給になれたの。」


「そうなんですか。当時は何もかも今と違って良かったですよね。高度成長期だったから。」


ようやく口が挟めた。


それほど彼女の話は人を惹きつける。


「雰囲気が派手なカフェで夜はお酒も出してたんだ。そのうち、あるお客さんにしつこく口説かれるようになって、70過ぎのおじいちゃんだよ。いやだってママに言ったんだけど、上客だから我慢してって言われて、賢くない私でも気が付いたのよ。そういう事もありのお店だったんだって。理由も言わずに辞めちゃった。」


「危なかったじゃないですか?何もない内に辞めて正解ですよ。」


いかにもありそうな話だが彼女の口からでる言葉には妙に説得力があり、まるで自分自身が体験しているような感覚を持った。


やはり、それも長年保険の外交員をしていた賜物かも。


「生きる為になんでもやったわよ。よくホームレスにならずに済んだって思っている。そして、ある方の紹介で保険の外交員になれたの。詳しくは言えないけど。とってもお世話になったわ。最初はなかなか契約までいかなかったけどね、ねえ、マスター。」


やっぱり話の切り口が上手い。


つくづくこんなコミュニケーション能力があったら上司におべっか使えて出世しただろうに、残念至極に思う。


「神様っているんかな?なかなか上得意の契約取れたのよ。それをきっかけに面白いように決まっていく。時が時だしね。バブリーって感じ。」


「いや、明子さんの実力ですよ。神様なんていやしませんって。いたらこんな世の中にはなっていないはず。」


お客だとは分かっていても言葉が次から次へとあふれてくる。


この人は本物だと確信した瞬間だった。


「でもさ、その人奥様とお子さんがいらっしゃったんだよ。そのさ、最初に大きな契約決まった人さ。いいえ、違うのよ。その人は私なんかとそんな関係なんか求めてなかったのよ。だって、奥様の自慢話ばっか聞かせれてたんだもん。でさ、ある日さ、僕の会社の後輩紹介するって言ってくれたの。嬉しかったわ。なんとなくよ、気が付いたら、その後そういう関係になってたの。」


「そうですか、かっこいい方だったんですね。」


「そうなの。私みたいな田舎もんなんか相手にしてくれるはずないくらいよ。あの方はきっと魔が差したんでしょうよ。でも、それっきりな関係。契約はそのまま解除しなかったのよ。約束通り後輩も紹介してくれて、嬉しかったわ。きっと今も奥様と幸せに過ごしていらっしゃると信じてるんだ。」


「誰だって魔ぐらい差しますよ。私ら生身の人間なんか。」


「ありがと、話聞いてくれて。ちょっとおしゃべりが過ぎたみたいだわ。この次はマスターの話聞かせてね。」


「でもさ、別れた旦那はその人じゃないんだ。元旦那も妻子持ちでさ。それでも奥様とお子さんを捨てて結婚してくれたんだ。私、勝ったって思ったものよ。


30歳で知り合ってそれ以来の付き合いっていうか。おかしな言い方かしら?でもさ、因果応報っていうのかな?若い女が出来てさ。別れたいって言われたのよ。私、速攻で良いわよって言ったわよ。だって私一人で生活出来るくらいの貯えと年金があるじゃない。くれてやったわよ。若い子にさ。ふふふ。」


そう言うと彼女は持ってきた文庫本に目を向けた。


どうやら前の店 ホライゾンの時と同様に常連になってくれそうだ。




だが、しかし、彼女の姿は二度とこのカフェ「カッコウ」で見る事は出来なくなった。


翌々日の新聞の小さな小さな記事。


7日早朝○○区○○公園、路肩の高級車ベントレー内で○○明子さん(67歳)が一酸化炭素による中毒症状により死亡している状態で見つかった。


近隣住民の通報で発見にいたった。


なお、○○明子さんは知人や親族らから、総額1千万ほどの借金を抱えていた。


また、離婚調停中でもあったため、心神喪失による自死との見解が発表された。




小さな小さなフレームに映っているのはやはり彼女。




話していたより生活楽じゃなかったんだな。


もう、会えないんだな。

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